染矢くんは見知らぬ女子を慰めます
◇
気分転換、もとい、クラスメイトたちと物理的に距離を置きたかった俺は、運動場の敷地をひたすら歩き回った。
広い敷地内をぐるぐると歩いて、歩いて、歩き続けて……最終的に、体育館の中にある
職員用の通用口の脇、すこし奥まった、それでいて十分な広さがありそうな空間には、数台の自販機が並んでいた。
「へぇ、自販機まで凄いなここ」
水やお茶・コーヒーはもちろんのこと、メインの利用客である若年層が好みそうなスポドリやエナドリに加え、紙コップで提供されるタイプのものや、小さい子供連れ用に“キャラもの”の紙パックジュース専用自販機まで取り揃えられていた。
いくら国際交流のシンボルとして作ったものとはいえ、地域のスポーツ施設でここまで充実しているのは、ちょっと珍しいんじゃないだろうか。
まぁこれだけ種類があっても、買うものは変わらないんだけど。
自販機にコインを入れて、迷わず一番安いコーヒーのボタンを押した。
缶コーヒーが取り出し口に落ちてくる音は、ただでさえうるさいというのに、誰もいない休憩スペースに反響して余計に大きく聞こえた。
ちいさな冷たい缶は、手に取ったそばから
大きく育った水滴がひとつ、またひとつと、俺の指先を伝って地面へ落ちていく。
「あー、そこそこ心にキてるなこれ……」
思わず、独り言が口を突いて出た。
いまみたいな感じで五感がやたらと研ぎ澄まされているとき、俺はかなりのストレスを感じている。
独り言の増減と合わせて、俺なりの精神的セルフチェックの基準になっている。
こういう時には何も考えない方がいい、俊一の試合でも見ながらぼーっとしよう……。
「さーて、そろそろ戻るかな……ってうわびっくりした!?」
振り返った俺は、休憩スペースの壁際、ベンチに座る一人の女性とバッチリ目が合った。
心臓止まるかと思ったわ、位置的に死角だったとはいえ気配なさすぎじゃない?
おそらく同世代くらいであろうその女子を改めて観察して、なんとなく原因を察した。
彼女の目元は赤く
「あのー……どうかしましたか?」
いちど目が合ってしまったからか、一切をスルーしてしまうのはなんだか気が引けてしまったので、彼女に声をかけた。
変な間ができてしまったのは、こういう状況で『大丈夫ですか?』と聞くと、高確率で『大丈夫です』と答えられてしまうのを思い出して、言葉を選びなおしたからだ。
「いえ、その……」
あからさまに警戒されてしまった。
まぁ、周りに人がいない状況で、見た目チンピラに急に話しかけられたら、誰でもそういう反応になりますよね。
怖がらせて申し訳ないけど、このまま退散するのも後味が悪い。
思考を巡らせていると、俺の左手が唐突に、缶コーヒーの冷たさを思い出したように伝えてきた。
……うん、ひとまずの方針は決まりだな。
「目元……結構腫れちゃってるんで、冷やした方がいいかもです。よかったらこれ、使ってください」
俺はそう言って、さっき買ったばかりの缶コーヒーをハンカチにくるんで、彼女に差し出した。
「いえ、大丈夫ですから、その、すみません……」
「まぁ遠慮せず……代わりと言ってはアレなんですけど、ちょっと愚痴を聞いてもらいたくて。いいですか?」
「はぁ……」
困惑する彼女にコーヒーを押し付けた俺は、彼女から少しだけ離れたベンチに腰掛けて話し始めた。
「俺、この春から高校生になったんですけど。同じ学校にサッカー部の幼馴染がいて、今日はそいつの応援をしに、ちょっとした懇親会みたいなノリで、クラスの何人かでまとまってここに来たんです」
彼女の方を見ると、困惑しながらもとりあえずは聞いてくれそうな雰囲気なので、そのまま続ける。
「なんですけど、昼飯は一緒に食えないし、練習も見ていてつまらんからって、午後からの試合も見ずに帰っちゃったんですよあいつら。勝手に押しかけてきておいて、酷いと思いません?」
「それは、また」
「いちおう幼馴染……俊一から声をかけたんですけど、ちゃんと試合は午後からって伝えてあって。それでも午前中から集まって、それなのに帰っちゃって。俺ら、幼稚園の頃からの長い付き合いで、あいつにいろいろと助けてもらってきたんから、あいつが適当に扱われるのは納得がいかなくて」
「……その彼とは凄く、仲がいいんですね」
「ええ、自慢の幼馴染です」
少し考えこむ
「あの……」
「なんですか?」
「幼馴染の子とは……その、喧嘩したりはしませんでしたか?」
「そりゃあもう、何回もしましたよ?……小さい頃だけど、殴り合いも一度や二度じゃないです。でも、なんだかんだ毎回仲直りしたし、喧嘩したことがどうでもよくなるくらいには、あいつのことを信頼してるので」
「……そう、ですか」
缶コーヒーを
「わたしにも幼馴染の女の子がいるんですけど、その……わたしが恋してる男の子は、彼女のことが好きみたいで」
「それは、また……」
瞬間、俺の脳裏をよぎる友瀬さんと姫乃さん。
俊一の恋愛がバレるのと同じくらい警戒している、最も起きてほしくないシナリオのひとつだ。
友瀬さんの想い人が俊一だった場合、目の前の彼女と同じような状況になってしまう。
そんな心配をしていたせいで、つい余計なことを聞いてしまった。
「言いたくなかったら大丈夫なんですけど……そのふたり、付き合ったりしそうなんですか?」
「ずっと、凄くいい雰囲気で。さっき告白してるところを見ちゃって、そしたら、わたし……」
「あー……」
彼女は涙こそ流さないものの、明らかに『悲劇のヒロインモード』に入ってしまった。
今回は薄々感づいてたのに、また他人の地雷を踏んだな俺というやつは。
ならばせめて、身を削って少し話題を逸らそう。
「あの、また俺の愚痴を聞いていただきたいんですけど……俺の幼馴染、物凄いイケメンなんですよ」
「はぁ」
「俺、今まで生きてきて、三人の女子に告白したことがあるんですけど……その、ね」
「……まさか?」
「ええ、そのまさかです。三人とも俊一に惚れてましたよ。おまけに全員『彼に告白するのを手伝って!』と来たもんで」
「そんな…………」
悲劇のヒロインは絶句して、固まってしまった。
ひとまず、悲しみ以外の感情にすり替えられたみたいだけど……はぁ、今度はこっちが悲しくなってきた。
こんな『酒の席でする鉄板ネタ』みたいな扱いになっちまって、俺の失恋話。
「あいつは結局、三人の誰とも付き合ってないんで、お姉さんの状況とはまた違うとは思うんですけど。似たような経験をした先輩としてひとつ、アドバイスさせてもらうとしたら……幼馴染と過ごした過去は、どうあっても変わらないものなので。思い切ってぶつかった方がいいですよ。その方がこう、
「……もし、喧嘩になったら?」
「その時はその時で、
冗談めかして言ってみたが、ややウケであった。
……ひとつ咳払いをしてから、話を戻す。
「俊一のやつ、いままで恋をしたことがなかったんですけど……最近ついに、高校で初恋をしまして」
「それってまさか」
「あぁいや、今回は
少なくとも、俺に関しては。
「あいつにはできるだけ……その、恋することの楽しさだけを味わってほしいんですよね。だって、失恋って物凄く辛いじゃないですか」
「……そう、ですね」
「だから俺はあいつの……俊一の初恋を、応援したいんです」
そう口にした直後、俺の背後で何かが落ちる物音がした。
振り向くと、少し離れた場所に立つ、驚いた表情の友瀬さんと目が合った。
彼女の足元には、さっきの音の原因であろうスマホが落ちている。
「……友瀬さん?」
「染矢くん、いま、なんて」
……まずい。
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