チップとループ
そして僕達は、ペンションの入口まで辿り着いた。時間帯が分からない、中の暖炉は着いているだろうか。
ひとまずは黒い戸を叩いて、誰かいないかを呼びかけた。
誰が真っ先に反応するのかを、僕達は知っている。
戸の奥から足音が聞こえた。そして数十秒もせずに、黒い戸は開かれる。
「ヌ! 遭難者かッ!」
説明するまでもない。
相手から見たら初対面、ボロが出ないようにしなきゃな……
「すぐ中に入れ!」
戸をくぐって底の厚い靴を脱ぎ、ギンと共に中へ入る。
「荷物は俺が持とう。バックパックを降ろしたまえ」
言われることはわかっていたので、言葉に甘えて荷を預ける。
「ありがとうございます……」
そういえば、初回は必死で何も言えてなかったな。
少し遅れて階段から二人、人が降りてくる。
「わわっ、来る必要ありませんでしたか?」
一人は黒色のミディアムヘアをした、メイド服を着た人……名前は、
「あっ…………う」
そしてその背に隠れている、和装を着た女の人が、
「
あんたは二人分の荷を持っていても案内くらいできそうなもんだけど。
「了解です! さ、こちらへ」
くだらない印象を抱きながら、僕達は波佐見さんと海見さんに着いていった。
リビングの場所なんて知っていたけれど、ま、怪しまれてはいけない。
リビングに入っていきなり驚いたのは、真っ直ぐ正面の扉が開いていたこと。その扉を開くと廊下へ繋がって、四つの部屋の扉に繋がる。
使われているのは三室、
残りの二室。それを使う二人が、態々部屋から出て、リビングの……僕達遭難者の様子を見に来ていたことだ。
一人は男性。茶髪、赤ふち眼鏡、猫の瞳孔のように縦長。身長は僕より大きい、
一人は女性。小柄、プリン頭、元々金髪に染めていたのだろうが、地毛が生えてきて頭頂部だけ黒くなっている。赤いアイシャドウ、切れ長の目の、
二人とも俺達を確認したら、すぐに扉を閉じて自分の部屋へ戻って言った。
最初の頃は気づかなかった。生きるのに必死で、すぐ暖をとっていた。しかしそうか、最上川、波佐見、海見の三人以外にも、心配して見に来る人が居たのか。
僕達を、心配していたんだ。
「……某太郎? 大丈夫か、ボーっとして」
ギンに、こいつに心配されるなんて、本当に僕、大丈夫かな……
──嘘ばっかだね。
なんで今、ロキの言ったことを思い出しているんだろう。
「低体温症ですか?! すぐに暖炉の前であったまってください!」
「えっあっ、ちょっ!」
ソファでうつらうつらしている
……案外あの見た目で力強いな。
思考が整っているだけで、身体は凍りつきそうだったので、強く抵抗する理由もなく、僕ら二人はボケっと暖炉で温まった。波佐見さんが何かあったかいものを淹れてくれるらしい。正直知っている。コーヒーである。
身体をあっためながら、壁掛け時計を読む。今は……午後の七時十八分。黒と白しかない視界では、時間もクソもないので、やっとここで時刻を知ることになった。
「……つまり、午前一時以降から午後七時十八分以前に……」
僕らは意識だけ飛ばして、戻ってきた。
あれ……暖炉? これも火災の原因のひとつになるか。
「あ…………あのぅ」
弱々しい声、一瞬聞き逃すほど微かだったが、今回は気づいた。
「…………んっ……!?」
すぐそばまで迫ってきていたのに、僕は全く気づかなかった。
なんだ? いつの間に、というかそんなに近くてこのボリューム……?
「あっ……あ…………」
大袈裟なリアクションをしてしまったせいか、火を避ける獣のように、ゆっくりと僕を見つめながら逃げる体勢へと移行している。
「あ、ちょっ、待ってください。すみません、ぼうっとしてて」
しかし、このままじゃダメだな。警戒されている。人の手に怯える小動物みたいだ。
火災の原因を追求するためには、色々と話を聞く必要がある。だからある程度の仲は作っておかないと……
「……ギン、おまえの得意分野だろ……警戒解いてくれ」
仲良くなるという点では、うちのギンは大得意だ。なんてったって阿呆だから。馬鹿だから。妙な嗅覚で地雷を避けて、単純に懐へ入るから。
というかそもそも僕自身、仲良くなるのが苦手なんだよなぁ。
なんか避けられる。
「某太郎は目が死んでるから怖いんだよ」
「はぁ? んなことないし……」
僕が虚勢を張っている間に、もうギンは傍から離れて海見さんと接触していた。
しかも楽しそうに話している。
「…………」
目が死んでいる。
死んでいるのはこの身だけだと思っていた。
不意に、さっきまでウトウトしていた
「ん…………?」
「あっ、遭難者です。しかも二人」
そうか。あっちから見たら突然現れた何者か、か。
「あぁ……はは……ちょっと恥ずかしいところを見られてしまったね」
そう言いながら、変に笑ったり、頬を赤めたりなんてせず、表情は一切変わらないままだった。
用意されたテキストを読んでいるみたいだ。
「えぇと、お名前を聞いてもいいかな?」
今回は悩む必要も無い。
もう決まっている。
「
目に掛かりそうな前髪を手で梳いて、自分の名前を読み上げた。
「僕はここの管理人をしている
架々實。死んだ目をしたその男。
僕はどうしても、好きになれない。
波佐見さんがコーヒーを人数分淹れて、自己紹介とどこの部屋を使うのか決め、この面々で少し一緒に話す流れとなった。これは良い流れだ。
とりあえず第一目標として、原因追求のためにペンション内の全員とそれなりの関係を作ろう。
「あの、いつくらいからあんな天候なんですか?」
「一週間ほど前から変わらず、あんな天候だったよ」
「いっ、一週間? ここにいる皆さんは仕事とか大丈夫なんです?」
我ながら良い初回ロールと、さりげなく職業を聞けた。
「まあ僕はそもそも管理人だし、こんなものには慣れっこだけど……売れっ子の二人はそこら辺なかなかにまずいんじゃないかな」
實さんが視線を向けたのは、波佐見さんと海見さんの二人。
「あ……うーん」
「売れっ子って? 芸能人とかなのか?」
のらりくらり躱されそうな時、追撃と言わんばかりにギンが詳しく問う。
「そ、そういうんじゃないですけど……」
確か、この二人の職業は……
「二人は、探偵と助手をやっているんだよ」
そう、探偵と助手。つまりこの二人の関係は、俗に言う相棒というやつである。
「おー、かっけー」
「あ、いやっ……でも、そんなすごいものでも……ないって言うか……」
「そうなのか?」
なぜ純粋に問う、ギン。
「まさか、海見さんは三歳頃から周りの失踪事件を解決していた名探偵だよ。まさしくスーパーヒーローさ」
本人は意気揚々と語っているつもりだろうが、声のトーンが全く変わらない。合成音声の方が感情豊かだぞ。
「……
「噂で聞いたんだけどね」
噂かよ。
しかし、噂になるほどの探偵と助手。この人達が火災の原因を調べるよう誘導するというのもありか……
「はは、そういう君達はこんなことになって大丈夫なのかい?」
いかん、仕事か。えーっと……
「私は異世界人なので」
「えっ、それは……良かったね」
引き気味なくせして全くもって変わらない。
いや、もしかしたら顔に出ないだけで、心自体は動いている? 感情自体ない、もしくはかなり薄いと決めつけていたけど、僕の前提が間違っている可能性もあるか。
先入観はダメだ。何かを追求するというのに、先入観は邪魔になる。
程よく談笑し、カップも空になって、寝泊まりする部屋へ向かうため、解散となった。
《
「えっと、本当に二人でこの部屋に?」
「んっ、ああ。広いし問題ないと思うが。いいだろ? 某太郎」
「ああ、うん。特に問題ないね」
「はは……」
表情が分からないけど、苦笑いのように見えたのは気の所為だろうか。
「あの、實さん。そういえば、今このペンションには何人いるんです?」
「あー、そうだね。僕と君ら含めて九人かな」
そういえば九人が九人、自分の食料を食って、食料が尽きていないのか。聞こうとも思ったが、とりあえず今はやめた。
「となると、一人だけまだあってねーってことになるな」
そう、一人だけ。
《
この人と話したといっても、ほぼ自己紹介だけ。本で読み取る先生以外、ほとんど知らない。
僕ら二人はそのまま部屋に入り、電気をつけて、ひとまず情報整理を始めることにした。
「火災の原因を見つけなきゃいけないわけだがよ〜」
そう言いながらギンは、布団を広げ、そこで横になった。
寛ぎすぎだろ。
「ってなると、情報が欲しいよな」
「徹さんが言うには……」
──────火災が発生していたのは一階だ。二階でずっと見張っていたが、一階で大きな音がして……
他の人は分からない……と。
「何時頃から火事になったかとか分からないのか?」
「んー、いや。起きたらもうやばかったって感じ。起きてすぐ起こしたからなー」
「えー、僕より先に目覚めとけよ」
「亭主関白? 某太郎より先には起きてただろ」
それはその通りなんだけど。
……にしても情報が足りない。ギンの中のロキ、原因不明の火災、全然足りない。情報収集も、ペンションの人達に話も聞きたい。
「あっ、というかその虹みたいな名前の魔術──」
「ロオルククスな。アルカンシエルは全然違ぇだろ」
「それだよそれ、時間さえ立てばいくらでもできるのか?」
もしもそうなら、何度も繰り返せば絶対に生還できる。
「あー、んー……」
ギンは断言もせずに、微妙なしかめっ面をした。
「なんだよ、無理なら別に無理でいいけど」
「いや、魔術的にはできる」
魔術的にできるなら、他に問題はないはず。生還のために今必要なのは、不思議な力を持つギンだ。
「ならほかに何が問題なんだよ」
「再現性。ロキがな〜……今まで出なかったから、どうなるか……」
「再現性……」
今までロキは一度も出てこなかったのに、なぜあの時に出てきたのか。やはり死の淵でやっと出てきたのか。
「だけど……いや、そもそも、結局、やらなきゃいけない。俺たちは探偵でも助手でもないし、一日……いや、六時間でどうにかできるとは思えない……だから、やり直せなきゃやり直せないまま死ぬだけ」
絶対も安全も、そんなもの存在しない。安定なんてしていると思い込んでいるだけ、生命なんて生きていると思い込んでいるだけ。
僕らは何も変わらない。
僕だけじゃない、あの時。僕らは死んでいた。なくなっていたはずの命を、
「時が戻るか戻らないか、賭けようか」
賭け金にすることくらい、造作もない。
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