第6話 予想外と魍魎

 砂嵐がぐっと細り内部の空間も狭まる。逃がさない、動き回るのが得意なのはこっちも同じ。

 力強く地を蹴った。一足で魍魎の本体に迫る。相手が飛び退いた先もまだ、棍の攻撃範囲内だ。


「たあ!」


 棍を真っ直ぐに振り下ろす。叩き落とされた本体が底に伏し、動かなくなった。黒煙も霧散する。


「魍魎をそのままにはしておけないんだよ」


 ──浄化きよめ還元かえりてかがやき請願たまえ……


「魍魎転じて精霊しょうりょうとなれ」


 本体を捉えた霊符は速やかに効力を発揮した。清冽な光が黒を打ち祓い、その魂を巡らせる。


「万物流転」


 次に目覚める時は、異なる者としてこの世に確立されることだろう。善くも悪くも同じままではいられない。全ての事物が変わり続けて行く、それが必定。


 白く輝く球体がふわりと浮かぶ。あの魍魎の魂が無事に次へと進んだ証だ。


 ……いや、それだと恩着せがましいから駄目だな。僕らが無理矢理次に追いやった、そう言わないと卑怯になる。


「うん? なんだろ、これ」


 落ちていた物を拾うと、花の形に編まれた糸の細工物だと分かる。あの魍魎の持ち物だろうけど、どこで手に入れたのか。


 最早知る術もない。捨て置くのも偲びなくて懐に入れた。後でお焚き上げでもすれば良いか。


「キ……キキッ!」


「え?」


 にわかに警戒を促された。意思に反して身体が走り出す。大成が中から動かしているせいだ。それだけの事態なんだろう。


 砂嵐が消え辺りを見渡すと、先程のよりも大きい人型の魍魎が村人達を襲っていた。皆昏倒している、頭を掴み上げられた青年も無抵抗だ。意識がない。


「もう一体いた……!?」


 不味い、あれはもっとずっと強い奴だ。あんなのがいたにしてはこれまでの被害が少な……


「キッ!」


 叱られて我に返る。数秒であれ棒立ちになるなど許されない、これは仕事だ。


「手を、離せ!」


 棍を構えて打ち込んだ。随分な手応えがある。

 乱入に驚いたか、鷲掴みにしていた意識のない村人を離し、こちらに腕を振るう魍魎。

 棍を回しその腕を縦に突き上げた。手元でくるりと翻すや、空いた胴に全力で叩き込む。


「せい!」


 魍魎は横倒しになりかけたが、黒煙を操り宙で止まると、逆にこちらの足を薙ぎ払った。咄嗟に飛び退くも爪が掠めて肉を裂く。


 相手がと言うより、僕らの動きが悪い。恐らく毒気の影響を受けている。まさか連戦になると思ってなかったし、動けばその分毒が回る。


「どうしよう……」


「キイ」


「あ、そっか!」


 大成が首を動かし、その存在を思い出させた。しかし敵は待ってくれない、人型の魍魎が天に吠える。

 呼応した黒煙が凝縮し、細い錐となって無数に降り注ぐ。


「うっわそれは駄目だろ!」


 昏倒している村人達に回避行動は取れない。慌てて保険に用意している霊符を引き抜いた。


 ──わざわいことごとくこばこで守護まもり請願たまえ


 土が箱のように雨除けとなって錐を防ぐ。硬度には自信があるけど、いつまでも保つ訳じゃない。貫通されたら終わりだ。


「急げ急げ!」


 障壁の下で癒々から買った毒消しを口に入れた。少しでも効けば良いなと思うけど、全然効かなかったらそれはもう仕様がない。天命だね。


「薬は効くと思えば効く! 先生も言ってた!」


「キッ」


「よーしやるぞ大成!」


 勢いと空元気で霊符を構える。錐の雨はまだ止まない。

 人型の魍魎は、地面に突き立つ外した錐を黒煙に戻し、自身に回収している様子。普通に合理的で嫌な予感しかしない。


 ──ぶきをまっしぐらにのばし請願たまえ


 間合いを無視して瞬時に伸長した棍が激突する。

 標本の蝶みたいに木の幹へ縫い留められた魍魎。流石にこれは予想外だったろう。


「あ……れ?」


 黒い胴にパッと赤い色が広がる。まるで血液みたい、に……


「嘘だろ!? あいつ人間を取り込んでるのかよ!」


 村人の数は変わってない、第三者だ。このままあいつを攻撃すれば、中の誰かを道連れにしてしまう。


「ふっざけんなよ!」


 箚士が精霊を宿すのは力を借り受ける為だが、魍魎が人間を取り込むのは姿形を奪う為だ。

 多くの人間を取り込み、成りすまして各地を渡り歩かれたら、まずどうにもならない。


「まだ間に合う」


 魍魎は人型なだけで人間らしさはない。大きい分、頭を狙えば内部の人に損傷はない筈。今の内に助け出せば良いだけだ。


「──っ!」


 伸ばした棍を縮めて詰め寄る。ギュンと引っ張られる感覚に肩が抜けそう。気合いで痛みを意識の外にぶん投げる。


「でりゃあ!」


 渾身の頭突きが決まった。衝撃に歯を食い縛る。対応する暇をやりたくない、棍を手放し黒い頭を両手で掴む。体重をかけて膝を叩き込んだ。


 血肉とは違う身体はぐにゃりと歪み、形を失くす。が、足首を掴まれこちらも地面に投げ出された。転げて砂を噛む。


 最初は溢れていた霊力の揺らめきも、気付けば随分減っていた。術を使えるのは精々残り一度か。すっかり息が上がってる。


「なんだ……?」


 腰の霊符に手を伸ばすと、妙な気配を感じた。

 気配、波動? どう言えば正しいのか。それは血を流す傷口から漏れ出ている。当の魍魎すら、奇妙なものを見るような格好で。


「は……!?」


 治って行く。術に似た光を灯し、患部が癒えて……完全に消えた。再生、そんな馬鹿な。

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