#7
彼女が登校しなくなってから、僕は意外な事実に気が付いた。
クラス、いや、学年の誰もが彼女の素性を知らないのだ。正確な家の位置、電話番号にメールアドレス、何の習い事をしていて土日はどう過ごしているのか……人柄や他愛もない話は思い出せるのに、まるで霧がかかったように彼女の個人情報は1つも出てこない。
ただ単に馴染みが薄い人間特有の無関心なのか、それとも彼女が意図して隠していたのかは分からないが、皆の彼女に対する理解が僕とそう大して変わらなかった事に安堵する。
──彼女の本質に届く迄の距離に大差はない。
慰めのようにそう自分に言い聞かせると、暗闇に沈んだ気持ちが少しだけ軽くなった。あと一歩を踏み出せなかった軟弱な自分の意識をそうやってすり替えながら、惨めな感情を隠して彼女の影を探す。
僕自身、昔から運は良くない方だったが、コソコソと地味な努力に応じた運命の女神は、時として大きく味方をするものだ。
「……誰か、机の中に溜まった配布物を届けて欲しいんだが……」
下校前のホームルームで、担任が連絡事項のついでみたいにボソリと言葉を零す。いつもは読書かお喋り、はたまた上の空で鼓膜にも残りはしない筈のその声が、拡声器でも使ったように僕の中でクローズアップされる。机の中に配布物が溜まるほど長期で休んでいる生徒なんて、このクラスには一人しかいない──。
「僕、行きます」
脳味噌に浮かんだ思考を口にしようと意識する前に喉の奥から躍り出た言葉が、教室中にこだまする。一瞬時間が止まったような無音が冷たく室内を支配するも、他に立候補者がいないのを見計らった担任が「そうか」と静かに応えた。
「じゃぁ、宜しく頼むよ」
ホッコリとした笑顔の担任から渡された紙には、誰も知らない彼女の自宅が記載されていた。荒れ狂う帳の降りた海を航海していた僕が手に入れた宝の地図は、僕の家からは正反対の場所に位置する。インドア派な上に方向音痴な僕が辿り着けるかも分からないその場所に一抹の不安を覚えつつ、覚悟を決めた僕はゴクリと喉を鳴らした。
──彼女に会いたい。
出会った当時と何一つ変わらない、学生時分の年相応に愚直な願いが僕の足を進ませる。
もうこの際、周りからどう思われたって構わない。二度と彼女に会えないまま後悔するより、嫌な顔をされても彼女と向き合いたい──。
腹を据えて早々に片付けた荷物を背負った僕は、好奇と疑念が綯い交ぜになったクラスメイトの視線を掻い潜って教室を後にした。
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