精霊の声を聞け
第5話 箚士の務め
「煙? 火事かな?」
辺りには村人がへたり込んでいる。家へ押しかけた最中に魍魎に襲われたのなら御愁傷様。だけどそれはそれで妙に感じる。
なんだろうな、癒々が狙われないのがおかしいと言うより、狙われてるのはあっちなのに当事者が自覚せず責任転嫁してるような……
考えがまとまる前に、焼け落ちる材木の向こうに違和感を覚えた。炎が吐き出す煙とは異なる滞留、不自然に蠢く黒煙が見えた。
「魍魎か!」
てっきり火事はそいつの仕業かと思いきや、犯人は別人だった──正確には村人を加護する精霊が、魍魎を倒さねばと暴れているんだ。
鼠の姿、火から生まれた精霊なんだろう。加減も何もなく辺りを燃やしている。そこに風の精霊らしき猫が加わり、火勢を煽ってるんだ。
黒煙は家の中を右往左往した後、するりと火の手を逃れた。その姿はそう、家を守ろうとしたようにも映る。
「あははは……もっと、やってしまって。全て灰に、燃やして下さいまし……!」
「何言ってるんだ、大概にしろよ!」
思わず怒鳴り付けていた。こっちに気付いた村人達は、精彩を欠いた動きで首を巡らせる。
「はあ? あいつを追い出すには、家なんかあっちゃ駄目だろ」
どこか覇気のない、苦しみを堪えた声音で言うのは依頼人の青年だ。腕を怪我している。一晩で何かが起きたのか。
もしや彼らの元に魍魎が現れたから、癒々にあらぬ疑いがかかったと。根拠の程は知れないが。
「精霊様は私達の願いを、叶えて下さってるのよ」
「癒々に魍魎を従わせる力なんてない。そう見えたなら、ただの偶然だよ」
「現場で何も見てないお子様には……分からないんだわぁ……あれは異物なのよ。おかしな色して、精霊様にも見放された鬼の子……!」
憎悪を燃やし女性が言う。しかし彼女の精霊は力尽き、ポッと火の粉になった。顕現する余力もないとは。あれじゃしばらく何も出来ないだろう。
それにも構わず彼女は喉を震わせて唸る。頼りにしている割には精霊を一切顧みない。根本的に人間でないものを……いや自分以外を気に留めない人なのか。
「魍魎が人間を選り好みするなんておかしいわよ。男を誑かすばかりか、魍魎まで意のままにする……あれは人間じゃない。あの子がいなければあの人だってまともなままだった。あんなのに手を出すような真似、正気でする筈ないわ!」
「……取り憑かれてるのはあんたらの方だよ。被害妄想」
この人達の蒙を啓いた所で手遅れだ。癒々はきっと誰も許せないし、あの魍魎も彼らを許さないだろう。現に今、黒煙はぶわりと膨れ辺りを包もうとしている。
魍魎は人間を
「やるぞ
「キイ!」
小さな猿が頭の天辺まで駆け上がり、黄金に目映く光る。
精霊を宿し溢れた霊力が可視化され、揺らめいた。人の身では持て余す力に使い道を定める。それが箚士の義務で、本領だから。
申の字を冠した霊符を抜いて翳し、黒煙へ放つ。
──
真っ先に発動したのはよく使う記述。この場の最適解ではないにしろ、それを書き付けるにも時間が必要だ。
地面から砂嵐が立ち、黒煙を覆って阻む。円周は徐々に狭まり、渦巻く
しかしいずれまた寄り集まるに違いない。魍魎の本体を暴かないと、肝心の浄化が出来ない。
「……突っ込んで捕まえればいっか!」
指先を霊符に押し当て書き記す。
──
霊力を込めて自分自身に発動。同時に地を蹴り、嵐と黒煙の渦中へと飛び込んだ。
光差さぬ中を漂う。相手の縄張りであれ、先にかけた術の効果で弾き出されることはない。
それでも長居するのは無理だ。この魍魎はそんなに強くもないけど、周囲を毒するようだから。
「魍魎と化す前は、薬草か何かの精霊だったんだろうね」
そう声をかければ、渦の底で本体が
「癒々を攻撃しない君の事情を知りたいけど、難しいかな。人間を害するのをやめてくれる?」
返答は興奮した鳴き声。明確な攻撃意思がある以上、実力行使せざるを得ない。
「仕方ない」
──
霊符が瞬き緋色の棍棒に変化する。軽く取り回し、構えた。この方が連続で術を使うより消耗が低い。外で毒気が広がる前に終わらせないと。
本体へ向けて棍を叩き付けた。手応えは……軽くて逆に分かり難い。ああ、相手も咄嗟に跳んで多少なりとも衝撃を緩和してるな。反応が良い。
本体はあちこちへ跳ねて的を絞らせない。下手に強い奴よりも、臆病ですぐに退ける相手の方が余程手強いこともある。
「……けど、その逃げ場がなくなれば!」
掌を握る。外側で煙を抑え込んでいる砂嵐を、ギュッと絞り込んだ。空間が手狭になる以上、毒気も増すし回りが早まる筈。
逃げ場は奪えるけど相手にも分がある。一方的に有利は取れない──
相手に時間をやらない、終わらせる!
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