勇者の子と描く建国計画!〜ハズレ召喚者だと国を追い出された俺、ぽんこつ王女騎士を拾ったことで一緒に国を作る旅に出ることになったが、最強美少女ばかり集まるせいでハーレム王国とか呼ばれて困っています。〜

雨愁軒経

プロローグ.見知らぬ世界で追われる少女

 とっくに目は覚めているのに、エステルには何が起こっているのか理解ができていなかった。


「はっ、はっ、はっ……ちぃっ!」


 必死で前に出し続ける裸足の足音の背後から、鋭いかぎ爪が洞窟の固い土を抉る音が迫ってくる。


『ガアアアアアッ!!』


 巨熊が振り払った前足の爪を、エステルは半分転びながら躱した。追撃を警戒して振り返ると、駆けてきた時には死角となっていた場所に小さな横穴があるのを見つけた。


「(あそこなら、この巨体は通れないはず!)」


 ようやく見つけた光明へと、エステルは一目散に飛び込んだ。

 体力的には問題がないはずなのに、動揺のせいで足がもつれる。襲ってきている巨熊も、あのくらいならば討伐の経験だってある。

 しかし、今のエステルは寝間着姿。愛用の鎧も剣もないとあっては、『ちょっと鍛えた小娘』同然の、矮小な存在に過ぎない。


「お願い。助けてウィガール! ウィガール!!」


 祈るように手のひらを重ね、指輪に向かって叫び続ける。しかし、赤い宝石はうんともすんとも応えてくれない。


『グワオッ! ガアウッ!!』


 巨熊が前足を突っ込んで、こちらを捉えようと振り回してくる。

 エステルは袋小路の壁際に寄り、背を預けて息を整えた。

 頼みの綱が来てくれないことは一大事だが、ここにいれば安全だろう。ここからは根競べ。向こうが諦めてくれるまで待てばいい。

 そう、頬が緩みかけた時だった。


「……えっ?」


 巨熊が前足を引っ込めたかと思うと、今度は頭を穴に捻じ込んできたのだ。するとどうだろうか、猫ほど柔軟ではないが、ずりずりと壁に体を擦りながらも、少しずつ、しかし確実に距離を縮めてくる。


「そんな、まさか……!」


 エステルの顔から血の気が引いた。巨熊の体によって徐々に隙間が塞がれ、視界までもが奪われる。

 せめて剣があればと握りしめた拳を、エステルは意を決して構えた。


「(やるしかない!)」

「――頭隠して尻隠さず、ってな」


 入口の隙間から漏れ聞こえた声に、エステルと巨熊はぴくりと顔を上げた。

 次の瞬間、ドンッ! と爆発音がしたかと思うと、エステルの眼前から巨熊の顔が消えた。獰猛な獣の顔が苦痛に歪み、甲高い悲鳴を上げて穴の外まで弾け飛んだのだ。


「ったく、クマさんに出会うなら森だろJK。なんで洞窟なんだよ」


 呆れたような声が近づいてきて、やがてひょっこりと顔を出した。十代後半くらいだろうか、自分と同じくらいの年端の、若い黒髪の青年だった。


「おい、無事か?」

「え、ええ……」

「それは返事? 疑問? というか、言葉は通じる人?」

「うん、言葉はわかる。助けてくれたのよね、ありがとう」


 青年が貸してくれた手を取り、体を起こそうとしたところで、エステルはいつの間にか自分が腰を抜かしていたことに気が付いた。我ながら情けないと自嘲気味に笑って、足に力を入れる。

 穴を出ると、そこには巨熊が半身を焦がした状態で息絶えていた。


「今夜は熊鍋が出来そうだな。余った肉は町で売って路銀にできるし。君は、ジビエとかイケるクチ?」


 熊を指差して、青年が訊ねてくる。それに、エステルは唖然と目を瞬かせたまま、ふるふると首を振った。ジビエが何かは分からないけれど、要するに熊肉を食べられるかということだろう。


「熊……多分大丈夫。遠征の時に、兎や鹿は食べたことがあるから」

「へえ、騎士か何か? パッと見はお姫様みたいなカッコだけど……って、裸足じゃねえか!」


 青年は肩にかけていた荷物を下ろすと、タオルを二枚引き抜いた。それぞれ厚めに折り、中に削った砂を包むと、エステルの足に当てて包帯で固定してくれた。


「締める強さは痛くないか?」

「平気よ。何からありがとう……昨夜床に就いたと思ったら、目が覚めたら知らない場所にいて。もう何がなんだか」

「だろうな。俺も似たようなもんだった」

「貴方も?」


 エステルが足の踏み加減を確認しながら訊ねると、青年は「もう何年も前になるけどな」と、少しだけ遠い目をして、振り返った。


「俺は如月キサラギリョウ、リョウと呼んでくれ」


 その屈託のない優しい笑顔に安心したせいだろうか。


「私はエステル・アルマトゥーラ……と、申し――」


 ぷつんと緊張の糸が切れ、意識を失った。







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