染矢くんと友瀬さんは秘密にします
◇
「……やけにご機嫌だな?」
合同練習の日の夜、俺は俊一と通話しながら明日締切の課題をこなしていた。
スピーカーホンにしたスマホからは、俊一の鼻歌が聞こえてくる。
『え、なにが?』
「鼻歌だよ。ずいぶん珍しくないか?」
『……僕、歌ってた?ほんとに?』
「しかも自覚なしかい。あんだけ大勢に帰られて、多少なり落ち込んでると思ってたんだけどな」
時間が経ったとはいえ、なんだかちょっと拍子抜けである。
ちなみに練習のあと、俊一はサッカー部の皆さんとの懇親会に行ったので、今日のまともな会話はこの通話が最初だ。
『そう?姫乃さんと友瀬さんは居てくれたし、もともとあんなに大勢来るとは思ってなかったから。午前中居てくれただけ充分かなぁ』
「いやまぁ、そうかもしれんけど。つーか俺は?俺もあの場に居たんですけど?」
『どうせ呼ばなくても来るでしょ?それに途中、友瀬さんとどっか行ってたみたいだし』
「いや、あれは俺が勝手にひとりでうろついてただけというか……友瀬さんは俺を探しに来てくれただけで…………」
『ふぅーん?それで?』
顔を見なくてもわかる。
俊一はきっと、物凄く殴りたくなる表情をしていると。
「それでもなにも、それだけだよ」
『……あっそ』
しばしの沈黙。
俺の部屋は、耳が痛くなるような静寂に満たされた。
ペンが走る音、時計の秒針、スピーカーのノイズ、耳鳴り…………。
「……あぁもう、わかったよ!」
『僕なにも言ってないけど?』
「うるせぇ!そうだよ、俺は友瀬さんが好きだよ!悪いか!?」
『いや悪くはないよ?』
「久々にお前抜きの失恋だよ!」
『え、また告白したの?』
「してねぇよバーカ!」
『……はぁ、荒れてるなぁ』
――俺が落ち着くまでしばらくお待ちください――
『そろそろまともに話せる?』
「…………スマン」
久しぶりにやってしまった。
互いに信頼してるとはいえ、いろいろ限度ってものがあるだろうに。
『傷口に塩を塗るようで悪いけど、とりあえず説明してよ』
「恋心を自覚して負のループに
『アバウトすぎ』
「友瀬さんが俺を探しに来てくれたのが嬉しくて、なんやかんやあって、彼女への恋心を自覚しました」
『もう一声』
「姫乃さんの情報を引き出すために彼女と関わり続けなきゃいけないことを思ったら、気持ちがどんどんネガティブな方向に傾きました」
『……無理して僕に協力しなくてもいいんだよ?』
「その選択肢はあり得ない。なお、久しぶりに失恋で泣きました」
『豊彦、予想以上に重症だね』
「自分でもびっくりしてるとこだよ……」
思わずデカいため息が出た。
息を吐き続けたらそのまま自分が消えてしまいそうだったので、途中でやめたけど。
『で、豊彦はどうしたいのさ』
「どうってそりゃあ、友瀬さんが――」
『あ。彼女が幸せならそれでいい、とか月並みなやつはナシで』
「……じゃあどうしろってんだよ」
『こういうときにさ、豊彦は優しすぎるんだよ。たまには自分を優先して、他人にぶつかって行ってもいいんじゃない?』
「ぶつかって砕けるのが確定しててもか?」
『そもそもの話、友瀬さんがどこの誰を好きなのかもわかってないんでしょ?』
「そうだけど……」
『知りもしない相手に白旗上げるなんて、らしくないよ』
「だって、あの神社にお参りしてたし、相当
『ねぇ豊彦、鏡って知ってる?』
「それは自分でも思ってるけどさぁ」
こんどは俊一が深いため息を吐いた。
『オッケー、わかった。豊彦はひとまず、友瀬さんの想い人を探れるくらい仲良くなってよ』
「……いちおう、理由を聞こうじゃないか」
『仮に僕が姫乃さんと付き合えたとして。その場合、将来的には高確率で、友瀬さんと謎の想い人さんを入れたダブルデートをすると思うんだ』
「…………おう」
その光景を想像してダメージを負った。
『もしその彼が、僕の幼馴染を侮辱するような奴なら……そいつを殴らない自信がない』
「………………なるほど?」
謎の男を殴る俊一を想像したら、やや回復した。
『せめてどんな人が相手なのか、あらかじめ知っておきたいんだけど。ダメかな?』
「……………………はぁ、わかったよ」
『あはは、そうこなくっちゃ!』
「お前はほんと、俺の扱い方をよくわかってる」
『伊達に長い付き合いじゃないからね。さて、そうと決まったら』
「決まったら?」
『まずはさっさと課題を終わらせて。監視する僕の身にもなってよ』
「……だな」
俊一は当然のように、既に課題を終わらせている。
しかも、明日提出のものどころか、期日が決まっているものは全部だ。
文武両道いい子ちゃん王子様がよぉ、道理でモテるわけだよ……。
◇
『で、何を話してたの?』
「……なんのこと?」
画面越しに詰め寄ってくる由佳ちゃんに、わたしは疑問形で返すことしかできなかった。
『決まってるでしょ。染矢くんとふたりでいるとき、どんな話をしてたの?』
なんとしても、染矢くんとの協力関係については隠さないと。
「……べつに、由佳ちゃんには関係ない話だよ?」
『ふぅん。私に染矢くんとのこと相談しておいて、ぜんぶ内緒っていうのはどうなのかなぁ?』
「うっ……」
そこを突かれてしまうと苦しい。
『べつにぃ?無理に聞き出そうとは思わないけどさぁ……相談に乗った身としては、経過報告くらい聞きたいなぁ』
由佳ちゃんは猫なで声でそう言いながら、カメラに向かって上目遣いしてきた。
それはちょっと反則じゃないかな!?
……でも、いい機会だから聞いておこう。
「……あの、さ、由佳ちゃん」
『なぁに、なつきちゃん?』
「…………恋するって、どんな感じ?」
『えっ!?』
「違う、そうじゃなくて!」
『まだ何も言ってないよ!?あと何が違うの!?』
興奮して詰め寄ってくる由佳ちゃんの可愛い顔が、スマホの画面いっぱいに表示される。
「もう、電話切るよ!?」
『ごめんごめん。それで、理由を聞かせてくれる?』
「その……染矢くんがわたしに、どういう気持ちを向けてるのかが気になって」
『どういう気持ち、かぁ……男女で違いがあると思うけど、私でいいの?』
「こんなことを相談できる相手、由佳ちゃん以外に居ると思う?」
『まぁ、それは私も一緒だけど。うーん、そうだなぁ』
少し考えてから、由佳ちゃんは続けた。
『まず、同じ空間に居るだけで幸せになれます』
「居るだけでいいの?」
『王子くんと同じクラスっていうだけで、相当ハッピーな気分になれるね。できることなら、彼とお喋りしたいけど』
「じゃあ、クラス会は楽しかった?」
『もちろん!でもやっぱり、まだまだ話し足りないなぁ。女子組が帰っちゃったのはそのせいかもね』
「……どういうこと?」
『昨日はもともと、王子くんがクラス会に居るってわかってたでしょ?』
「うん。しかも早く来て手伝ってたって」
『主催側も、参加者も、昨日は期待以上に楽しかった。ううん、楽しすぎた。だから、予定になかった今日の応援にまで期待
「なるほど」
どうやら女子組のがっかり具合は、わたしの想像をはるかに上回るものだったらしい。
でもそれって。
『身勝手でしょ?』
「うん……」
『なんていうかね。恋をすると、感情の振れ幅がいつもより大きくなる気がするんだ。それこそ、自分でも制御できなくなるくらいに』
わたしの脳内に、由佳ちゃんによる『王子くんの良いところひとり発表会』の光景がフラッシュバックした。
『嬉しいって気持ちが大きくなるのと同じくらい……ひょっとしたらそれ以上に、がっかりしたときに落ち込んじゃう。それが「恋してる」って状態かなぁ』
「なるほど……」
とりあえず、なんとなくは理解できたような気がする。
「ちなみに、男子組は?」
『なにが?』
「さっき『女子組が帰っちゃったのは』って言ってたでしょ」
『あぁ、そのことね。もともと、真剣に応援するつもりはなかったんじゃない?』
「えぇ……」
『昨日盛り上がったから来ることにした。でも思ったよりつまらなかった。しかも女子が大勢いなくなる。俺ら、もう居る意味なくね?とかじゃないかな、知らないけど』
「でも、由佳ちゃんは残ってたんだよ?」
『……多分だけど、あの中に
「どういうこと?」
『中学までで私に告白してきた男子、遊び半分というか記念にというか、気持ちを感じられない人が多かったんだよね。ひとまず目立つ
「そんな……」
『そういう価値観は否定しないけど、そういう人と付き合うのは絶対ムリ。最低限「
「それは、わたしだって嫌だけど」
由佳ちゃんは、険しくなっていた表情を崩して続ける。
『そうだ。その点、なつきちゃんはどうなの?』
「どうって……」
『染矢くんはどんな人なのかなぁって。で、どうなの?』
「……優しい人だよ。すごく。とっても」
『ふぅん?それだけ?』
「…………ちょっと、かわいい人だなって」
『……なにがあった聞かせてちょうだい。詳しく!』
「内緒でーす!染矢くんと約束したので!」
『あ、ずるい!』
「ずるくないでーす!」
そのあと、わたしと由佳ちゃんは日付が変わるまでガールズトークに花を咲かせた。
染矢くん、協力関係のことは秘密にしてるから安心してね。
◇
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