なぜ少女は涙を流したか

染矢くんは王子くんの応援に行きます


「けっこう立派なグラウンドだな」


 クラス会の翌日、俺はサッカー部の合同練習を見学しに来た。

 会場は、このあたりのジュニア地区大会でも使われる大きな公営運動場。

 なんでもここ、ヨーロッパにある何とかという姉妹都市しまいとしとの友好の証に整備されたものらしく、シャワー室や更衣室などの設備まわりがかなり充実しているようだ。

 特に、サッカーコートの脇に設置された屋根付きの観客席スタンドは、子供たちの活躍を見に来た親御おやごさんにとって非常にありがたい存在だろう。

 今日は日中ほとんど曇り予報なので、そこまで恩恵おんけいは感じられていないけど。


 グラウンドに散らばった総勢六十人ほどの部員たちは、各自が割り当てられたトレーニングにはげんでいる。

 ここにいるのは三校の選抜メンバーだけで、実際には倍以上が所属しているというのだから、大したものだ。

 俺がもしサッカーを続けていたら、俊一と並んで、このグラウンドに立てていたんだろうか。

 ……いや、きっと無理だな。


「そめやん、なーに難しい顔してんの?」

「あぁ、いや、ちょっと考え事を」


 俊一がクラス会で合同練習のことを話したあと、集まれる人は集まってみんなで見に行こうという話になった。

 当然この話は両クラスのグループトークにも流されているので、昨日は参加していなかった顔ぶれも何人かいる。

 

「なんか人いっぱいだねー?」

「部外者っぽい人も沢山居るよね、さっきなんか大砲みたいなカメラ構えてる人とか居たし」


 ギャラリーが大勢いるのは、きのう俊一が『見に来てもいいんじゃない?』と言ったせいで、うちの生徒が大量に――俺たちだけで二十人近く居るのは確かだけど――押し寄せたからではない。

 練習に参加する三校が、どこも地区予選の上位常連だからだ。

 その証拠に、俺たち在校生のようなの関係者はもちろん、大学サッカーやJリーグの視察スカウトや他校サッカー部による敵情視察、雑誌記者の取材なんかも来ているようだ。

 あまりにも学校関係者以外の出入りが多いため、特に注目度の高い選手がいる年には会場を三校のいずれかに設定して、入場制限をかけて管理するらしい。

 今回は普通の競技場での開催なので、まぁつまり、そういうことである。

 来年には俊一がそのくらい話題になっていてほしいところだが、正直そんなに甘い世界じゃない。

 注目度が高い常連三校なので、そこで一年からレギュラーを張っている俊一が凄いことには変わりないんだけど。


「王子くんが頑張ってるところを見られるのはいいけど……」

「何やってるのか、あまりよくわかんないね」

「ねー」

 

 女子たちの視線の先では、俊一含む、推定一年生グループが合同で基礎練習をしている。

 いまやってるのは……。


「あれはラダーっていって、地面に敷いた縄梯子なわばしごを避けながらステップを踏んだりするトレーニングですね。瞬発力や動作の正確さを鍛えるためのものです」


 解説役を買って出ようとしたら、意外な人に先を越されてしまった。


「へぇー、友瀬さんよく知ってんね!」

「サッカーじゃないですけど、スポーツはよく見るので……」

「見るだけ?自分でやってるわけじゃなくて?」

「ええ、応援するだけですね」


 観戦するだけなのにトレーニングの名前まで知ってるってことは、ひょっとしたら結構熱心なスポーツファンなのかもしれない。

 それか、身近に詳しい人が居るとか。

 他の女子と一緒に質問してるあたり、少なくとも姫乃さんじゃなさそうだな。


「サッカーって広いグラウンドを走り続けなきゃですから、きっとものすごく体力が要るんだと思います」


 彼女の言う通り、サッカーという競技は、交代なしだと約九十分もの間走り続けることになる。

 高校生の場合は四十分ハーフ、前後半四十分ずつの合計八十分なわけだけど、中学の部活は三十分ハーフだったので、新一年生は今までより合計で二十分も長くプレーすることになる。

 だから、スタミナはいくらあっても足りないし、疲れた状態でも咄嗟の判断と瞬発力を発揮し続けないといけない。

 それもあってか、どうやら午前中、俊一含む一年生組は体力づくり中心のメニュー、上級生は実際のプレーを想定したメニューを軸にしているらしい。


「ねぇ友瀬さん、あれは何やってるの?」

「あれはたぶん――」


 女子たちは友瀬さんを中心に、彼女の予測交じりの解説を聞きながら、軽く盛り上がっている。

 一方、野郎共はといえば。


「ああいう地味なトレーニングばっかだと飽きちゃいそう、おれは絶対無理!」

「汗臭くなるのもイヤだしなぁ」

「スライディングとかしたら足の皮膚がごっそりと……」

「うわぁ、そういうの無理なんだよやめろって!」

「お前らなぁ」


 この差は何なんだ。


「基礎トレも案外あんがい楽しいもんだぞ?それに、消臭剤とか制汗剤は当然みんな使ってるよ」

「……じゃあケガは?」

「そのうち慣れる」

「ダメじゃん!」


 スポーツなんて大なり小なりケガと隣り合わせなんだよ、諦めろ。


「よーし、二十分間インターバル!日差しはないが、各自きっちり水分とれよー!」

『はい!』


 他校のコーチらしき人が号令を出すと、部員たちが一斉に、勢いよく返事した。

 少し時間が長いような気もするけど、記者風の人が何人かにインタビューをしに行っているようなので、そういう目的があってのこの長さということらしい。

 俊一のところには……さすがに、まだ誰も行っていないようだ。

 というか、あいつを含む下級生組は水分補給だけ手早く済ませて、次のメニューの準備に取り掛かっている。

 たとえレギュラーでも、一年坊主は下っ端に変わりないということらしい。


「もしかして、お昼は王子くんと一緒に食べられない感じなのかな?」


 女子のひとりが、誰にともなくそう呟いた。

 確かにあの様子だと、ちょっと厳しいかもしれない。


「うーん。その時にならないとわからないだろうし、俊一に任せていいんじゃないか?」


 午後の準備があるならあるで、無理に合流する必要はない。

 それにもし自由時間があっても、今日はなるべく、サッカー部の関係者と交流した方がいいと俺は思う。

 今日の俺たちは勝手に見に来た観客で、どちらかといえば部外者なわけだし。


「つまり『行けたら行くたぶんムリ』ってことか」

 

 いや、それはなんか色々と違うような?


「……あたし、お昼食べたら帰っちゃうかも」

「ウチも」

「あ、じゃあオレもー」


 ひとり、またひとりと続いていき、最終的には集まった面子メンツの半数以上が帰る意思を表明した。


 ここまでの練習、特に俊一がやらされているものはちょっと地味だったし、帰りたくなるのも仕方ない。

 試合になったところで、ルールや戦略なんかがわからないと面白味も半減してしまうし、いっそこの場のまとまった人数で、別のどこかへ遊びに行った方がいいだろう。

 そもそもが昨日の『その場のノリ』で集まったからなぁ。

 勝手に来ておいて薄情はくじょうな奴らだな、なんて思わない。

 ああ、ちっとも思わないさ。

 

「ひとりになっても俺は残るぞー」


 俺の声は果たして、『この後どこで遊ぶか』で盛り上がる彼らの耳に届いているんだろうか?

 ……目が合ったので、友瀬さんには届いていたかもしれない。


 ◇

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