第25話

「ではトウリ、貴女を医療本部に案内しよう」

「了解です」


 レンヴェル少佐から、医療本部を総括する辞令を受けた後。


 その流れで自分はアリア少尉に連れられ、隣の広い講堂へと案内されました。


「レンヴェル少佐も言っていたが、彼らはあくまで民間協力者だ。おそらく、命令だといっても簡単に従ってくれまいし、従う義務もない」

「はい」

「そして彼らは、わざわざこんな危険な場所に残ることを承諾してくれた奇特な人達でもある。一筋縄では行かない、一癖も二癖もある奴ばかりだ。呑まれるなよ」


 アリア少尉は、講堂に入る前にそう忠告してくれました。


 どうやら、それなりに個性の強い人たちが揃っているようです。


 自分なんかに、纏められるとよいのですが。





「失礼する」

「……今度は何だい、軍人さん?」


 少尉は、すぅと一呼吸おいて講堂のドアを開きました。


 すると、入り口付近にいた男の人が無表情に応対してくれました。


「……子供?」

「悪いが各員作業を一旦止めて、こちらを注視してくれ」



 医療本部の設立は終わっているとの言葉通り、講堂はほぼ病院のような設備が取り揃っておりました。


 もう床には何枚も布が敷かれ、白紙のカルテが並べられて簡易の病床になっています。


 椅子は物品置きになっており、幾つもの紐が結ばれて、熱湯消毒された清潔な布が干されていました。


 窓際では若い看護兵さんが、清潔布を細く切って包帯を手作りしています。


 規模は小さいですが、医療本部は確かに野戦病院の体は成していました。


「今までは臨時で私が医療本部の責任者を務めていたが、正式な人員が到着したので紹介する」

「新しい責任者だと?」


 その場に居た医療従事者達は、やはり全員が年上の様でした。


 見た感じ20代から40代くらいの方がまばらに作業をしています。


 その殆どが怪訝な顔で、アリア少尉の後ろに控えている自分を見つめていました。


「おい、俺達のまとめ役ってまさかその後ろのお嬢ちゃんか」

「ああ。トウリ1等衛生兵、挨拶を」


 レンヴェル少佐は、彼らを民間の協力者と仰っていました。


 つまり彼らはこのマシュデールの病院で働いていた、自分なんかよりよっぽど経験豊富な医療従事者達という事です。


 ただ軍属しているという理由だけで上司になった、自分のような経験の浅い小娘にあれこれ指示されるのは不満でしょう。


 ここは高圧的にならず、無難に彼らを立てながら働いてもらう形を目指しましょう。


「ご紹介に与りましたトウリ・ノエル1等衛生兵です。臨時ではありますが、この苦しい中で協力いただきました皆様の力となれるよう尽力していく所存です」


 第一印象が肝心です。


 自分は真っすぐ彼らの目を見つめ、そして丁寧に一礼しました。


 出来る限り低姿勢で、丁寧に応対しましょう。


 この非常事態に、人間関係で骨を折るような事態だけは避けねばなりません。


「歳はいくつだ、嬢ちゃん」

「……今年で15歳になります」

「何?」


 そんな自分に話しかけてきたのは、最初に応対してくれた体格の良い中年の男性でした。


 クマのような髭を生やした、恰幅の良い男です。


「15歳の娘に責任者やらせるってか、どういうつもりだ軍人さん」

「他に人員がいない。彼女が、このマシュデールに唯一辿り着けた衛生兵だ」

「おいおい、冗談じゃねぇぞ!」


 やはりというか、長年プライドを持って診療してきた方々は、自分のような子供に取り仕切られるのは嫌な様です。


 とても不満げな顔で、彼はアリア少尉に突っかかっていきました。


「こんな子に、病院が仕切れるかよ」

「もう決定された命令です」

「それを撤回しろって言ってんだ」

「他に適任者はおりません」


 さて、どうしたものでしょう。この様子だと、自分なんかの指示に従ってくれる方は少なそうです。


 彼らの不満を宥め、納得して貰うのも自分の仕事に入るんでしょうか。


「落ち着いてください、自分は皆様を仕切ろう等と考えておりません。ただ自分の事は、軍部からの伝言役のように思ってください」

「んな事いってもよぉ」


 クマさんみたいな男は、困り顔のまま自分を見つめています。


 年下である自分が配慮することで、何とか不満を抑えて貰えないでしょうか。



「こんなちっちゃな子に責任押し付けちゃ可哀想だぞ、軍人さん」

「この娘は、先に逃がしておやりよ。こんな危険な場所に子供を留めちゃいけん」

「……ほら娘っ子、飴ちゃん要るか……?」



 そんな事を考えていたら、近くにいたお爺さんから飴を貰いました。


 素直に飴を受け取ると、お爺さんは物凄く嬉しそうにニコニコしていました。



「この場所まで、敵に侵攻されたらどうするつもりだ」

「……彼女は軍人だ。もちろん、死ぬ覚悟は出来ている」

「そんな可哀想な! まだ15歳なんだぞ」

「アリア少尉の仰った通り、ご配慮は無用です。自分は志願して軍に籍を置いております、死も覚悟の上です」

「……偉いなぁ、飴ちゃんあげよう……」


 飴が2つに増えました。


「ノエル姓ってことは、あの村の出身?」

「……はい」

「ああ、可哀想に。どうしてこんな子供まで戦争に巻き込まなきゃいけないの!」


 どう反応していいか困っていると、自分はまるまる太ったご婦人に抱きあげられました。


 そのまま彼女の為すがまま、自分はスリスリとご婦人に頬擦りされ、その豊満な体に押し付けられます。


「君のご両親はどうした。娘がこんな最前線に飛ばされて何も言わないのか?」

「いえ、その、自分は孤児院の出身で」

「そういうことか……、身寄りがないから軍属に」


 これはつまり、アレですね。


 自分は軍人としてみなされず、完全に子供扱いされていますね。いや、実際子供なんですけども。


「俺達だけで十分、仕事をして見せるさ。……だからこの子は逃がしてやっておくれよ」

「トウリ1等衛生兵は優秀な回復魔法の使い手と聞いている。彼女の協力で、きっと多くの命が救われるだろう。それは、医療者の本懐ではないのか?」

「う……、だが」

「少佐から、命令はもう下りている。そもそも、トウリに拒否権はない」


 そして、ここの人たちの雰囲気はどこか野戦病院の方々を思い出しました。


 根が善人というか、ものすごく優しいオーラが出ているのです。


 グレー先輩の言っていた『回復術の素養は、人を思いやる性格の人に発現しやすい』というのは本当かもしれません。


 その理屈でいくと、ロドリー君とかも発現しそうな気がするんですけども。


「畜生、わかったよ……。だけど、危なくなったら彼女を一番に避難させてあげろよ軍人さん!」

「大丈夫よトウリちゃん、いざとなったら私たちが守ってあげるからね」

「いえ、あの、自分は軍人なので、むしろ矢面に立つのは自分であるべき……」

「駄目よ、まだこんな若いのに。危ない事は大人の仕事なの!」


 そんな有無を言わさぬ彼らの勢いに押されて、自分は医療本部の愛玩動物として就任いたしました。


 いえ、一応ちゃんと物資運搬などの手伝いはさせてもらったのですが、扱いが完全にそうとしか思えません。


 事あるごとに褒められるし、飴を手渡されるし、甘やかされました。



 ……一応、半年ほどですが衛生兵として働いてきたのですけれど。


 まぁ、彼らの長い医療経験から見れば自分なんか小童も良いところなんでしょうね。



「で、実際トウリちゃんは回復魔法は使えるのかい?」

「はい、クマさん。連続使用は5回まで可能です」

「おお、その歳で凄いなぁ」


 因みにクマ髭の男は本当にクマさんという名前でした。


 タクマが本名らしいのですが、その見た目からクマさんと愛称されているようです。


 そして彼こそ、


「じゃあ、時々手伝ってもらうからね。あんまり無理しないように」

「はい、了解しました」

「分からないことが有れば気軽に相談してね。患者さんのためだからね」


 事実上のこの医療本部のリーダーにして、30年以上に渡ってこのマシュデールの医療を引っ張ってきた生き字引。


 大都会に一人はいる、国から指定された『医学博士』の資格を持つ超大物癒者ヒーラーだったのでした。







 衛生兵の平均的な回復魔法の回数は4~5回です。


 最近自分も、この連続使用回数を達成出来ました。これは、1等衛生兵に任命される条件でもあります。


 多くの衛生兵は、半年から1年かけて1等衛生兵に到達します。


 そして1等衛生兵になれれば、やっと一人前と見なされます。研修期間が終わった、みたいな扱いですね。



 そして連続使用4回と言うのが、殆どの衛生兵が到達できる最低ラインでもあります。


 魔力の量は個人差は大きいですが、4回くらいまでなら大体の人が使えるようになるみたいです。



 そして、これ以上の回数になると才能がモノを言います。


 どれだけ頑張っても4回までしか使えない人も居れば、どんどん使用回数が成長し続ける人もいます。


 ゲール衛生部長など、上位の癒者は10回以上使えるそうです。




 そして、このクマさんも連続使用10回超え。ベテラン中のベテランで、おそらくゲール衛生部長クラスの術師でしょう。


 専門は外科ではなく感染症で、抗生剤の開発に関わって医学博士を得たという凄まじい経歴の持ち主です。


 その腕を評し、マシュデールの医療関係者は口を揃えて「クマさんに治せない患者を、救える癒者は居ない」と言わしめたそうです。


 そんな大物癒者であるクマさんは「故郷のためなら」と、危険な最前線に残って医療本部を設立する件を快諾してくれました。


 レンヴェル少佐も、まさか二つ返事で引き受けてくれるとは思わなかったそうです。うれしい誤算と言えましょう。


 それだけではなく医療本部の設立を宣言した際、クマさんが残るなら自分も残ると多く彼の信奉者が医療本部に駆けつけてきました。


 このことからも、彼の人望の厚さが窺えます。


 そのお陰で、自分がマシュデールに到達したときにはもう殆ど医療本部は完成していたのです。


 クマさんの一言で、8名の回復術師を含めた数十人のスタッフが最前線に残る決意をしたあたり、マシュデール医療のトップの名は伊達ではないのでしょう。


 丸々太った自分を可愛がってくれるご婦人はクマさんの奥さんですし、本部に残ってせっせと働いている人々は彼の弟子や支援者達です。


 この医療本部は、まさに彼を中心に成立しているのです。



「さあて、今夜はしっかり休養してね。栄養もしっかりとって」

「……はい」

「さぁ頑張るよ。外の軍人さんに、怪我しても俺たちがいるぞって心の支えにしてもらうんだ」



 マシュデールにクマさんが居たことは、自分にとってもオースティンにとっても望外の幸運だったと思います。


 かくして、決戦前夜。自分は優しい人たちに囲まれて、しばしの平和な時間を過ごすことができたのでした。


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