第20話
拡声器を持った秋也は、どこか自慢げだった。
「秋也……お前それどっから持ってきたん」
絶句する春希の横で、美咲ちゃんは「備品勝手に持ってきたのぉ?怒られるよぉ?」なんて声をかけていた。
嫌な予感がしてたまらない私は、かける言葉を見つけられなかった。
「ねぇちょっと、ちょっと……」
そんな言葉しか言えなくて、秋也の右手に握られた拡声器を掴もうとした。
「なにすんだよ〜」
「ちょっと待ちなよ、ねえ」
「大丈夫だから、見てて見てて」
「大丈夫じゃないって――――」
そう言って秋也は私たちより前の方に踏み出して、拡声器のスイッチを入れた。音量は最大設定。私も踏み出して、声をかけた瞬間だった。
「秋也待っ―――」
「わ!!!!!!!!!!!!」
音量MAXの拡声器に、大声。
どんな事が起こるかなんて、考える必要もない。耳を劈くような大きな音に、誰もが耳を塞ぐ。
……でも、私と春希は塞いでる暇もなかった。
秋也の正面に座っていた男子軍団のうち、唯一立っていた男子――宇野くんは、右耳の聴力がほとんど無くて、左耳もいつどうなるかわからないという病状を抱えていた。彼は耳を塞ぐ間もなく座り込んで、左耳だけを抑えていた。
「宇野くん!!!!!!!!!」
2人で一緒に駆け寄り、宇野くんの肩に触れる。左耳を抑えたまま、返事はない。歩けそうにもない。
「宇野くん、保健室行こう。春希そっちの肩お願い、せーので持ち上げていこう」
「了解、宇野、俺らに体重任せていいから」
「ふゆちゃん、先生に宇野くんと私たちのこと伝えてもらえる?」
「その必要はないよ」
後ろを振り返ると、体育教師がそこには立っていた。
「多少のいたずらは許すけどな、こういう笑えないのはやっちゃダメなんだよ。わかるか?俺だってさ、ここのみんなのこと放置しすぎたからあんまり強く言えないけど――」
歩みを進めれば進めるほど、先生の声は遠ざかる。いや、すぐ説教をやめたのかもしれない。
秋也は先生に好かれるような才能を持っている気がする。先生だって、これが私や春希なら許さないはずだ。
「自分が生徒放置してんの自覚してたのかよ」
そう、小さく呟いた。激しくイライラする。あの教師の怠慢も、17にもなって拡声器でいたずらをするような秋也にも。
ただ、そんな事を考えられなくさせるほど宇野くんの顔色は悪い。というか、返事がずっとないということは、聞こえてないということなのか。こういう時にメモとかポケットに入れときゃよかったなぁ。肝心な時にそういうもの持ってるの……ああ、いつもふゆちゃんだ。ふゆちゃんが……。
「待っ……て、歩くの早いな2人とも」
「ふゆちゃん!?」
「さっきから宇野………わかんないから、これだけ渡しとくから……秋也のことは一旦俺に任せて」
そう言って、私のポケットにメモとペンを突っ込んで去っていくふゆちゃんを見て、ちょっと好きになってしまいそうだったのはみんなへの一生の秘密になった。
やがて保健室に辿り着いたものの、今度は保健の先生がいなかった。
「俺、先生探してくるから」
「わかった」
さっき貰ったメモとペンに、「メモかける状態だったら、ここに今どんな症状が起きてるか書いて欲しい」と書いて、見せた。宇野くんはそれを受け取って、自分の太ももの上に置いた。
宇野くんはずっと下を向いたままだった。
ここに運ばれる時も、今も。
何も話さなかった。聞こえているのかもわからなかった。
その理由は、メモの上に滴った液体でわかった。それはすぐさま大粒になり、声を上げる程だった。
「大丈夫だよ」
届いているかわからない言葉で、そっと抱きしめた。左手で強く抱き締めて、右手は頭を撫でた。誰かに見られて勘違いされても、それでもいい。今宇野くんが感じてる恐怖や苦痛が少しでも和らぐなら。
何分こうしていたかはわからない。
物凄い足音が聞こえてきて、宇野くんから離れて保健室の扉を開けて、廊下に出て閉めた。
「先生、宇野君お願いします。聞こえてるのかどうなのかはわからないです、正直大至急―――」
「わかってる、他の先生に救急車の手配頼んである!ここまでありがと!」
「春希、あとは先生に任せて体育に戻ろう。」
「いや、宇野心配じゃん、俺付き添うよ―――」
私を追いやって保健室の中に入ろうとする春希を急いでとめた。
「宇野くん、泣いてるから」
そう小声で伝えると、春希はすぐ足を止めた。
「戻ろう」
いくら状況が状況とはいえ、17になる男の子が涙を見られて嬉しいわけがない。当たり前のことだ。私達が駆け足で体育に戻ろうとグラウンドに出た時、チャイムは鳴った。
「教室に戻るか……」
宇野くんのことは先生に任せたし、この最悪な授業も終わった。秋也も大して先生に怒られずに済んでたし、あとは私たちが秋也に注意すれば済む…………ふう、と胸を撫で下ろした。次の時間は昼休みだった。お腹も空いたし、購買で何食べようかな、なんて呑気に呟いていた。一言も発さない春希に疑問も抱かずに。
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