染谷くんと友瀬さんは電車に乗りました


 電車のドアが音を立てて開く。


「おはよう、友瀬さん」

「おはようございます、染矢くん」

 

 チェック柄のスカートに男女でほぼ共通のブレザー、内側には校章をアイロンプリントしたシャツを着て、首元には学年色の青いリボン。

 制服姿の友瀬さんを見るのは初めてじゃないけど、見るのはこれが初めてだ。

 あと半月もしたら夏服が解禁されて、冬服姿はしばらく拝めなくなってしまう。

 ……いつまで正気でいられるかな、俺。

 いままで好きになった女子たちと同じかそれ以上に、目の前の彼女は輝いて見える。

 やっぱり俺は、友瀬さんに恋をしている。


「あの、染矢くん?」


 友瀬さんは怪訝そうな顔で俺を見つめている。

 

「……ごめん、まだ頭が寝てるみたいだ。隣いい?」

「待ち合わせたのに、隣以外のどこに座るっていうんですか」

「俺は不審者だからね、隣に座られるのは嫌かと」

「……ちょっと意地悪じゃないですか?」

「ごめんごめん」


 謝りながら、友瀬さんの隣に座る。

 

「たしか昨日は、連絡をくれるまでは課題をやってたんでしたっけ?」

「うん。俊一に監視されながら、きょう提出の課題を……課題をやって……」

「染矢くん、まさか……」

「……友瀬さん、シュレディンガーの猫って知ってる?」

「この場合、猫は染矢くんですね…………ふふっ」


 友瀬さんは数秒俺の顔を見つめてから、小さく噴き出した。

 

「……ねぇ友瀬さん。いま俺の顔を見て、なにを想像したのか聞かせてくれる?」

「うふっ、なんでもないですよ?」

「で、本当のところは?」

「……ちょっと、見てほしいものがあるんですけど」


 友瀬さんはスマホを取り出すと、何やら操作を始めた。

 一瞬遅れて、俺のスマホから通知音が鳴る。

 開いてみると、彼女からスタンプがひとつ送られていた。


「これ、前の黒猫と同じやつ?」

「そうです。わたし、このスタンプのシリーズが好きなんですけど……いま送ったこの子、なんだかちょっと染矢くんに似てるなぁって」


 俺は改めて、送られてきたスタンプを観察した。

 それはジト目をした茶トラの猫が、こちらをじっと睨みながら『……』と無言で何かを訴えかけてくるものだった。

 黒猫のスタンプは一目でかわいいと思えたけど、この茶トラはこう、なんというか……コメントに困る。

 それで、この猫が俺と似てるって?

 ためしに、表情をイラストに寄せながら友瀬さんを見つめてみた。


「……っ!」


 彼女は俺から顔を逸らし、肩を震わせながら必死で笑いを堪えている。

 

「そこまで似てるかなぁ」


 ……それはそれとして、ちょっと嬉しかったのでスタンプを買っておいた。

 また今度、何かの機会に不意打ちで送ってみよう。


「友瀬さん大丈夫? そろそろ話せる?」

「すみませ、もうちょっと……ふふっ」

「重症だなぁ。じゃあひとりで喋るから、とりあえず聞いててよ」


 友瀬さんはぷるぷる震えながら、小さく頷いた。

 昨日も思ったけど、まさかここまでよく笑う人だとはなぁ。

 ……まぁ、俺は元々いい印象を持たれてなかったから、単にこういう姿を見ることが少なかっただけか。


「俺たちの間で情報共有っていうのはいいとして。あのふたりの会話を増やすっていう方針は決まってても、具体的にどうすればいいのかってまだ決めてないでしょ? ひとまずそのことを相談したかったんだけど……」


 友瀬さんは何度か深呼吸をして、ようやく笑いが収まった。


「ふぅ、はぁ……具体的に、ですか」

「たとえば、俺たちって休み時間はほとんど欠かさずA組に行くでしょ?」

「はい」

「お前がいるから話しかけに行けない、って苦情を俊一から受けまして。もちろん、冗談交じりな言い方だったけど」

「……その発想はなかったです」

「俺もだよ。姫乃さんもそう思ってるのかはわからないけど……実際、否定はできないよね」


 友瀬さんは頷いた。

 

「そこで、『この三日間はなるべくA組に行かない』というのはどうかなと」

「いいと思います! でもその間、わたしたちはどうしましょう?」

「どうしましょうって、そりゃクラスメイトと会話を……」

「わたし、気軽に話せるお友達がいないです……」

「……うーん、人のこと言えない」


 どうやら、A組に足繁あししげく通った弊害へいがいは予想以上に大きかったらしい。

 俺たちはふたり揃って、あまりクラスに馴染めていなかった。

 流石に挨拶はするし、ある程度の雑談もする。

 それでも、例えば『一緒に昼飯を食べよう』とかにはあまりならないだろうし、少人数で突発的に遊びに行こうとなったとき、わざわざ声をかけてくれる距離感の相手はひとりもいない。

 おそらく、友瀬さんも似たような状況なんだろう。

 

「俺たちはひとまず、クラスに馴染むことを目標にしようか……」

「はい……」


 親友とはいえ、他人の色恋沙汰がどうのとか言ってる場合じゃなかった。

 やっぱ俺、俊一がいないとしっかりコミュ障なのでは?

 ……どっかにお参り行こうかな、今回は自分のために。


「それじゃあ、学校でのことは一旦いいとして……次は連休の後半戦について。友瀬さんは姫乃さんの予定、どのくらいわかる?」

「ふふん、もちろん全部把握済みです」

「おお、自信満々だ」

「最初の二日間は法事でご実家、残り二日はわたしと一緒です。しかも、おまり!」

「嬉しそうだなぁ。泊まりって、まさか旅行?」

「会場はわたしの家で、泊まるのは真ん中のひと晩だけです。王子くんの方はどうなんですか? やっぱり、サッカー部の練習ですか?」

「……それがあいつ、暇になっちゃったんだよね」

「そうなんですか?」

「うん。友瀬さん、高校総体インハイってわかる?」

「はい、わかります」

「クラス会の前日が地区予選の二回戦だったんだけど、そこで負けちゃって。それでいっそ、次の四連休は練習もなくすかって話にしたみたいで」


 負けたから練習をなくす、っていうのも妙な話に聞こえるけど、練習量より練習効率を重視するコーチならそういうこともあるんだろう。

 

「そうだったんですね」

「まぁ相手も強豪だったらしいし、PK戦に持ち込んだだけマシだと思うけどね。とにかく、俊一は毎日暇してるよ」

「……じゃあ後ろ二日のうち、どちらかは四人で出かけませんか?」

「四人で? ……どうやって誘うつもり?」

「ふっふっふ。誘いません、偶然を装います」

「あぁ、そういうことね」


 友瀬さん、悪い顔してるなぁ。

 悪戯とかサプライズとか、そういうのを仕掛けるのが好きなのかもしれない。


「あっ、染矢くん。続きは歩きながらにしましょうか」

「え? あれ、もう着くのか」


 俺たちを乗せた電車は、気づかないうちに学校の最寄り駅に辿り着こうとしていた。

 電車のアナウンスが聞こえないくらい楽しかったのか、俺。

 ……なんというか、俺ってわりと単純なんだなぁ。

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王子くんの幼馴染♂と姫乃さんの親友ちゃん♀がラブコメするそうです。 トーセンボー(蕩船坊) @mottlite

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