#11
忙しいと言えるほどの事はなくても、丸っ切り暇なわけでもない病人スケジュールがひと段落した僕は、いつの間にか肌寒くなった秋風に釣られて窓辺に立つ。
無味簡素な建造物を眺めながめ、あくせく働く誰かに過去の自分を重ねて同情しつつ、まだ渦の治らない頭を支える為に頬杖をついて辺りを見渡す。暑く激しい夏は終わりを告げ、どこか哀愁漂う秋の訪れを五感で感じた僕を嘲笑うような烏が、ふらっと木の葉みたいに現れては声高らかにカァーッと叫ぶ。
「あっ」
視線の先でちょこまかと動く烏をぼんやりと目で追っていた僕は、アスファルトの端から顔を覗かせる一輪の花に釘付けになった。普通の花とは一線を画す造形に、人の目を惹く鮮烈な赤。細い茎で支えるのにも苦労しそうな大振りの花、季節外れの花火みたいに四方八方へと広がる髭、その全てが異質で妖艶なその花は群れを作ることなく清廉と佇む。
「……彼岸花」
有毒植物としても有名なこの花は、見た目は元より開花時期や色、寺や墓地によく咲いているせいもあって『死人花』等と不名誉な呼び方もされる。特に病院という生死に直結するような場所では過剰に反応する人も多く、ただ咲いているだけでも良い顔をする人は少ないだろうに──。
懸命に花弁を揺らす赤い花に人魚と交わした口付けを思い出し、僕はそっと唇に指を添えて感触を確かめる。あの夢がぬか喜びの願望夢、それこそ悲しき思い出にならないようにと目を閉じて祈る僕が想うのは、たったひとりの彼女だけ。
嫌に感傷的な自分に呆れ、反吐が出そうな気分のままベッドに腰掛けると、まるでタイミングを見計らったように携帯のバイブが煩く響く。
発信者は父。内容は……多分、母の話をはぐらかして保留にした実家に戻る件だろう。
そのまま無視しようかという選択肢が頭を過るも、覚悟を決めた僕は通話ボタンをタップした。
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