第2話
「何時まで寝ている! この蛆虫ども!!」
西部戦線に所属して、4日目。
「本小隊は、たった今より敵地への侵攻作戦の任務につく! 急ぎ準備せよ」
「了解しました」
まだ日も出ていない明朝、自分はガーバック小隊長の怒声で目を覚ましました。
寝起きで頭が働いていませんが、どうやら今すぐ出撃するようです。
うぅ……、地べたで寝たせいで身体中が痛い。孤児院のベッドが恋しいです。
「ガーバック隊長……、え、今からっすか!?」
「この馬鹿モン! 命令に口答えするか!」
自分はすぐに着替えて装備の点検を始めましたが、同僚の新米2等兵……、確かサルサ君が余計な口を利いて殴られていました。
ああ、何故わざわざ地雷を踏みに行くのでしょうか。
「いえ、こんな直前じゃなく、前もって教えておいていただければ」
「貴様、さてはスパイか!? 大事な軍事方針を、貴様に説明する必要がどこにある!」
「ご、ごめんなざい! 痛い、殴らないでください!」
そうです。下級兵士である我々は、いつ出撃になるかなんて説明してもらえるはずがありません。
こうしていきなり、出撃せよとの命令が下るのです。
「マリュー上等歩兵分隊、以下3名、準備整いました」
「アレン偵察隊、以下2名、準備整いました」
「トウリ2等衛生兵、準備整いました」
「さ、サルサ2等兵! 準備整いました!」
「よし」
このガーバック小隊というのは、小隊長のガーバック軍曹を指揮官とした10人編成の小隊です。
しかし現時点で10人に満たないのは、4日前の戦闘で3人戦死者が出たからです。
その後、小隊長殿の申請でサルサ2等兵が補充され、現在8名です。
因みにサルサ君はつい4日前にこの戦線に到着したばかりの新米。つまり、自分と同期になります。
「マリュー隊が先行せよ、アレン隊は俺の横で待機。トウリとサルサは、俺の真後ろについてこい」
「了解しました、小隊長殿」
ガーバック小隊長の号令に、雄々しく返事する精悍な顔立ちの兵士さん達。
実はこの3日間、ずっとゲール衛生部長の下で講義を受けていた自分は、まだ彼らと挨拶を交わしたことすらありません。
あんまり喋ったことがない人と、いきなりチーム行動を取らされるわけです。不安です。
しかし、変に仲良くなってなくてよかったのかもしれません。
この場にいる全員が、生きて今夜を迎えられる可能性は低いでしょうから。
「おお、流石魔導部隊だ。俺たちの仕事、ほとんど残ってないんじゃないか」
今日の攻撃は、魔導部隊による遠距離砲撃から始まりました。
じっくりと数時間かけて、敵の構築したであろう陣地や罠を焼き払っていきます。
これが、この世界の一般的な戦術だそうです。
歩兵による攻勢をかける前に、たっぷり攻撃魔法による砲撃で敵兵を殺してしまう。それにより少ない被害で、領土を確保できるのだそうです。
「すごいものですね」
「戦争の主役は、悔しいがあいつらだ。俺たちが必死こいて敵に突撃して首を切り飛ばすより、あいつらがコソコソ遠くからぶっ放した魔法の方がよほど被害を生み出すことができる」
「ならどうして毎日、砲撃しないんですか?」
「そりゃ、あいつらが大掛かりな魔法を発動するのに大量の魔石を食うからさ。毎日砲撃なんてしてたら、予算がいくらあっても足りねぇ」
それに、と小隊長殿は話を続けました。
「敵に攻撃を読まれて、砲撃予定の陣地を空にされたら大損だ。相手が確実にその陣地にいるって確証がないと、出来ないのさ」
「なるほど、勉強になります」
「よろしい、じゃあ5分後の砲撃終了と同時に突撃だ。本小隊の戦術目標は川岸まで前進、可能であれば他部隊と連携して川を確保する」
そう宣言すると小隊長殿は獰猛な笑みを浮かべ、自らの腰に差した銃剣を引き抜きました。
「さあ、虐殺の始まりだ。心の腐った侵略者どもを、野犬の糞に変えてやろう」
その言葉と共に、自分たちガーバック小隊は敵陣地へと突撃していきました。
結果は、散々でした。
「小隊長殿! どこからともなく、炎が沸き上がって────」
「くそったれ!」
何と自分たちが突撃した先には、誰もいなかったのです。
走った先にあったのは、がらんどうの死体一つ転がっていない焼けた敵陣地だけでした。
それを見て怪訝な顔をしていた小隊長は、やがて周囲から怒声が上がったのを聞いて、慌てて撤退を宣言しました。
「引くぞ、もうすぐここは集中砲撃される! 作戦読まれてんじゃねーか、参謀部は何してやがる!」
「た、助けて、死ぬ! 焼け死ぬ!」
「サルサはそこで勝手に焼け死んでろ! ノロマ!」
何もないように見える地面から、突然に沸き上がった炎を浴びて、サルサ2等兵は転げまわっています。
おそらく設置式魔法陣、と呼ばれる罠でしょう。
これは踏むとコンガリ焼けてしまう、悪辣な地雷みたいなものだそうです。
前もってこんな罠を仕掛けている辺り、本当に今日の攻勢は敵にバレていた様ですね。
「そのまま激しく、地べたに転がってください! 土をかけ消火します!」
「あ、あっつぅ! 早く、早く!」
「うんっしょ!」
同期を放っておくわけにはいかなかったので、土をまぶして消火を手伝ってあげました。
そして、既に撤退を始めている小隊長たちの方へと一緒に走ります。
「あ、足がっ!!」
「……、了解です。ちょっと待ってください」
しかし、サルサは走ることができずその場に崩れ落ちました。
見れば、彼の足はパンパンに水膨れしており、歩ける状態ではなかったのです。
「……【癒】。……【癒】」
「あっ、はぁ、あ」
「重ね掛けをしました、自分の拙い魔法でも少しはマシになったでしょう」
おまじない程度の効果しかない、回復魔法。
それを繰り返した結果、サルサの足の腫れはわずかに引いてくれました。
まだかなりの重傷ですが、自分は2回の連続使用しかできません。
「それで走れないのであれば、すみません、自分はサルサを見捨てなければなりません」
「う、ぐっ」
「自分に、貴方を背負って走るだけの体力はありません」
「わかった。走る、走るから置いていかないでくれ!」
おそらくまだ激痛が走っているであろう足を地面に立て、サルサは再び走り出しました。
それを確認し、自分も全力で撤退を再開します。
どうやら敵からの砲撃魔法は始まっているらしく、そこかしこから爆音と断末魔が響き渡っていました。
「はぁ、はぁ、はぁ! これ、死んじゃう、本当に」
「ええ、神頼みですね。砲撃が自分たちの方向へ来ないことを祈りましょう」
自分たちは走りました。
既に、遥か先へ走り去った先輩兵士たちを追って、爆音におびえながらひたすらに駆けました。
四方八方で、敵の攻撃とおぼしき爆裂音と豪火が沸き上がっています。
あれらが直撃したら、ひとたまりもありません。
「……はぁ、はぁっ」
自分は、もともと体力のある方ではありません。
前世では運動不足なゲーム廃人でしたし、今世では孤児院の図書室に引きこもっていた本の虫でした。
もう、どれくらい走ったでしょうか。
命の危機で異常にアドレナリンが分泌されているおかげで走れていますが、普段ならとっくに気を失っているほどの運動量です。
「死にたくない、死にたくない! おっ母ぁにまだ、何も返せてねぇ!」
「それだけ叫ぶ元気があれば、走ってください」
サルサは、存外に元気でした。足が痛くてたまらないだけで、絶叫しながら走る余裕はあるようです。
自分は、さっきから息をするたびに血の味しかしません。
「うあああああああああ!」
果てし無くうるさいサルサの隣で、走ること数百メートル。
非常に幸運なことに、自分とサルサは魔法の直撃を受けることなく自軍の最後方陣地まで撤退することができました。
ここならば、敵の砲撃も届かないでしょう。
「……」
「あれ? お、おい! トウリ!?」
ゴールにたどり着いた直後から、何も覚えていることがありません。
話を聞くにどうやら、自分は意識を失った様です。
そして自分は、サルサ君によって医療施設にまで運んでもらったと聞きました。
「このドアホ!!」
目が覚めた後。
小隊長に召喚された自分を待っていたのは、鉄拳での制裁でした。
「なぜ、俺の許可なく回復魔法を行使した。なぜ、俺の撤退命令に従わずサルサを救助した!?」
「すみません」
どうやら自分がサルサを救助し、撤退が遅れたのが命令違反にあたると捉えられたようです。
そんなつもりでは無かったのですが、ここは余計なことを言わない方がよさそうです。
「同期で情が沸いたか? そのせいで貴様、どれだけ周囲に迷惑をかけたと思う!?」
「……分かりません」
「そうか、教えてやろう。たまたま、だ。たまたま俺も貴様も、敵の攻撃を受けることなく帰還することができた。非常に幸運だったな、え?」
「はい、非常に幸運でした」
そう答えた瞬間、腹に鈍い衝撃が走ります。
どうやら小隊長は、自分の腹を殴打したようです。
「────っ」
「仮定の話だ。もし不運にも、この俺が爆撃を受けてしまい。その時、遅れてきた貴様が通りかかったとする」
「は、い────」
「その時、貴様。俺を救助する魔力は残っていたのか?」
続けてバシン、バシンと頬を平手打ちされ。
最後に、忌々しそうな顔で、小隊長は自分を思いきり蹴っ飛ばしました。
「貴様がしたのはそういうことだ。あのウジムシ以下の新人を救うため、この俺の命を危険に晒したのだ」
「申し訳ありません」
「回復魔法を使うのは、上官の許可が必須! 俺の許可なく魔法を行使するなど、言語道断!」
「すみません」
「そもそも貴様の回復魔法は、俺以外に基本的に行使されることはないと思え! 何のため、俺がわざわざ衛生兵の補充を要請したと思う! 俺がより深く敵陣に切り込んで、戦争を終わらせるためだ!」
小隊長の暴行は、苛烈でした。
その余りの激しさに軍服も破れたし、そこから覗く脇腹は赤く腫れあがっていました。
苦痛がひどすぎて、言葉を返すのも絶え絶えです。
「懲罰だ。貴様は本日、昼食抜きとする。そして、俺のテントの前で陽が落ちるまでそのまま、直立姿勢で立っていろ」
「……はい」
それが、自分に下された罰でした。
昼を過ぎ、空に赤みがかかった頃。
顔を痣だらけにして立たされている自分に、サルサが話しかけてきました。
「ごめんよ、すまねえ」
「これは、自分の落ち度です。貴方が気にする必要はありません」
正直、ガーバックの体罰はどうかと思います。明日以降の戦闘に支障が出るレベルで、部下を殴打するのは非効率的としか思えません。
しかし、回復魔法の行使に上官の許可を得るのは、考えてみれば当然っちゃ当然でした。
そこの確認を怠り、独断専行に走った自分に間違いなく落ち度はあります。
「でもよ、トウリが助けてくれなきゃ俺……」
「死んでいたでしょう、小隊長殿に見捨てられていましたから。自分の罰を気に病む必要はありませんが、命を救った恩義はぜひ感じてください」
「も、もちろんだ!」
サルサは、まるで女神でも見るような顔で自分を見ていました。
これは少し、宜しくないかもしれません。
「恩義を感じてもらえるなら、おなかがすいているので夕食を少し分けてくれませんか」
「……お、おお」
「それでチャラで良いです」
「安いな、命の恩……」
正直、自分は彼とあまり仲良くなるつもりはないです。
まぁ、だって十中八九死ぬでしょうこの人。
まだロクに行動を共にしていませんが、かなり迂闊だし空気も読めないし、とても終戦まで生き残れそうな優秀な兵士には見えません。
そして自分は仲良くした人間が死亡したら、かなりダメージを受けるタイプです。
どうせ傷付くなら、最初から仲良くならない方が良いのです。
愛など要らぬ。
「まあいいよ、昼飯抜いたらそら腹も減るわな」
「ありがとうございます。では、自分は太陽が沈むまで起立していないといけないので」
「おう。俺も今さっき、小隊長殿に呼ばれたんだ。ここで失礼するぜ」
サルサはそう言って自分に敬礼した後、小隊長殿のテントへと入っていった。
戦友とは、このくらいの距離間で良いでしょう。
仲良くしすぎず、かといって敵視せず。
戦いのときは連携を取れど、プライベートでは会話も多くなく。
短い期間でしょうが、サルサ君とはうまくやって行けそうです。
「このアホ、ボケ、カス! 死ねオラァ!! せっかく拾ったその命、そんなに投げ捨ててえなら俺直々に始末してやるわ!!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ────」
数分後。
彼は、自分より重傷を負ってテントの前に立たされました。
「……」
「……」
サルサの顔面は腫れあがって、ところどころ出血しています。鼻から真っ黒な液体をタラタラ流していて、右腕は……折れてそうですね。
これは、やはり指導の域を超えています。おそらく数日、回復魔法でケアしようとサルサは戦闘行為に耐えません。
どう考えても非効率的です。
「くそぉ、痛ぇ……」
「あの。何をやらかしたんですか、サルサ2等兵」
「昼のブリーフィング忘れてた……」
「はぁ」
ですが、この男も大概ですね。
ここまで強く殴らないと矯正が期待できないという小隊長殿の判断なのでしょうか。
「あの、コレめちゃくちゃ痛くてさ。トウリ、その、こっそり回復魔法とか、使ってくれたりしない?」
「自分が叱責された理由は、許可なく魔法を行使したからです。その罰則で起立させられている時に、許可なく魔法を行使なんてしたら小隊長殿に縊り殺されます」
「……デスヨネ」
この男は本当に反省しているのでしょうか。また自分を、体罰の嵐に放り込むつもりでしょうか。
そもそも使っていいとしても、先に自分に使います。自分だって、重傷なのです。
「後さ。ごめん、トウリ。夕食抜きって言われた……」
「……」
……。
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