第27話

やがて、俺たちは春夏秋冬だなんていじられるほどに仲良くなった。

休み時間も、教室移動も、昼休みも、放課後もずっと一緒だった。時には秋也が家族の都合で、夏莉は先約でいない時もあったけど、そんなこと気にならないほど毎日が楽しかった。

夏莉は覚えていないと思うが、俺は夏莉にしてもらったことを一つ一つ鮮明に覚えている。あのハイタッチから、俺の人生は変わった。笑顔が増えた。暑い日に飲み物を買って渡してくれるのも、アイスを奢ってくれる優しさも、一つ一つ覚えているんだ。

夏莉の優しさは俺だけのものじゃない、春希や秋也にも向けられている平等なものだ。

でも、俺に向けられた一瞬を甘受したい。

あの笑顔を、優しさを、声を、手の感触を。

ああ、人を好きになるってこういうことか。人間嫌いの俺が、人間じゃなかった俺が、どんどん人間らしく変わってくのがわかる。

ただその笑顔を隣で見ていたいだけなんだ、ただそれだけなんだ。


「真冬……最近、楽しそうだね」

母はそう笑った。

「お前なんかあった〜?明るくなったよな?」

幼なじみは嬉しそうだった。

「ふゆ、最近なんか嬉しそうで見てて楽しいからさ、これあげるよ」

兄も喜んでいた。

3人のおかげで―――夏莉のおかげで、俺はみるみる元気になっていった。


放課後食べるラーメンは、普段食べるものより格別に美味い。夕立の中、何故かコンビニ買ってお湯を注いだカップ麺を、これまたコンビニで買った傘をさしながら、湿りきった公園で食べた。それすらも、人生で最も美味かったカップ麺になった。

楽しかった……その言葉しか出てこないほど、毎日が楽しかった。廊下も、道も、公園も、駅も、退屈な教室も、3人がいれば輝いて見えたんだ。

このきもちが変わったのは、俺達の生活が一変してしまう、2020年4月より少し前の事だった。


「あーーーー」

珍しく頭を掻きながら教室に入ってきた夏莉は、どんと俺らの前の席にカバンを置いた。


「おはよう夏莉……顔すごいな」

「どうしたの?」

「いやー……マジで彼氏がさぁ、クッソキレてきて、3時間しか寝かせてもらえなかった」


息が止まるような感覚がした。

トイレ、なんて行って離席しようと思ったら、春希に強く腕を掴まれていた。


「え?夏莉彼氏できたの?」

「あ、うん。こないだ。」

「俺らの知ってる人?」

「いやいや他校、告られたからなんとなく付き合ってみた」

「なんじゃそりゃ……」


耳を塞ぎたくなった。俺は今どんな顔をして彼女の話を聞いているのだろうか。

好きって感情は、こういう苦しみも生むのか。そもそも夏莉は学年一のマドンナなんて言われている程、顔は整っていた。こういう日が来るのも、時間の問題だった。

かと言って、告白する気はなかった。


「ま、寝る前に もう相手しきれないわ〜って言って別れてきたけど」

「何ヶ月付き合ったん」

「1週間!ホント情けないよね〜」

「短すぎだろ……」

「なんか不安になってヤキモチ妬いちゃうみたい。めんどくっさ、キレてくんなしってかんじ。あと電話ながすぎ」

「愚痴止まんないじゃん」

「はは……ごめんごめん」


別れた、と聞いて安心した自分が憎くなった。告白もしない、一緒にいられるだけでいい、それなのに―――それなのに、こんな醜い感情が生まれた自分が憎い。

これが人間らしくなる、人を好きになるってことなんだと、それは幸せなことばかりじゃないんだとわかった。


「ね、ふゆちゃん、痛いの?」

「ん?」

「ほら……さすってるから」


無意識にお腹のあたりをさすっていた。

ふわっとした暗い感情はいつもここから湧いて、俺を絶望させる。

その源は夏莉。でも夏莉は何も悪くない。

それどころか、今も俺にその目を向けて、心配してくれている。


「んー……痛い…かも。」

「保健室行く?」

「……行った方がいい?」


わざとそんな質問をすれば……


「じゃあ連れてくから、行こ!」


夏莉が手を取ってくれるのも、わかっていた。

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