セレンディピティ

雨冠雫

第1話 はじまりの象徴

 小鳥のさえずりで朝が来たことを知る。

 うつろな目で目覚ましに手を伸ばし時刻を確認すると、起床時間の5分前を刻んでいた。

 今日は高校の入学式。期待と不安に胸を膨らませながら、始まりの日は少し憂鬱で、だが少し期待も感じてしまう。

 キッチンでは母親が用意した焼きたてトーストと半熟の目玉焼きが配膳されており、ちょうどいい感じに空腹が襲ってきたので口へ運ぶ。そして眠気を覚ますためブラックコーヒーを喉へ流し込む。

 テレビではアナウンサーが今日の天気は全国的に晴れと予想しており、朝食を食べ終えると母親に行ってきますと声を掛け、玄関から足を一歩踏み出す。


 受験当日。俺はとある女の子に一目惚れをした。

 隣の席にいた、肩まで伸びたサラサラの茶髪に、小柄で小動物みたいな女の子。

 他人にあまり興味がない俺だが、そんな俺でもあの子は魅力的な雰囲気をまとっていた。

 合格しているといいな。なんて思いながら俺は学校へ向かう。


 学校へ向かう途中、小学生の男の子が勢いよく俺の横を横切り、少し前で足のバランスを崩し転んでしまった。

 転んだ当初は、自分が転んだことに気づかなかったのか平然としていたが、やがて痛みが襲ってきたのか大声で泣き出した。

「おい、大丈夫か」

 俺はそんな少年を放っておけずに声を掛ける。

「いたいー。いたいよー」

「ほら、膝を見せてみろ」

「うん……」

 少年の膝を見ると、擦りむけて少量の血が滴り落ちていた。

 その箇所に、俺は鞄から絆創膏を出しペタッと貼り付ける。

「これで痛みは時期に収まる。立てるか?」

「うん。ありがとうお兄ちゃん」

 さっきまで泣いていたのが嘘のように笑顔でそう言いながら、少年は前を向いて歩き出す。

 俺も遅刻しないように、少し速歩きで学校へ歩き出す。


 学校へ着くと、構内の中庭でクラス発表が行われていた。掲示板にある俺の名前を探し出す。

神崎かんざき真輝まさき……神崎かんざき真輝まさき

 か行なので早めにみつけることができた。

 俺のクラスは1年1組。どんなクラスメイトがいるのか、受験の日のあの子がいるのかと考えながら、クラスへと足を運ぶ。

 ガラッとドアを開け一番最初に目に焼き付いたのが、俺の気になるあの女の子。

 無意識に目が、彼女を追いかけていた。

 俺は内心安堵し、彼女と同じクラスを確認できたことで、体温が少し高くなるのを感じる。

 黒板に書かれている席順を確認し、自分の席に着席する。

 彼女は、奇跡的に俺の隣の席に座っていた。

 名前は、たちばな優理ゆうりという名前らしい。

 どうでもいいことは忘れがちな俺だが、彼女の名前は一瞬で脳内にインプットされた。

 どうやってこれから仲良くなろうか考えていたところに、女子にしては少し低めの声で

真輝まさき同じクラスじゃん」

 俺の小学生からの幼馴染、金城きんじょう麗華れいかが後ろから突然現れた。

「お前もこのクラスか。よろしくな」

「うん、初日から寝ないようにね」

「さすがに寝ないよ。初日は」

「初日は……次の日から絶対に寝るじゃん」

「しょうがない。俺は夜まで忙しいからな」

アニメを見るので……。というのは控えておく。

「あれ、お二人さん仲いいね。もしかして付き合ってたりする?」

 前の席の細身で高身長の陽気な男子が、ニヤニヤしながら俺達を指指した。

「付き合ってない」

「付き合ってない」

「ハモるなんて、打ち合わせしたみたいに仲がいいね、もう結婚しちゃいなよ」

「なんでこいつなんかと」

「なんでこんなやつと」

「はいはい。仲いいのはわかったから」

 入学早々ツッコミが追いつかない。俺は漫才師ではないのでそろそろ平穏な日常を取り戻したいところだ。

「俺、小川おがわ陽斗はると。これからは陽斗はるとでよろしくな」

「あぁ……俺は神崎かんざき真輝まさきだ。神崎かんざきでいいよ」

「ATフィールド感じるなあ。まあ、よろしく」

 なんだこいつ、もしかしてアニメ見てる系なのか。だが全くアニメを見るような印象は受けない。

「ああ、よろしく」

 こうして、初日にちょっと色々あったわけだが、俺の高校生活はどうやらぼっちにはならなくて済んだらしい。

 今日朝の憂鬱な気分は取越苦労だったようで安堵した。

 これから俺は、どんな人物と出会い、どんな人生を歩み、どんな景色が見えてくるのか。

 それは今の俺にはわからない。わかるのは未来の俺しかいない。

 ただ、それならは、より良く行きたいと思うのが人間の本能であって。

 ただ漫然と過ごすだけでなく、受験に向けた勉学、それに向けた体力作りもしていきたいところだ。

 これから起こる未来、俺の選択肢が広がり、俺の望む未来を掴み取るために。

 そして、俺が探している、未だどこあるかもわからない「宝」を、俺は見つけ出さなければいけない。

 その「宝」は、それぞれの主観で変わってくる。

 その人が経験してきた環境、人間関係、運、そんな偶然や必然が重なり合って、自分の価値観が生まれる。

 それを見つけ出すためには、まず探すという意識を持たなければならない。

 俺は、いつか来るときのために、周到に準備をするという決意をしながら、この学校生活を過ごしていく未来を想像するのであった。




 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セレンディピティ 雨冠雫 @crownsizuku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る