第30話
あの日、「ナイショ」と発したあの唇を忘れられない。紅くて、妙に色気のある表情で言われた、その言葉を。
そうして高校三年生になっても、予想通り俺らの関係は変わらなかった。
それどころか、夏莉にライバル意識を持った春希のせいで、2人はほとんど会話をしなくなった。その影響で夏莉は同じような大学を目指す奴らのグループに入っていき、俺らは一時的に3人になった。2人が日常に戻って4人に戻ったのは、一足先に受験を終わらせてきてからだった。スッキリした表情の二人を見て、秋也と俺は、そんなふたりを羨ましいと―――見たくないと思った。何も決められていない自分に不甲斐なさを感じていた。夏莉が時々心配してくれるが、それすら情けなくてストレスになっていた。俺は、人間に成れていたようで、なれていなかった。この楽しい生活より先のことなんて、何一つ考えられなかった。
そうして結局、なんとなくで専門学校を決めた。
何もやりたくないわけじゃない、ただ、やりたいことを見つけられなかった。夏莉みたいになにかに真っ直ぐな人間じゃないから…。
そんな理由で入った専門学校は、合わなかった。好きでやりたい人たちの中に、なんとなくで入った俺が馴染めるわけがなかった……無口な俺に友達なんてできるわけがなかった。最上の高校時代を過ごした後にくる孤独な生活に、耐えられそうになかった。
でも月1でも、みんなに会えれば……なんとか、生きていけるんだって。
夏莉のあの笑顔を見られれば、それだけだって……。
「ごめん、無理」
最初に来なくなったのは夏莉だった……いや、その後も一度も来なかった。
夏莉がどんな生活してるか知らなかったが、俺らの代わりなんていくらでも居たんだと心底理解した。あの冬の朝のプリキュアのダンスも、俺は覚えている。きっと夏莉は覚えてない。
俺の人生の主役は俺、次に出番が多いのは夏莉だった。でも、夏莉の人生においては、俺なんて通行人にすらなれていなかったんだと思った。そうすれば段々、春希や秋也とも連絡を取りたくなくなっていった。専門もどんどん行く気がなくなって、何もかも手放した―――死のうとしていた。
無価値な自分に終止符を打ちたかった。
夏莉から何百回も来る通知も、もう手放したかった。写真を見ると好きな気持ちを思い出すから、消した。夏莉のことを思い出さないようにした。俺らのことをなんとも思っていない、友情の乗り換えをする人間だと言い聞かせた。言い聞かせたのに……夏莉は俺の事を諦めてなかった。
「――夏莉は最初からずっと、俺を…4人を諦めないでいてくれた。でも俺は、夏莉を諦めてた。告白もしないで横にいて、それでいいって、5年も諦めてたんだ。本当は今だって、俺は夏莉の事が好きなんだよ」
ずっと話していたからか、唇が乾ききっていた。お茶を流し込みながら、机の上のポテチを見た。全然減ってない。
「ふゆちゃん、私はね、覚えてるよ。あの朝のこと。プリキュアのダンス、これでしょ」
そういうと夏莉はおもむろに立ち上がって、狭いスペースで踊り出した。春希と秋也はまたやってる、なんて言って笑う。
「……ね。ふゆちゃんとは種類が違うけど、私もふゆちゅんを想う気持ちは持ってるから。」
「覚えてないでしょって…決めつけてごめん」
「ううん。実際、覚えてないことも山ほどあると思う。入学して三日目の事もそんなに覚えてないんだ。でも、ふゆちゃんが覚えているなら、何度でも思い出して共有できるでしょ?
「うん、そうだね」
「忘れないでね、ずっと」
「ずっと……か。忘れない限り、夏莉への気持ちなくならないよ。」
「じゃあ、ずっと好きでいてよ」
背中が冷えていく感覚がした。
どうしてそんなことを、なんて言おうとして、息を飲む。春希は口を開けたり閉めたりした後に、俺と同じように息を飲んだ。
無自覚のナイフだ。
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