#6
念願の彼女と同じクラスになれたのは、出会ってから2年後の春だった。
最高学年になった僕らの距離感は相変わらず縮まることはなかったけれど、今までよりも彼女に一歩近付けるこの機会は大きな前進である。僕は事あるごとに彼女の様子を伺い、いつものように周りから求められる優等生を装う。
まるで猫が爪を隠して鼠を追い詰めるように、僕の下心を隠した優しさに溺れて囚われて仕舞えばいい──。
純粋に愚かな欲求を孕んだ僕はそうやって目を細めて彼女に手を伸ばすも、聡い彼女は出会った時と変わらない警戒心のままで僕を遇らう。野生の勘にも近い何かが僕を拒絶するのか、はたまたその何かの守護にでも預かっているのか……そんな厨二的妄想を繰り広げる脳内は、ただひたすら僕だけの為に緩んだ頬で笑む彼女を思い描く。
彼女を一目だけ見たかった。
彼女をもっと知りたかった。
彼女を独り占めしたかった。
日が進むたびに強欲さを増してゆくのが痛くって苦しくって切なくって、でもそれでも欲しくって。どうしてここまで彼女に執着してしまうのか、自分でもよくわからないぐらい愛おしくって。溢れ出しそうな感情の波に揺さぶられる僕は、皆から望まれる『良い人』の仮面がこんなにも息苦しい事に初めて気が付いた。
もしもこうやって外堀を埋めようと遠回りしているうちに横取りでもされたなら、僕はきっと気が振ったように怒り狂ってしまうかもしれない。それこそ、今まで積み上げてきた偽善者を投げ捨ててでも、子供じみた文句を並べて地団駄を踏んでしまうかもしれない。
そんな複雑な想いのまま怒涛の一学期が過ぎ去ると、休み明けこそはという懲りない鋼のメンタルで僕は9月を待ち望む。住所も電話番号も知らない、懐くどころが相手にもしてくれないたった一人の野良猫を手懐ける為に──。
「ねぇねぇあの子さ、もう学校来ないらしいよ」
しかし、二学期の始まりに同じクラスの女子から聞いたのは、寝耳に水にも程がある不協和音みたいな言葉だった。
「あの子って?」
突然の事で理解が及ばない脳内をフル回転させながら教室を見渡した僕に、彼女は「とぼけちゃって嫌だなぁ」とヘラヘラ笑って人差し指を伸ばす。
「ほら、今日だって休んでるじゃん」
半分茶化すような口振りの女子が指差したのは、僕の心を写し取ったようにぽっかりと空いた愍し彼女の席。
「?!」
──こんなの、嘘でしょ……?
言葉にならない激情と塗り固めたプライドが鬩ぎ合って上手く纏まらない声を飲んだ僕は、曖昧な笑顔を作って八つ当たりのように首筋を強く引っ掻いた。
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