友瀬さんは姫乃さんを頼りました


 

 ◇


 

 染矢くんの足音が聞こえなくなってから、わたしはへなへなとその場で崩れ落ちた。


「はぁ~…………」


 どうして。

 どうしてまた、こんなことに。

 ただお守りを受け取って、手紙を渡して、染矢くんとすこしお話をする。

 たったそれだけのはずだったのに。


 まとまらない思考にうなされるわたしの背後で、小さな物音がした。


「あっ……もう出てきてもいいよ、由佳ちゃん」

 

 わたしがそう言うと、ガタガタと音を立てながら掃除用具入れの扉が開いて、中から由佳ちゃんが這い出てきた。

 ひとつ大きく伸びをしながら深呼吸したあと、サラサラの長い髪を手櫛で整えて耳にかける。

 ……耳が赤いのはきっと、狭い空間に長時間隠れていたせいだ。

 瞳がキラキラ輝いて見えるのは、由佳ちゃんが世界一可愛いせいだ。

 うん、きっとそうに違いない。

 お願いだからそうであって。


すごいものを見ちゃった。それも……ふたくみ連続で!」

「言わないで!」


 あぁ恥ずかしい!

 いくら親友とはいえ、さっきのを見られるのはあまりにも、その……もう!


「ふふっ。なつきちゃんに『相談がある』なんて言われた時は、いったい何事かと思ったけど。まさか、こんなことになるなんてね?」

「うぅ……」

「よしよし」


 由佳ちゃんは優しい笑みを浮かべながら、わたしの頭をゆっくり撫でた。


 人生で初めての告白をされたわたしは、なにをどうしたらいいか、なにひとつわからなかった。

 でも、そんなことを相談できる相手、由佳ちゃんひとりしかいない。

 だから昨日の夜、わたしは由佳ちゃんと通話した。

 

 彼女に相談するということは、神社で起きたこと全てを、洗いざらい話すことになる。

 その事実を、すっかり失念したまま。


 ◆


『それで、染矢くんに告白されちゃったの!?』

「うん……」

『それはまた、なんというか……』

「由佳ちゃん、わたし、どうすればいいと思う?」


 スマホの画面に映る由佳ちゃんは、あごに手を当てて、わたしに何を言うべきか考え込んでいる。

 ふわふわの部屋着が似合っていて可愛いけど、今はそれどころじゃない。


『なつきちゃん、私がいままで誰ともお付き合いをしていない理由わけ、覚えてる?』

「よく知り合う前に告白されたから……」

『そう。顔見知りどころか、話した記憶がないような人から告白されたこともあるんだよ?ありえないと思わない?』

「うん、そうだね……」


 由佳ちゃんがこれまで誰とも付き合ったことがないのは、彼女が恋愛に対して、ある種の強いこだわりを持っていたからだ。

 つまりこれまでなら、数多あまたの厳しい条件をクリアすることができれば、由佳ちゃんと付き合える可能性はゼロではなかったのだ。

 いまはと出会ってしまったので、彼以外とは付き合わないと思うけど。


 とはいえ、誰だって普通、よく知らない人にいきなり告白されたら怖いものだと思う。

 そんなことされたら、わたしだって怖い。

 でも。


『よく知らない状態で、染矢くんに告白ね……』

「そうだね……」


 今回はたぶん、いや、完全にわたしが悪い。


『もう、そんな思いつめた顔しないで。起きたことは仕方がないんだから』

「うん……」

『これはかなり重症だなぁ』


 由佳ちゃんはやれやれ、といった様子で溜息を吐いてから続けた。


『なつきちゃん、私のためにお参り行ってくれたんでしょ?なら私も、出来る限りなつきちゃんに協力するから、いっしょに頑張ろう!』


 ◆


 さっきまでの優しい微笑ほほえみから一転、いまの由佳ちゃんは露骨にニヤニヤしている。


「昨日の壁ドンとさっきの、どっちがドキドキした?」

「もう!……はいこれ、お守り!」


 なか自棄やけになりながら、染矢くんから受け取ったお守りを由佳ちゃんに差し出した。


「なんだか私より、なつきちゃんがお守りを持ってたほうがいい気もするけど」

「要らないから!気になってる人なんていないし!」

「へぇ、そう?」

 

 その顔は何かな、由佳ちゃん?


「ん゙んっ。……まぁ、それにしても。『会話を引き出してほしい』とは言ったけど、かなり強引に押し切ったね、なつきちゃん?」


 由佳ちゃんはお守りを受け取りながら、わざとらしく咳払いをして話題を戻した。


「仕方ないでしょ、あんな状況で……どう会話を続ければいいか、わからなかったんだもん」

「うん、自分で言っておいてなんだけど、あれは仕方ないかも」


 わたしと由佳ちゃんは今後の方針として、染矢くんがどんな人間なのかをひとまず確かめることに決めた。

 彼女はそのために『染矢くんとわたしが一対一で会話しているところを直接見たい』と言い出したのだ。

 ……なにもわざわざ、掃除用具入れに隠れる必要はないんじゃないかとは思ったんだけど、楽しいからの一点張りで押し切られてしまった。

 まぁ、世界一可愛い親友が楽しそうなのでいいかな、いやよくはないんだけど。


「……それで、どう思った?」

「どう、って言われてもね。あんなこともあったし、お互いに正常な判断ができる状態じゃなかったわけでしょう?」

「それは、そうだけど」

「うーん……やっぱり、そんなに悪い人には見えないね。少なくとも、見た目ほどやんちゃな部分ばっかりの人ではなさそう。意中の人と一対一で会話したにしては、やけに落ち着いてた気もするけど……ひょっとしたら自分が振られると思っているからかもね。だって、神社では『あなたの恋を応援するから』って言われたんでしょ?すっごい健気けなげだよね」

「う、うん、そうだね……」

「それから、うん。まさか、さっきのあの流れで、匂いを褒めるとは思わなかった」

「あわわわ……」


 連続でフラッシュバックする、恥ずかしい記憶の数々。

 

 由佳ちゃんは混乱するわたしの両頬をぺちぺちと叩いて、現実に引き戻そうとする。

 

「ちょっと、なつきちゃん頑張って!これを乗り越えないと話が進まないよ!」

「ご、ごめん由佳ちゃん」

「まぁあれに関しては、染矢くんも混乱してただろうし、仕方がない部分もあると思うんだけど。まさか、私がなつきちゃんにあげた香水を褒めるとはね」

「わたしも、びっくりしちゃった」


 染矢くんに褒められた匂いの正体。

 それは去年の誕生日、由佳ちゃんがわたしにくれたフレグランスだった。

 匂いが優しくて気軽に普段使いができるから、どこかへお出かけするときにはほとんど欠かさずつけている。

 

「……なつきちゃんをイメージしてあれを選んだ、私のセンスが良かったということで!」

「うーん、それでいいのかなぁ」

「たぶんあれ、あまり考えすぎないほうがいいよ?」

「そっかぁ……」


 そういうことらしいので、そういうことにしておこう。

 

「あとはなんだろう、うーん……ねぇ、なつきちゃん。染矢くんの女性遍歴とか、はさすがに知らないよね?」

「……あっ」


 わたしは思い出した。

 クラス会が始まる前、染矢くんに迷惑をかけてしまったことを。

 彼が、恐らくはわたしをかばうために、過去の恋愛事情を盛大に暴露していた、もとい暴露させられていたことを。

 そして、その場に由佳ちゃんが居なかったことを。


「なつきちゃん、その反応は何かな?まだ私に何か、話していないことがあるんじゃないの?」

「ひえぇ……」

 

 由佳ちゃんによる尋問は、当直の先生が見回りにやってくるまで終わらなかった。



 ◇

 

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