第12話

そのまま毛布は私を意識の底に沈め、やがて月が昇ってくる。

暗くなった部屋に、18時のチャイムの音が響く。


「やばっ、寝ちゃってたんだ……」


パソコンの灯りを頼りにメガネを探すが、先に手に触れたのはスマホだった。

眠る前の記憶が走馬灯のように蘇り、ハッとする。


「やっぱり…………」


すぐLINEを開いて、秋也に電話をかけた。


『ん?どうした?』

「あ、あのさぁ……やっぱふゆちゃんの家に行くのさ――」

『まさかやめるとか、言わないよね?』


凍りつくような冷たい声に、固まってしまう。


『春希にも連絡したしさ〜、楽しみだよね』


返す言葉も、メガネも、見つからない。


『夏莉?』

「あ……あぁ、そうだね」


無理くり絞り出した声と共に、メガネも伝達も諦めた。

秋也のこういう所が、すごく苦手だ。

怖い、怖い。天然の影に隠れた静かなる脅迫が、私の心にもう戻れないぞと釘を刺してくる。Uターンすら許されないことを実感させてくる。そしてすぐに後悔の波が押してくる。


「……春希は反対するんじゃないかな」

『ううん、乗り気だったよ。行こうぜってさ。で、春希が空いてるのが金曜なの』

「金曜って…今火曜だよ!?そんないきなり」

『いきなりじゃないでしょ、俺ら1年も待ってんだって、夏莉言ったじゃん。』


また冷たい声。

そりゃそうだ、みんなをけしかけといて、直前になってひよってやめるなんて……最悪だ。

でも、ふゆちゃんにも事情があるかもしれない。家に行く前ならまだ止められる。

4人に戻りたいけれど、家に行ったところで4人に戻れるなんて確証はない。


『夏莉が行かないって行っても、俺らは行くから。』

「そんな……」

『1年居なくなったふゆちゃんも、いきなり家に押し掛ける俺らも、自分勝手バトルは引き分けだよ』

「……わかったよ、とりあえず切るね」

『夏莉、絶対行こうね。バイバイ』


部屋は真っ暗だし、メガネもかけてないから何も見えないし、日が落ちて寒くなってきてるし。でも、それでも動こうとしないほどに、呆然としてしまった。

静かなる脅迫に抗う事もできず、ほとんど時間はない。そして今、勇気もない。

一度ため息をついて、腹を括った。


『ふゆちゃん、金曜日にふゆちゃんのお家に行こうと思います。嫌だったら金曜までに言ってくれれば、行くのやめるから……教えてね。会えるの楽しみにしてるよ、大好き。』


勢いのままふゆちゃんにLINEを送り、次に秋也とのトークを開いた。


『ふゆちゃんに行くって予告した。嫌だったら教えてねって言ったから、もし嫌だって返信がきたら行くのやめよう』


そう送ると、呑気なスタンプが送られてきた。


これじゃあまるで、私もふゆちゃんを脅しているみたいだ。返事をくれないならお前の家に行くぞと……でも、予告なしに行くよりは幾分マシなのではないか?

ぐるぐる考えて、スマホを閉じた。


「夏莉〜!ご飯!!」

「はーーい!!」


綺麗に並べられた夕食も、上手く喉を通らなかった。罪悪感や自己嫌悪、そしてもう戻れない所まで来てしまったという気持ち。

――ああ、やってしまったんだ。

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