第15話

既読が、ついた。

そう認識した瞬間に、指が震え始めた。

何を打ち込めばいいのかわからず、頭が真っ白になっていく。それは他のふたりも一緒だったと思う。突然会話が途切れたLINE、既読3。誰かなにか打てよ、そう言いたくもなるが、ほんとうに何も打てなくなってしまった。熱を帯びていた脳が冷えていく。

震える指で『ふゆちゃん?』と書いた。

これを送っても、また既読が消えてしまうのではないかと思えば怖くて、なかなか送る気が起きなかった。そんな時に来た『既読3!?』と言うだけの、秋也からのLINE。

心底ナイスだと思った――そのまま、さっきの文章を送信した。春希は何も反応しない。そしてグループの流れも止まる。誰も何も送らない。何時間経ったか、何秒経ったのか、そんなこともわからなくなる程の衝撃。

次にメッセージを送ってきたのは春希だった。

『元気?いまなにしてんの?なんで連絡くれなかったの?てか明日行って大丈夫そう?』


……あーーーーーッッッッ!!!!!!!


本当に叫びそうになったし、きっと叫んでいたと思う。春希の性格の悪い所が全て出ていた。生存が確認できた以上、なぜ消えていたのかわからない今、地雷ワードは避けたいところ。それを、地雷原全体を走り回って爆発しないか試すような様は恐ろしくて見ていられない。


『ちょっと待って、とりあえず……生きててくれてよかったよ』


そう送ると、すぐさま返信は来た。


『生きてます』


その五文字、その言葉を私は欲していた。

しかしその満足感と安心感は、砂漠の中でオアシスを見つけたもの、というよりは、ゲリラ豪雨の中とりあえず屋根の下に入ったような、そういう不安が混ざるものだった。

そうこうしていれば春希はまた踏み込む。


『明日は会える?』


『会えるけど、家は困る』


『じゃあ、最寄り駅まで行くから待ち合わせしてどこかで話そう』


流れていく会話に、ほっとしながら、『お風呂に入ってくる』とだけ連絡をした。

心が疲れていく感覚が焼き付く。色々知りたいことを飲み込んで知らないふりをすることはとても難しい。ただ知らないふりをするだけならとても楽なのに。

頭からシャワーを被っても、脳が冷えたような、心が疲れたような、体が死体のような感覚は消えなかった。正確には、戻ってきたんだと思う。春希も秋也も心底嬉しそうな返信だったのに、私はどうして笑えないんだろう。あんなに求めた4なのに、どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。


曇った鏡に線を描いて、また私は湯気が満ちた空を掴んだ。手を開いても、何も無い。

当たり前だけれど、それを現状と照らし合わせればとても切なくなる。もう一度、湯気幻想を掴む。あの、過去の楽しかった思い出は事実だ。あの日確かに私たちは笑っていた、それは間違いない。でもそれは今に存在してなくて、現在において過去の思い出に囚われ過去を取り戻そうとすることは、幻想を現実にしようとしていることと同義なのではないか。まるで、私じゃないか。


ふゆちゃんの帰りをずっと待っていた。

笑顔でおかえりって言うつもりだった。

でも、どうして消えたの?どうして無視してたの?そればかりが気になって、もはや過去などどうでもよくなってしまった。

掴んだ湯気を、手放した。濡れた手では何も感じない。当たり前のことだ。


たとえば聞いたらまた消えてしまうなら、それまでなのだろう。でも私たちの、あの15歳の初夏から18歳の冬までの思い出はウソじゃない。実績はある――聞いたくらいで消えられちゃ、困る。


4人で未来を向くために、今を幻想ではなく過去の続きにするために、私はふゆちゃんと向き合わなきゃならない。

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