第13話

私は乳幼児の頃から、勢いだけで突っ走る癖があった。最初は突っ走って、そして思い通りの結果を得ていた。例えば、公園の端、背の高い雑草の中にあるお花を見るために、虫や汚れを気にせずに突っ走っては目的のを得ていた。

それが変わったのは、4歳の夏だった。

同じように、大好きな花がたくさんの草木の中に隠れていた。隙間から見えるほど、しっかり育っていたが、家族は「虫いるし危ないからやめとけば?」なんて嫌そうな顔で言っていたのが印象に残っている。私は「絶対お花に触りたい」とワガママを行って、走ったその道中で蜘蛛の巣に顔を埋めてしまった。気持ち悪い感覚、何より虫が顔を這う感覚を覚えた。泣き叫んで急いで帰ったが、家族も悲鳴をあげるほどの惨劇だった。


以降は、最初に突っ走るというのはやめずに、途中で立ち止まって本当に大丈夫か確かめるようになった。つまり、突っ走って後ろを見て、悩んだ末に嫌々引き返そうとするような、弱い人間に成ってしまった。


思えば、あの日のふゆちゃんにも、同じことをした。


「ねえ、ふゆちゃん、真面目な話なんだけどぉ」

「…え?」


ちょっと躊躇いつつも、じゃじゃーん、と桜木大学の資料を見せつけた。


「あのさ………一緒の大学、受けない?」

「俺が?」

「そう!ふゆちゃんと一緒に大学行きたいなあって、だって進路迷ってるでしょ?」

「………」


何も言わなかったふゆちゃんの目は、期待の眼差しなのか面倒くさがりの眼差しなのかわからなくて、私はとにかく焦って資料を机の上から引き剥がすように持ち、後ろの自分のカバンに乱雑に入れた。


「あっ、冗談、冗談だから!ハハッ!だって、私桜木落ちるかもしれないし、ね。」


焦って笑う私の後ろ姿をふゆちゃんはどう見ていたかもわからない。

ただ、突っ走って提案して、ひよってやめた。冗談だって、嘘ついて。


もしあのとき、ちゃんと訴えてれば。

一緒に行こう、努力しよう、って、言えてたら……そしたら、また未来は変わっていたはずだ。2人で過ごす大学生活はきっと楽しかっただろう。でも……そんな事想像したって、現状がなにか変わるわけじゃない。


――そういえば、あんなに一緒にいたのに、ふゆちゃんのこと何も知らなかったな。

家も知らないし、好きな食べ物も、趣味も、何も知らないや。いつもふゆちゃんは私たち3人の会話を笑いながら聞いて、そして時々ツッコミを入れてくるだけだった。


「俺、いじめられてたんだ。中学の頃。」


春希が辛そうな顔でカミングアウトしたあの日。


「俺は……友達が目の前で万引きしたせいで巻き込まれかけてさ」


秋也が遠い目をしながら言ったあの日。


「私は……家族を傷つけてしまった」


みんなが抱えていたのをカミングアウトしたあの日、夜の公園の中。

ふゆちゃんだけは、何も言わなかった。

怖いほどの真顔で、何かを考えていた。

でもふゆちゃんが何を考えていたのかすら、私たちには想像できない。

関わっていなかったから知らないというより、ふゆちゃんの事を知ろうとするとふゆちゃんは消えてしまいそうな、そんな気がしていた。


……実際、消えてしまった。

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