第9話4月3日③

「二人目の契約をしたい?」


「はい。ローナ先生」


「えっと。それはどうして?」


「リコリスだけだと俺の精力を消費しきれなくて、その……太るらしいんです」


「それは一大事だね!?」


「そうなんです」


「分かった。じゃあ急いで手続きしちゃうね!」


「あ、いえ、急いでいるわけでは」


「完了!じゃあ行くよアルス君!」


「早いですね!?」


 というわけで話を持っていったら、あっという間に準備を整えられてしまった。

 もうちょっと心の準備をしたかった。


「またここに来るとはなぁ」


「私もあの時は考えもしませんでしたね」


「一緒に居るの?」


「フェアじゃありませんので」


「よく分からないけど、そういうものなの?」


「そういうものなのです」


「分からないけど分かった」


 それじゃあ早速、召喚するとしよう。願わくば俺とリコリス、二人と相性の良い相手でありますように。


「我求めるは異界からの召喚者なり。我と共に歩み、共に滅ぶものなり。我が言葉を聞き届けしものよ、我が力を依り代にしその姿を現せ。『サモン』!」


 前回と同じように魔法陣が光輝き、思わず目を腕で覆ってしまう。

 光が収まってから確認してみると、そこには。


 人形のようにどこか人間離れした美少女が佇んでいた。

 腰まで伸びた光を反射するような金髪に、血が通っているように見えない少し青白い肌。

 開いた瞳はルビーのように深紅の色をしていて、体型はスラッとしたスレンダーな体型。

 服装はいわゆるゴスロリといったようなのも、より人形染みている。

 しかし、見た目からは種族が分からないがこの子もサキュバスなのだろうか?


「妾を呼び出したのは、お主かえ?その割にはサキュバスが控えているようじゃが、何用じゃ?」


 彼女が口を開くと八重歯が覗いた。チャームポイントかもしれない。

 それよりも、この高貴な口調は今度こそリリス様を呼び出してしまったのかもしれない。緊張しながらも口を開く。


「あなたを呼び出したのは契約を結ぶためです。現在、私はサキュバスと契約を結んでいますが彼女一人では負担が大きいようで。二人目の契約としてあなたを召喚させていただきました」


「妾に対して、というより召喚した相手に対して謙る必要はないのじゃ。原則として召喚者が立場が上という魔法なのじゃよ。それに納得がいかんものは召喚されなければ良いのじゃしな。妾を呼んだ理由は理解したのじゃ。しかし、サキュバス相手にそう余裕があるわけでもないのじゃろう?契約はどのような形にするのじゃ?」


「ここは私が発言させていただきますね。ご主人様は私との契約をしてなお、かなりの余裕を持っています。正直に申し上げますとあなたとの真名契約をしても、まだ余裕があるのではないかと推測してしまう程度には精力をお持ちです」


「リコリス、それは流石に俺を買い被りすぎじゃないか?」


「私との真名契約後、平然とされていらっしゃったのにそんなことを仰るのですか?」


「待つのじゃ、サキュバスとの真名契約をして平然としていたなどと事実なのか!?」


「はい、事実でございます。なので日々大変でして」


「それだけの精力を持っておれば、それはもう大変じゃろうな。妾、とんでもない方に呼び出されてしまったかもしれんのじゃ」


「それで俺との契約は、してもらえるってことで考えても良いのかな?というか、失礼かもしれないが君の種族が分からなくてね。俺に呼び出されたということはサキュバスなのかな?」


「妾は吸血鬼じゃな。見た目から判断せよというのは、難しいのは分かっておるから気にせんでよい。契約は真名契約を試してみる、というのでよいのじゃろうか?」


「そうか、吸血鬼か。吸血鬼も精力のみで呼び出せる相手なんだな。こうして考えてみると俺はまだまだ知らないことが多いんだな。真名契約も種族が違えば違ってくるものなんだろう?何をすればいい?」


「もし知りたいのであれば、妾の知っている範囲で教えてもよいぞ。そして、吸血鬼の真名契約はとても簡単じゃよ。妾が満足するまで血を吸わせればよいのじゃ」


「それは……失礼を承知で聞くが眷族、というか俺も吸血鬼になったりはしないのか?」


「一般的なイメージとして、そういう認識が広まっておるからのう。結論から言えばやろうとすれば出来る、になるじゃろうか。色々と条件が必要なんじゃよなぁ。満月の夜に、月の雫で清めた銀の杭。他にも色々と用意したのちに、お互いの承認があってはじめて眷族化出来るものじゃからのう。偶然なったり、作りまくったりといったことは出来ないのじゃ」


「銀の杭って言われると、むしろ倒すものっていうイメージだったな」


「どうやら眷族化に失敗したところを見られたのが、そのイメージの元ではないかと言われているのじゃ。ちなみに、月の雫が一般的に聖水と呼ばれていたりもするのじゃ」


「それはまた。というか、そこまで準備しても失敗するものなのか?」


「失敗したようじゃのう。準備に不備があったか、相手に不信感があったか原因は定かではないんじゃがな?」


「なるほどな。ということは、真名契約として血を吸われても問題はないということだな。あぁそうだ、物理的に可能か分からないがすべての血液を吸われて死ぬといったようなことは?」


「血に含まれる精気を吸っておるから物理的には可能じゃな。相手を死なせる量を吸うというのは基本的にやらんがの。そこまでするのは、妾たちのなかではよっぽど倒錯的な趣味の者という認識じゃな」


「価値観なんかもやっぱり種族間でけっこう違ったりするんだな。色々と話を聞けて安心したよ。じゃあ早速吸ってもらえるか?」


「分かったのじゃ。しかし、人に見られながら吸血するというのはいささか恥ずかしいのう」


「私のことはお気になさらず」


「まぁ、そうするしかないんじゃがな。ではいくぞ。首を傾けて欲しいのじゃ」


「これでいいか?」


「うむ。それでは。いただくのじゃ」


 その言葉と共に、彼女はかぷっと首筋に吸い付いた。

 吸い付いたというより噛み付いたの方が近いかもしれない。

 ちゅーちゅーと血が吸われていく感覚は、なんだかこそばゆい感じだ。

 密着しているので、彼女の身体のやや固い部分のある柔らかさや花の香りなんかでくらくらする。いや、これは血を直接吸われているからそう感じるのだろうか?

 この体勢だと、どうあがいても彼女の顔から様子を見ることが出来ないのでもどかしい。


 どうせ飲むのだから、彼女が俺の血を美味しいとか思ってくれると良いのだが。

 なんてことを思った瞬間、あの勢いよく俺の中からなにかが抜ける感覚がしたので身構えると同時に──ビクッと彼女が震え、もたれ掛かってきたので抱き留める。

 顔を覗き込んでみると、とても恍惚とした顔をしているが……大丈夫だろうか?


「とっても美味しい~……。これが天上の甘露……」


 うん、幼児退行までしているように見えるが大丈夫ということにしよう。


「あまり考えたくないですが、私もアルス様とキスした後はこんな顔をしていたりします?」


「してるね。とても可愛くて良いと思うよ」


「恥ずかしいですね。でも、アルス様が好ましく思ってくださってるなら良かったです」


「そういえば彼女も吸血するときに、人に見られるのは恥ずかしいって言ってたね。なにか知ってたりする?」


「あぁ、それは恥ずかしいでしょうね。吸血鬼にとって吸血行為は性交渉に値しますから」


「マジか。悪いことしたかな」


「彼女も私が居るのは容認してましたから、問題ないと思いますよ。気になるようでしたら、直接聞いてみても良いかと」


「直接?」


「全て承知の上じゃから気にせんでよいぞ」


「気付いたか。そう言ってくれるならそうするよ」


「それで妾の真名じゃったな」


「ああ。まずは俺から名乗らせてもらうよ。アルスだ。姓はない。君の名前を教えてくれ」


「よいぞ妾の半身よ。妾の真名は【カトレア】。【カトレア】・ローテ・ド・ラ・カーミラ。偉大なる吸血鬼カーミラ様に連なる血族じゃ。普段はカトレアと呼ぶがよい」


「分かった。カトレア、これから俺達と一生涯共に歩んでほしい」


「よろしく頼むのじゃ。それで、お主にもカトレアと呼ぶのを許そう。妾はなんと呼べばよいのじゃ?」


「ありがとうございます、カトレア。私のこともリコリスと呼んでいただいて構いませんよ」


「よろしくなのじゃリコリス。ちなみに、リコリスは真名に何を誓ったのか聞いてもよいかのう?」


「私は仕えることを誓いましたね」


「よくもその誓いで二人目の契約をしようと思ったのう!?」


「覚悟の上です」


「ちょっと待ってほしい。なにかまずいことなのか?」


「教えておらんのか?」


「必要になれば、その都度お教えしようかと。アルス様はお優しいですから」


「スパルタなんだか甘いんだか分からんのじゃ……。真名に誓った事柄は、契約主に対してなのはもちろんなのじゃ。中には自分自身の行動に対して誓うものも居るそうじゃが、少数派じゃろうな。そこで、今回問題になっておるのは契約主が複数の契約をした場合にその契約相手をも対象に入るのじゃ」


「つまりリコリスは、カトレアにも仕えなければならないということか。そして違反すれば死ぬと」


「流石に死ぬまで重いものにはならぬが、それなりに重いペナルティーになるじゃろうな」


「そんなことを黙っていたのか?リコリス」


「申し訳ありません。お教えすれば実行されないと思いましたので」


「当たり前だ!そんな危険なことを試そうだなんて思わない!」


「まぁ落ち着くのじゃ、妾の半身よ。リコリスからはこんな風に言われたのではないか?太ったから新しく契約してほしいと」


「確かにそう言われたけど……」


「そもそもサキュバスが太るなどあり得ないことなのじゃぞ?サキュバスは精気を吸い取る相手の理想の姿になる。妾の半身の趣味がぽっちゃり好きに変わったのでもなければ、そんなことになるわけがないのじゃ。この事は知っとるものは知っとることじゃぞ?」


「俺は本当に、まだまだなにも知らないんだな。でも、それならどうして?」


「妾の半身はこう考えたことはないか?サキュバスが使いきれないほどの精力を持つ人間が、何の異常もなく人で居られるのかと」


「それは……言われてみればそうかもしれないけど、でも今までなにも問題はなかったぞ」


「それは単純に妾の半身の器が大きいのじゃろうな。それに、まだ見たところ成長期の年頃じゃろう?今までが大丈夫だったからといって、これからもそれが保証されるものでもないのじゃ。妾の半身は人がなぜ、そもそも契約などというものをしているか知っておるか?」


「いや、知らないな」


「元々は力の強い者が、人間から変質してしまう事故があったのが始まりとされておる。自分の有り余る力を納める、外付けの器を求めたのじゃな。そうした結果、色々なことが便利に進むようになり今の一人に一人の契約をする世の中になったのじゃ」


「そうだったのか。なんだかリコリスと出会ってから知らないことばかりで、自分が情けなくなってくるよ」


「そう恥じるものでもない。知識とは機会じゃ。よき先達に、寄り添う友に、追い掛けてくる弟子に、あるいは正確に記された本達に。そういったものに出会えるかどうかじゃと妾は思っておる。先にも言ったが、妾の知っていることであれば教えよう。妾も、妾の半身から学ぶこともある故な」


「俺なんかがカトレアに教えられることなんて、特に思い付かないけど。そう言ってくれるなら助かるよ」


「そう卑下するものでもないのじゃ。少なくとも今日、妾は召喚獣想いのよき契約主を得られ志を同じくするものに出会えた。何よりもサキュバスですら手に負えない精力の持ち主である妾の半身から、どう絞り取ればよいのかと頭の片隅で考えておるのじゃが効果的な方法が思い付かんのじゃ。これは近い内にまた一人増えるかもしれんのう?」


「それは誉めてくれているのか?」


「妾としては褒め言葉のつもりじゃよ?」


「そうか。ありがとう。そしてリコリス」


「はい、アルス様」


「頼りない契約主かもしれないけど、これからはちゃんと相談してほしい。問答無用で却下することはないと約束するから。俺にとってリコリスは大事な存在なんだ。心配することくらいは許してほしい」


「そんな……私が悪いのです!日々成長していくアルス様に追い付けない弱い私が!このままではアルス様が、アルス様ではなくなってしまうと怖くて……ことを性急に進めてしまったのです。これからは隠し事はしないと約束します。だから……こんな愚かな私を許してくださいますか?」


「許すに決まってる。俺にはもう、リコリスが居ないとダメなんだ。一生涯一緒に居るって約束しただろ」


 涙を流すリコリスを抱き締める。こんな話をしたばかりだが、リコリスと触れ合っていると、体がぽかぽかとして心まで温かくなってくる。まずいな、俺まで涙が出てきた。どうかばれませんように。これ以上情けない姿は見せられない。


「はい、アルス様。はい……」


「妾、除け者なのじゃが。まぁ今回ばかりは仕方ないかのぅ」


「すまないカトレア。忘れていたわけではないんだけど、構う余裕がなかった……。今からでもこっちにおいで」


「妾、邪魔じゃないかのう?」


「そんなわけないだろう。カトレアだって俺にとって大事な存在なんだ」


「私たちにとって、ですよアルス様。本当にありがとうございますカトレア。今回召喚されたのがあなたでよかった」


「そうか?そうじゃな。そういうことならお邪魔させてもらうとするかの」


 カトレアも入ってきて、さらに温かくなった。このまま、どこまでも空に昇っていけそうな気分だ。もしかしたら、こんな気持ちを、人は幸せと言うのかもしれない。


「温かいですね……」


「そうじゃの……そうじゃな、真名に誓うことなのじゃがの」


「そっか、元々はその話だったっけ」


「ずいぶんと回り道をしたもんじゃな。まぁ、それも必要なことだったんじゃと妾は思うておる。とにかく、妾の真名の誓いをしようと思う。ゆくぞ?妾の持てる全てでもって妾の半身達を守ると【カトレア】の名において誓うのじゃ」


「カトレア……そんなことを誓って大丈夫なのか?」


「心配することはないぞ?妾は不死身故な。妾が滅ばぬ限り、誰も傷付かぬのじゃ」


「そっか、吸血鬼は不死の存在だったか。あれ、でも吸血鬼って日光で滅ぶんじゃなかったっけ?」


「それは一昔前の話じゃな。今生存している吸血鬼はみな、日光に耐性があるかデイウォーカーの者じゃ。妾は後者じゃな」


「そっか。でも滅ぶことがあるって……。それに痛みは感じるんじゃないのか?」


「そうじゃな。先の妾の半身とリコリスの約束に倣って少し話そうかの。いくら不死身の存在といえども滅ぶことはあるのじゃ。それは、心が死んだ時。何も感じず、何も見ようとしないそんな存在になり果てる。あれはまさしく地獄じゃった。その時に痛覚もなくなってしもうたのじゃ。これ以上は勘弁してほしいのじゃ。思い出しただけで、あんなに温かったこの場所が寒いのじゃ」


 実際にカトレアは震えている。歯もかちかちと空気を咀嚼しているかのようだ。カトレアが経験した地獄。これは簡単に聞いていいことではないのだろう。

 それよりも今は。


「カトレア、無理をおして、よく話してくれた。ありがとう。おかげで俺たちは、ちょっとやそっとじゃ揺るがない強靭な盾があると思える。どうかこれから俺達を守ってほしい。頼めるか、カトレア?」


 力の限り抱き締める。俺程度の腕力で、彼女達に傷を付けることは出来ないことを知っているからだ。

 この想いよ届けと全力を込める。カトレアは今日出会ったばかりではある。それでも、すでに俺には返しきれない恩が出来たと思っている。きっとこれからも返す度に積み重なって、永遠に終わることはないだろう。

 だけどここで少しでも返せなければ、男が廃るだろう!

 カトレア、どうか過去に負けないでくれ。俺に出来ることならなんだってやってやる。だからどうか。この腕のなかで震える少女に。少しでも勇気を!

 その瞬間、ぽかぽかと温かかった身体が熱いほどの熱を持つ。

 身体から何かが抜けて、カトレアに入っていったような感覚がした。それと同時に震えが収まった。


「妾の半身よ。お主の想い。しかと伝わったのじゃ。妾に任せるがよい!」


「あぁ!よろしく頼む!」


「一時はどうなることかと思いました」


「とか言いつつ、しっかりと妾の半身のサポートをしておったのを、妾は知ってるのじゃからな」


「あら、ばれてしまいましたか」


「え、リコリスそんなことしてくれてたの?」


「妾の半身もまだまだじゃな。これからビシバシと鍛えてやるのじゃ。覚悟せい」


「まだまだ未熟だけど、愛想尽かされないように頑張るよ」


「安心せい。妾達が妾の半身に愛想を尽かすことなど、永遠にないのじゃからな」


「そっか。ありがとう。リコリスとカトレアに恥じない契約主になれるように。いや、なるよ」


「その心意気じゃ」


「ところでずっと気になってたんだけど、妾の半身ってどういう由来なの?」


「そ、それはじゃのう……」


「由来はあなたの血を生涯飲み続けるので、私の半分はあなたで出来ていますというのが由来らしいですよ?ちなみに意味は私の伴侶になります」


「え、伴侶!?」


「そ、そこまで言う必要はなかったじゃろう!?」


「私たちの間で隠し事はなしですよ?」


「それを引き合いに出すのはずるいのじゃ!?」


「えっと、さっきも言ったけど改めて。契約主としてだけじゃなくて、伴侶としても相応しい存在になってみせるよ」


「もちろん私の伴侶としても、ですよね?」


「当然リコリスにとっても、だよ」


「なんだかあそこだけ通じあっていて、やっぱりずるいのじゃ……妾も混ぜるのじゃー!」

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