第26話

5月に入って、BBQ大会があった。

親睦を深めるために……とか言われたけど、正直休もうかと思った。クラスメイトとは仲良くないし、春希と肉を食うだけなら別に後々焼肉にでも行けばいい話だった。春希の強い意向でついてきたものの、5月なのに蚊が飛んでいたり風が強かったり、目に砂が入ったり――小さな嫌なことは続く。


「なんでそこまでして俺を……」

「俺とふゆちゃんは一緒にいるけどさ、ほかの人と仲良くなって、あわよくば4人とか5人くらいの規模になりてえなって」

「俺は話すの得意じゃないから、そういうのはいらない」

「得意じゃないなら話して得意になればいいんじゃない?……ま、安心してよ。俺の狙いはだから」


そう言った春希の目線の先は、松田秋也だった。


「松田って……面白い人なの?」

「え?知らない?ってかふゆちゃんの中の松田ってどんなイメージ?」

「常に城野夏莉と一緒にいる感じ……多分城野さんのこと好きなんじゃないか?」

「いや〜、あれは男女の友情だろ〜。あいつ絶対面白いやつだぞ」

「……俺は興味無いよ」

「まあまあ、ね」


そんなことを耳打ちしていると、城野夏莉がこちらに向かって歩いてくる。聞こえてたかな……なんて不安に思った直後、俺の時間は止まった。

城野夏莉が話しかけた相手は春希だった。


「ね、食べない?」

「もらおっかな」

「…圭原くんってさ、よくアニメとかゲームの話してるじゃん?なんのゲームしてんの?」

「ん?スプラトゥーンとかスマブラ……」

「てか待って、焼肉にポン酢かけるタイプ!?」

「いや本当は焼肉のタレ欲しかったんだけど、向こうにあるじゃん」

「うーわホントだ!取ってくるわ!」

「マジで助かる」


その会話を真横で聞いていた俺は、複雑な気持ちでしかなかった。城野夏莉がタレを取りに行ったタイミングで、春希はまた耳打ちしてくる。


「俺経由でふゆちゃんとも仲良くなるっしょ」

「そんなわけないだろ……」


来なきゃ良かった。

本当に、BBQ大会なんて、来なきゃ……。

その後の肉の味もあまり覚えていない。

城野夏莉は春希に好意があって話しかけたんじゃないか、なんて考えて自分が嫌になる。

そもそも、俺は城野夏莉の事が好きってわけじゃないはずなのに……どうしてこんなに苦しいんだ。辛い。辛い。




「ふゆちゃんおはよー!!!」


翌朝の事だった。城野夏莉が俺の名前を呼びながら教室に入ってきた。そして、ハイタッチを求めるように手をパーにして突き出してきた。


「ね、ハイタッチ!」

「あ……うん」


軽くパチン、と音が鳴った。その音から始まった全てが、俺の人生を変えた。

いや、音が鳴る前から始まってたのかもしれない……。右手の感覚が抜けない、抜けない。


「ほら、俺経由で仲良くなれるって言ったじゃ―――うわっ!?」

「春希ぃ…今日俺と遊ぼ!!」

「秋也かよ、マジビビるって」

「ね、ふゆちゃんも一緒にカラオケ行こうぜ」

「お、俺は……」

「えーー!?ふゆちゃんも来てくれるの!?超嬉しい!!!」

秋也と春希の横からひょこっと出てきた城野さんは、眩しいくらいの笑顔だった。


「……行くよ」

「うっしゃ、4人でカラオケサイコーじゃん!ウェイ!!」

「秋也うるさいよ」

「だってさ!嬉しいじゃん!夏莉だってずっと春希ふゆちゃんと仲良くなりたかったくせに」

「ちょっとそれ言わないでよ!!」

「え?仲良くなりたかったの?オレらと?」

「ま、まーー……なんか2人とも、楽しそうだし……だから圭原くんとふゆちゃん、カラオケ行けるの超嬉しいよ!」

「待って、圭原じゃなくて春希って呼んでくんない?」

「え!えーー……じゃあ、春希。」

「じゃ、俺も夏莉って呼ぶから。改めて、夏莉と秋也、よろしく〜〜」


2人とグータッチする春希を少し羨ましく感じたのも束の間。


「ふゆちゃんはふゆちゃん呼びでいいよね?」

「まぁ……城野さんの好きなように」

「それだと距離感じるからさぁ、夏莉、にしてよ!」

「な……夏莉……よろしく」

「よろしくー!!」


俺たちは何故かハイタッチだった


「ね、俺、俺は!?」

「お前は秋也だろ。」

「秋也って呼ぶよ……」

「なんか俺だけグータッチも何もないの悲しいんだけど!?」

「じゃあ4人でグータッチすりゃいんじゃね!」


夏莉がおもむろに差し出す色白の手すら、輝かしく見えた。俺は病気になったのかな、なんてちょっと考える。


「うぃー!!」


4人でのグータッチ。

心の奥底が踊り出す感覚、俺が人間らしく生きていける気がした。


この日から俺たち2人は、城野夏莉と松田秋也を交ぜて4人で過ごすようになった。

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