なぜ…………

染矢くんと友瀬さんは待ち合わせます


 の両想いが判明した翌日。

 この事実に気付いてしまった俺と友瀬さんは、密かに協力関係を結ぶことになった。

 当面の目標は、俺と友瀬さんの間での情報共有。

 そして、俊一と姫乃さんの会話機会を増やすことなわけだけども。


「情報共有はいいとして、どう会話させるかだよなぁ……」


 昨日と変わらない曇り空の下、いつもより三十分早く家を出た俺は、自転車をこぎながら呟いた。

 現状あのふたりのまともな接点は、クラスメイトであることを除けば、昨日おとといのイベントで一緒になったことくらいらしい。

 休み時間に会話したことくらいあるだろ、とは思ったんだけど……。


『僕には豊彦が、姫乃さんには友瀬さんが。休み時間を一緒に過ごす人が決まっちゃってるからね、なかなか話しかける機会がなくて』


 俊一に、皮肉と信頼をないまぜにした口調でそう言われてしまった。

 うん……それは、その…………申し訳ないと思っている。

 

 俺の失態は一旦置いといて、状況の確認に戻ろう。

 ふたりとも委員会には無所属で、部活はかたやサッカー部レギュラー、かたや帰宅部。

 大会常連クラスの運動部には朝練がつきものなので、登下校ともに『意図せず偶然一緒になる』という可能性はかなり低そうだ。

 名前も王子おうじ姫乃ひめので遠いから、出席番号も必然的に遠くなる。

 そうなると、入学当初のまま継続して番号順の座席は、教室の端と端レベルで離れていて当たり前。

 授業なんかでグループ分けされても、同じ班に配属されることはまずなさそうだ。

 そして学外では当然、接点なし。

 …………あれ、やっぱ俺のせい?


「いやいやいやいや。まさかそんなことは……おっ?」


 駅チカの月極駐輪場に辿り着いた直後。

 現実から目を逸らそうとする俺のポケットで、スマホが通知音を鳴らした。


『染矢くん、おはようございます』

『今朝は涼しくて、過ごしやすいですね』

『さきほど、打ち合わせ通りの電車に乗りました』

『後ろからふたつめの車両で待ってます』


 実は昨日の夜、課題を終わらせた後に少しだけ、友瀬さんとメッセージのやり取りをしていた。

 内容はもちろん、今後の方針について……だったんだけど、すでに日付を跨いでいたため、朝のうちに時間を作って直接話すことにした。

 最初は学校待ち合わせのつもりで話していたのに、ふたりとも同じ路線、しかも最寄りが数駅しか離れていないっていうじゃないか。

 いままで鉢合わせたことがなかったのはたぶん、最寄り駅の規模の違いだろう。

 俺の最寄りには急行が止まらないし、わざわざ乗り換えるとかしないからなぁ。

 まぁとにかく、俺は朝の通学路から友瀬さんとご一緒することになったというわけだ。


『おはよう、友瀬さん』

『衣替えまでずっと、こんな感じだとありがたいんだけどね』

『こちらも、もうすぐ最寄りに着きます』

『会えるのが楽しみです』


 ……結局最後の一文は消して、以前と同じ『当たり障りのない』スタンプを送った。


「さぁて、行きますか」


 いまの俺には、何もわからない。

 この独り言が失恋のストレスからくるものなのか、意中の相手に会える喜びからくるものなのか。

 これまでに俺がしてきた俊一へのが正しいものだったのか、そうでないのか。

 何もわからないけど……とにかくいまは、前に進むしかないだろう。


「……で、やっぱりいるのかよ」


 駅の階段を一段飛ばしで駆け上がった俺は、見知った顔に遭遇した。

 幼少期からの付き合いですっかり見飽きてしまった、端正な顔立ちに。


「おはよう豊彦、今日はやけに早いね?」

「ちょっと待ち合わせがな。そっちこそ、朝練にしてはちょっと遅くないか?」

「昨日、合同練習があったばかりだからね。流石にきょうは朝練ないんだ」

「あーまぁ、そりゃそうか」

「家に居ると落ち着かないから、結局は早めに家を出ちゃうんだけど」


 まだ昨日の疲れが残っているのか、俊一はやや低めのテンションで言った。

 たしか以前にも、うちのサッカー部では『週明け一発目の朝練』だけは自由参加だと聞いたような気がするので、けさもそのパターンなのかもしれない。

 俊一は大きなあくびをしてから続けた。

 ……あくびまでサマになってるのがちょっとムカつくな、いつものことだけど。


「ふあぁ……そっちの、待ち合わせの相手は?」

「友瀬さんだよ」

「あぁ。だったら、邪魔しない方がいいね」

「そうだな、お前のためにも」

「そうだね、豊彦のためにも」

「……なんとでも言えばいいさ」

「えー、つまんないの」


 駅のホームなのですねに一発ローキック。

 

「あは、いたた」

「嬉しそうにしやがって」

「豊彦が元気そうだからね」

「ったく……友瀬さんとは二、三本あとの電車で待ち合わせだから、先に行っちゃってくれ」

「わかったよ。じゃあ、またあとで」

「はいよ」


 ちょうどやってきた電車に乗って、俊一は去っていった。


「元気そうに見えますかねぇ……」


 約束の車両が止まる位置まで移動しながら、俺は呟いた。

 自覚はないけど、あいつが言うならたぶん、いまの俺は元気なんだろう。

 それでも、問題が山積みなことには変わりない。

 俊一と姫乃さんが両想いだからって、交際まで発展するとは限らない。

 考えたくはないけど、途中でどちらかが心変わりを起こしてしまうことだってあり得なくはない。

 それに、昨日頼まれた『友瀬さんの恋の相手を探る』というミッションもある。


「あーあ、どうすっかなぁ」


 なにが疲れるって、方針は決まっているのに期限がないうえ、具体的にどんな行動をとればいいのかがほとんどわからないところだ。

 その具体的な行動も、せいぜいが『友瀬さんとコミュニケーションをとる』くらいのもので。

 

「ならひとまず、具体的な行動についてふたりで決めるか」


 俊一と姫乃さんの問題に関しては、友瀬さんという唯一絶対の仲間がいる。

 彼女と話しているうちに、どちらかひとりがいいアイデアを思いつけばよし。

 もし思いつかなくても、彼女との会話機会が増えてくれるのでそれもよし。

 

「……よし、これで行こう」


 そう思い至ったところで、待ち合わせの電車がタイミングよくやってきた。

 各駅停車だから車内の乗客はまばらで、座席は当然のようにあちこち空いている。

 いちおうゴールデンウィーク真っただ中ではあるので、通勤客がいつもより少ないのもあるかもしれない。

 まぁ何が言いたいかというと、お互いに見つけやすいということだ。

 停車しきる前に友瀬さんを発見した俺は、彼女から一番近いドアに小走りで近付いた。

 むこうもこちらに気付いて、笑顔を浮かべながら小さく手を振ってくれる。

 俺も笑いながら手を振り返して、同時に自覚した。


「なんだ、やっぱ俊一の言う通りじゃないか」

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