第18話

弱音は洗面所ココに置いていきたい。

自分の不安げな顔を、何度か叩く。ちょっとだけ頬が赤くなってしまったけど、それでもいい。

また小走りで廊下に出ては、階段を駆け上がった。リビングの扉を開けると、揚げ物のいい香りがした。キッチンに立つ春希の横には、揚げられた唐揚げが3個ほど。


「……え?唐揚げ?」

「食うだろ?せっかくみんな来てくれたから、作ろうかなって思って。って、マック買ってきちゃった?」

「レトルトのカレーとパックご飯……」

「よっしゃ、良かった〜、夏莉は唐揚げカレーな!!!」

「私カレーはそのまま派なんだけど〜!?」

「唐揚げカレー美味いからな!?」


――ああ、春希も嬉しいんだ。

クールぶるのも忘れちゃうくらい浮かれてるんだ。なんだか私まで嬉しくなってきちゃうや。


そして、ソファに目をやった。

座りながらぼーっとテレビの画面を観るふゆちゃんに、なんて声かけようかわからないなって思いながらも近づいていく。


「ふゆちゃん」

「……うん?」

「久しぶり!!!!」


そう言うと、ふゆちゃんは黙って目を逸らした。


「久しぶり」


確かにそう返してくれた。どこかを見ながら。


「ふゆちゃんも唐揚げ食べるの?」

「まぁ、なんも持ってきてないから……」

「そっかぁ……元気にしてた?」

「そう見える?」


…………。


「人は見かけによらないからさっ」

「相変わらず言い回し上手いね……尊敬するよ。」


キッチンに目をやる。春希は気にしてない。

時計に目をやる。まだ約束10分前。

ヤバい。会話が持たない、とかそういうレベルじゃない。ふゆちゃんはここまで冷たくなかったし、もっと笑顔で応じてくれた。皮肉マシマシの言葉なんて1度も言われたことないし、違和感、違和感、違和感、違和感。


「あーーはは……なんか……うん。」


逃げたい。ソファの隣に座るわけにも行かない。ダイニングに座ったら変だろう。どうすればいい、いつまでもふゆちゃんの前に立っている訳にもいかない。ああ……あー……。


「……でも生きててくれてよかった」


無意識に口から出た言葉だった。

出したつもりもなかったし、こんな重い言葉を言うつもりもなかった。でも口を閉ざすこともなかった。


「死んじゃってたらどうしようって、お家訪ねて遺影で出てきたら耐えらんねーなって……そういうことばっか考えてたから」


テーブルの上に並べられた紙コップ。

甘いオレンジジュースとブラックコーヒーとガムシロップ、緑茶が置いてあった。

紙コップにはそれぞれ、春希、夏莉、秋也、真冬と書かれていた。この字は、ふゆちゃんの字。夏莉のコップに緑茶を注いだ。

そういえば、こんな完璧なラインナップの飲み物を用意するのは……ふゆちゃんしかいない。


緑茶を片手に自然にふゆちゃんの隣に座り、もう一度口を開いた。


「生きててくれてありがとう、会ってくれてありがとう。ずっと会いたかったんだから」


そう言うと、今日初めて目が合った。


「この飲み物買ってきてくれたの、ふゆちゃんでしょ?」

「そうだけど…なんでわかったの?」

「わかるよ、そりゃあ」


ちょっとカッコつけて髪をかきあげて、緑茶を飲んだ。


「会えて嬉しいのは……同じ気持ちだから」


また目線を外すふゆちゃんが、悲しげではなく照れくさそうに見てたのは気の所為かもしれない。

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