第19話

目を逸らしたらふゆちゃんに微笑んだのも束の間だった。


ガタン、ガタンガタン!!!!


「え?!」


ドアを何度も開こうとする音が聞こえる。あまりに急なことで、体がビクッとなってしまう。


「なに……?」


ふゆちゃんがそう呟いたところで、窓を開けて上から玄関の方向を見ようとしたが、木が邪魔でよく見えない。


「ねぇ……夏莉なんの音?」

「わかんない!!」


春希もキッチンから不安げにこちらを覗くが、窓から乗り出しても見えるのは木と雨だけだった。

私たちが混乱したまま動きを停めていると音は収まり、「鍵かかってんのかぁ〜〜」と言う、聞きなれた声が聞こえた。


「…………私開けてくるよ」

「あいつ……ありがとう、今手放せないからたすかる」


まだ唐揚げを揚げている春希に笑いかけ、そのまま階段を降りた。鍵と扉を開けると、湿気と共に飛び込んできたのは秋也だった。


「なんで鍵かけるんだよぉ!」

「いや普通に、防犯的にかけるでしょ?ピンポンしなさいよ!」

「あ、ピンポンあったか〜」

「というか、あんな音立てたら近所迷惑でしょ!!」

「すんません!」


そう言うと秋也はおもむろに靴を脱ぎ、それを揃えることなく私を無理矢理退かして室内に入っていった。ふゆちゃん、ふゆちゃんなんて呟きながら階段を上がる秋也の背中を見て、私の怒りのボルテージも上がっていく。


「秋也!!!!!!!!!」

「わっ、なに?」

「あんたいい加減にしなよ!!」

「えっ?えっ?」


階段の中盤にいた秋也の手を掴み、そのまま1階に下ろす。


「遅刻したでしょ!?それの謝罪は!?そして他人の家の扉をガチャガチャするな!鍵が壊れたらどうすんの!?あと、手!!手くらい洗いなさいよ!!ほら!!!」


秋也を洗面所にぶち込み、洗面所の扉を閉めた。


「冷静になるまでここから出てくるなよ!」


秋也からの返事は何ひとつないが、水の音に紛れたごめんの言葉はうっすら聞こえた。

そして1人で上の階に戻り、リビングの扉を開けると春希が大笑いしはじめる。


「夏莉、ほんっと容赦ねぇなぁ」

「なにがさ!口出さずにいられないだけよ」

「下からブチギレボイス聞こえんのなかなか面白かったよ」

「恥ずかしい限りだよ」

「でも俺はキレてくれて助かったよ、夏莉がキレなかったら俺がキレてたから」

「……私がキレた方が絶対マシ」

「えぇ!?」


こんなことは一度や二度ではない。秋也のふざけた性格は時々行き過ぎてしまうこともある。毎回注意するのは私だけれど、一度だけ……たったの一度だけ、春希が注意したことがあった。


高校2年の冬の日だった。極寒の中の体育は、体育館改修の影響でグラウンドで行われた。

スポーツ特待生とその他で分けられた体育は、本当に退屈そのものだった。

スポーツ特待生が必死に走るその光景を眺めさせられているだけだった―――。


「こんなつまんねー授業の為に学費払ってんじゃないんだよな……」

「それな、あとで言いに行く?」

「さすがにこれは体育教師の怠慢だしな、言いに行くか」

「言いに行くんだ…………」


春希と私が退屈への怒りに燃えている中、ふゆちゃんはちょっと引き気味だった。


「それ本気〜〜?」


女子の集団かたまりの方向から歩いてきては、笑ったのは私が唯一関わりのある女子 美咲ちゃんだった。


「女子は退屈してないの?」

「してるよぉ」

女子向こう、いなくていいの?」

「いいんだよぉ、よくわかんないアイドルトークされるよりも、夏莉のよくわかんない話の方がよっぽど楽しいもん」

「私のもよくわかんないんか〜い!」


そんな話でゲラゲラ笑ってると、女子たちはこちらを見ながら何かをヒソヒソ話してくる―――そんなことももう慣れた。

美咲ちゃんは常にことに重きを置いている完璧女子。可愛くてふわふわしていて、自分の意見を言える子。

対して私は、顔はいいと言われどモテず、常にふざけて笑っていて、自分の意見なんか飲み込んじゃう、そんな人間。私たちは正反対だけど、それでもこうやって自然に腕を組んでしまうほどには仲が良かった。

そんな私たちを女子は、羨望の眼差し……いや、憎悪を含んだ、そんな目で見ていたんだ。それすら知らないフリをした、あの青い春、というかこのクソ寒い冬を。


「あれぇ?松田くんは?」


先に秋也がいないことに気づいたのは、美咲ちゃんだった。


「秋也になんか用あるの?」


退屈さに耐えられなくなった春希が会話に入ってくる。


「いやぁ…前回の生物の事で聞きたいことあったんだけどぉ……」

「あ〜、あいつ、生物だけはめちゃくちゃデキるもんな……俺でよければ代わりに答えるよ」

「え〜、春希くんはいいや」

「ん!?秋也は苗字呼びで俺は下の名前!?なのに拒否られんの!?」


ちょっと大きな声で笑う私たち3人の会話を、ふゆちゃんもくすくすと笑いながら見ていた。あまりにも大きすぎて、先生に「うるさいぞっ」なんて言われて、聞こえるように「あ〜こんな退屈な授業やだな〜、教室で勉強してたいな〜」なんて言った。先生には無視された。


「夏莉ぃ、無謀だよ」

「わかってるよ〜、言いたくなっただけ」

「あれ?美咲さん?」


声に驚き後ろを振り返ると、さっきまでどこにもいなかった秋也が立っていた―――


「松田くん!聞きたいことがぁ……って、なにそれ。」


―――拡声器を片手に。

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