第7話 想定外と箚士

 魍魎に取り込まれた内部の人間が負った損傷。それが勝手に癒えた事実に目をみはる。しかし直後、驚愕以上の異変が起きた。


 ガタガタと魍魎が戦慄き苦しみ出す。腹を抱えのたうち回りながら、しゅうしゅうと黒煙が吐き出され……


 魍魎の身の内から、強烈な光が発せられた。


「!?」


 視界を焼く眩しさに目を庇う。白光が黒をつんざき、塵も残さず滅して行った。まるで中から浄化されたみたいに。


「何が起きてるんだ……」


 光が消えた後そこに倒れていたのは、先に逃げた筈の癒々ゆゆだった。他には何も見当たらない。

 ぐったりと投げ出された四肢に力はなく、とても大それたことをしたようには見えない。


 僕も気付かぬ内は結構な勢いで攻撃を叩き込んだ。気絶させたのは僕かも。魍魎に取り込まれたなら生気を奪われている筈だし……


「ゆ、癒々?」


 血の気のない顔色、休ませようにも家屋は燃え尽きてしまった。どうすべきか迷った末、茂みに隠して横たえる。

 もうこの村に癒々の居場所はない。置き去りにするよりも、連れて行く方がましに思えた。


 それから人を呼びに村へ戻る。青年達を運ぶべく村人達が担架を並べている内に、顛末を数人に話して判断を任せた。


「あいつらまさかここまでやるとは」


「気でも触れちまったのか」


「村の問題は村で片付けてよ。箚士とうしがすべき仕事は終わってる。まあ、この先どんな難癖付けて来るか知れないけどね、あの人達なら」


「……」


 ちらと視線をやり、村人達も黙り込む。他人の家に押し入って火を放つ行為を、精霊のしたことと村が黙認するのならば仕方ない。


 癒々が去った後、次は自分達にその蛮行が向きかねないと想像出来れば、役人を呼ぶなり相応の処分を与えるだろう。もうどうでもいいけど。


 怪我人を運んで村人達が一旦去ってから、癒々を背負って村を離れた。大成との同化が解けない内に、とりあえず隣の町を目指そう。


「そういえば、薬ちゃんと効いたなぁ」


 特に息苦しくもないし、末端が痺れる感覚もない。


「癒々って実は凄い薬師なの?」


 特に一番大事なのは、苦味を感じないこと。薬はこれが一番とっても大事。間違いない。癒々の薬は効果があって苦味は薄い、水なしでめた。


「天才を見付けてしまったかもしれない……!」


「カッ」


 大成たいせいに鼻で笑われた。



***


 夜更け頃、宿の寝台で癒々が瞼を開けた。まだぼんやりした目が気怠そうに目瞬まばたく。


「癒々、起きた」


「……ぎん?」


 にっこり笑って返す。癒々はまだ疲れてる、休ませないと。心も身体も、実はそんなに無理が利くもんじゃない。


「寝て良いよ。なんか食べる?」


「……眠たい……」


「じゃあおやすみ」


 うん、と幼い響きで返し癒々はまた微睡む。思考が回らない様子だった。僕がいることにも、自分の状況についても訊ねないなんて相当だ。


 僕もたくさん霊力を使って疲れてる。癒々が食べるかもと取って置いたお粥を平らげ、面倒事は明日の自分にぶん投げよう。寝る!



***


「ふわあぁ」


 夜明け辺りで目が覚めた。早い人はもう働いてるし、宿の人も仕込みに取りかかってるんじゃないかな。


 寝間着を脱いで着替えたら外を走る。朝の稽古をさぼると先生に叱られるから仕方ない。大成は顕現してないけど傍にいる。肩は揺れるからね。


 雲が薄化粧してる空はまだ暗い。夜が明け切る前の群青は好きだな、明るくなると薔薇みたいに紅が差して紫が強くなる。日の出と共に薄金色が混じってくのも綺麗だ。


 畑で作業してる人に挨拶して、身体が覚えている距離を走り終える。宿に戻るとすっかり青空になっていた。


「到着ーっ」


 最後に膝や腕を曲げ伸ばしして、腰や首と付く部位を捻ったり回したり。これは絶対やれって。なんでかは分からない、やる方が強くなるって先生は言ってたな。本当かな。


 部屋に戻ると癒々が丁度目を覚ました。寝台でキョロキョロしている。事態を把握出来てないんだ、当然の反応だね。


「癒々、起きた?」


「ぎ、圜? ここどこ? 私どうしてしまったの……?」


「やっぱり寝惚けて記憶が曖昧だったかー。実はね……」


 経緯を話せば癒々はストンと表情を失くし、ああと嘆息を溢した。魍魎に取り込まれた瞬間までは記憶があったらしい。


「襲われて、もう死んだのかと思ったけど……」


「中にいる間のことは覚えてない?」


「全く」


 うーん、なら傷のことは謎のままか。まあ無事で良かったとしよう。癒々に気付かず浄化していたら、僕は人殺しに加担したことになる。


 換気しようと窓に手を伸ばし、朝日を遮っていた鎧戸を開ける。風が吹き込むと同時に、部屋が一気に明るくなった。


「圜が助けてくれたのよね、ありがとう」


「僕は箚士だから」


「仕事に誇りを持っているのね、圜は凄いわ」


 そう仄かに笑みを浮かべた癒々の双眸に光が差す。星が去り行く空、曙光に似た輝かしさが浮かんで見えた。薄茶色の髪は稲穂みたいな黄金に透ける。


 神々しいような瞳。見入っている間に癒々は眩しそうに目瞬きして、もう見えなくなった。

 人には教えちゃいけない、神秘的な何かを覗き見たのでは──御伽噺の一幕を体感した気分だ。


「私も支度するわね」


「お水飲む? 持って来るから!」


 凄く綺麗な色だったな。早起きするとお得って、本当なんだね先生。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る