染矢くんは家に帰ってから手紙を読みました
◇
「本当に、今日は何だったんだ……」
重い身体を引きずりながら電車に乗り込み、最寄駅からは自転車を押して歩いて、なんとか生きて家までたどりついた。
「ただいまー……この時間じゃ、まだ帰ってきてないよな」
そそくさと自室に向かって、鞄をおろすことも、部屋着に着替えることもなく、呻き声を上げながらベッドに倒れ込む。
なんならいっそ、このまま寝てしまいたいくらいだ。
それ程に心が、精神が疲弊した一日だった。
「あー……せっかく書いてくれたし、友瀬さんの手紙は読まなきゃな……」
あんなことがあった後ではあるものの、流石に渡された手紙を読まないというのは、不義理にもほどがあるだろう。
内容の
背負ったままのボディバッグから可愛らしい
机の上に放置されたままの課題に気付かないフリをして、手紙の封を切る……前に、なんとなく写真を撮ってから、いよいよ開封。
中の
§
染矢くんへ。
改めて、わたしの代わりにお守りを受け取ってくれて、どうもありがとうございました。
そして、ごめんなさい。
染矢くんは謝らないでって言ってましたけど、どうしても謝罪したいので、手紙で謝らせてください。
あなたを疑ってしまってごめんなさい。
ろくに知りもしないまま、怪しい人だと思ってしまってごめんなさい。
いきなり、すごくプライベートな質問をしてごめんなさい。
それを無理に答えさせてごめんなさい。
お洋服を引っ張ってしまってごめんなさい。
こんな手紙を書いたのに、染矢くんへのお返事じゃなくてごめんなさい。
こんな酷いことばかりするような、てんで駄目なわたしですが。
ひとまずは、同じクラスのお友達として仲良くしてもらえたら嬉しいです。
友瀬なつきより。
§
「字、綺麗だな」
最初に出た感想がそれかよ、というツッコミは置いといて。
予想通り、手紙には『お友達として』と書いてある。
けど、『お返事じゃなくてごめんなさい』とも書いてある。
これは……どっちなんだ?
いや、たぶん振られたということでいいんだろう。
諸々の経緯はさておき。
一度実感してしまった『女子にまた振られた』という事実が、過去の失恋の記憶を伴って俺に襲い掛かってくる。
「いやいやいやいや、オッケーされたらされたで困ってたでしょうよ」
考えを振り払うように深呼吸をして、椅子の背もたれに深く身体を預けた。
そのまま何もない天井をぼーっと見て、見つめて、見続けて……スマホの通知音で現実に引き戻された頃には、帰宅してから三十分以上が経っていた。
なんだか、いま少しでも気を抜いたら、吐く息すべてが溜息になってしまいそうだ。
「……想像以上にダメージ受けてんなこれは。はぁ、外でなんか買ってくるか」
リビングに移動して電気を点けると、ダイニングテーブルの上には千円札が二枚と、書置きが一枚。
『今日も遅くなります、夕飯代とお小遣いにしてください。母』
金額はまちまちだけど、よくあることだ。
今日は二千円、いつもより多い。
節約して貯金するのも手だけど、きょうはちょっとぐらい贅沢して、沈んだ気分を持ち直したほうがよさそうだな。
「ちょっといいプリンでも買おうかなぁ」
独り言が増えるのも良くない傾向だ。
経験でわかる。
俺は気分転換も兼ねて、駅前のコンビニまで歩くことにした。
ゆっくり十分ほどかけて駅前に辿り着くと、小さい頃から見慣れた顔と目が合った。
「あれ、豊彦だ」
「まぁこうなるよな」
幼馴染というのは大抵の場合、近くに住んでいるから幼馴染になるわけで。
そして家が近くて学校が同じなら、当然最寄り駅も同じになるわけで。
こういう鉢合わせも少なくないわけで。
「結局、今日のあれは何だったの?」
「そのあたりは帰りながら話すから、いまは
「なんだ、今日もおばさんいないのか。じゃあウチくれば?」
「いや、悪いって――」
「もしもし母さん?今日豊彦来るけどいいよね?……うん、晩御飯も食べてくから、悪いけどよろしく。豊彦、今日うちカレーだってさ、ラッキーだったね」
「いや早すぎんだろ行動が……しょうがない、ひとりで贅沢は諦めるか。なんか手土産持ってかなきゃな」
「別にいらないと思うけど。あぁでも、もし買うならプリンとかいいんじゃない?」
「それはお前が食いたいだけだろ!つーかそこのチョイスも被るのかよ」
「何の話?」
「気にすんな、こっちの話だ」
俊一のご両親と妹さん、俺たちふたり分のプリンを駅前のスーパーで買ってから、俊一の家を目指して歩き出した。
道中、幼馴染との楽しい会話、もとい友瀬さんとのことを洗いざらい聞き出される尋問が始まった。
きのうの神社でのこと、今日の朝のこと、そして席を外した時のこと。
今朝はいいタイミングでアシストしてもらったし、友瀬さんの恋愛も邪魔したくないから、包み隠さずにすべてを話した。
「……匂いを褒めたってのはちょっとキモいんじゃない?」
「わかってるんだよー!そんなことはよー!」
「ごめんごめん。なんというか、いろいろ迷惑かけてるみたいで悪いね」
「はぁ……構わんさ、好きで勝手にやってることだ」
「その『好きで』ってのは僕のこと?それとも友瀬さんのこと?」
アホのケツに蹴りを一発。
「いたた……で、どうするのさ。謝るなら早めがいいでしょ」
「まぁ、そうだよな」
「今日のうちにメッセージを送って、次に会ったときに改めてちゃんと謝るとか?」
「そうするよ」
「よし。じゃあ、メッセージの内容はいま考えよう」
「いまかよ!?つーか友瀬さんの件に関しては俺の問題だぞ?」
「僕のためとか言って勝手にお参りしといてそれはないんじゃない?」
「ぐっ……」
「あと。母さんのカレーを楽しむなら、ごちゃごちゃ考えながらじゃない方がいい」
「まぁ、それはそうだな」
おばさん、俊一のお母さんの作るカレーは、なんというかこう、物凄く美味い。
店で出しても問題ない、どころか毎日のように売り切れてもおかしくないレベルで美味い。
同じ系統のカレーで、おばさんのより美味しいカレーに出会えたことがない。
なんで一般人の専業主婦が、あんなにこだわった絶品カレーを作ってるんだ……?
「あまり直接は触れず、簡潔に『変なこと言ってごめん』くらいでいいんじゃない?メッセージで謝るのはさ」
「あとは……謝罪の品もナシだな、流石にやりすぎな気がする」
「僕もそれでいいと思うよ」
ふたりで相談しつつ、メッセージの内容を考えながら歩いて、友瀬さんに送信する頃には俊一の家の前に到着していた。
「相変わらず外までいい匂いがするよな、お前んちのカレー」
「あまり食べ過ぎないでよ?残りは明日のお弁当になるはずだから」
「そんなにがっつかねぇよ!」
……正直、食べ過ぎないで済ませられる自信はない。
プリンで許してくれんか。
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