第7話
お正月はいつも通り浮ついた雰囲気のまま終わった。それからも時計の針は止まらず、しかし止まったままだった。
もうすぐ卒業シーズン、なんて言葉がテレビから聞こえてくるような、暖かい日も少しずつ増えてきた3月。
夢を見た。
「はぁ……はぁ……」
ふゆちゃんの夢を、鮮明な夢を。
「なんか大丈夫?すごい音聞こえたけど」
「大丈夫……すごい夢見て、飛び起きた勢いでベッドから……落ちた……だけ」
「大丈夫ならいいけど……」
鮮烈な夢を、見た。
すぐに秋也に連絡しようかと思ったけれど、指が動かなかった。こんな夢を、興奮のまま伝えていいものか。夢は夢なんだと蹴られて、終わるに違いない。
そっと文字を消して、一度頭を腕いっぱいに包んでみる。
『ふゆちゃん!連絡くれて嬉しい!!』
ふゆちゃんから連絡の来る夢だった。
あまりにも突然な「ふゆちゃん」に驚いてしまうほど、私はこの頃4人にこだわらなくなっていた。他の友人と遊んでいたり、復学のことで忙しかったりと、考える時間がなかったからだ。
そんな私を罰するような夢だった。
『俺はお前と話したくなかった』
そう言っていたふゆちゃんの、鮮明な表情が忘れられない。
『5年も好きなのに、一度も振り向いてくれなかった奴と…話したいと思うか?』
涙を浮かべながら悲痛な顔で怒鳴るふゆちゃんに、私はビクともしていなかった。
『それは――――』
それは。
「いやいや、夢だから……」
一度、自室を出ることにした。
洗面所で顔を洗えば。
朝食を食べれば。
そうすれば…………。
忘れられなかった。
本当に、たかが夢なんだ。
わかっている……わかっているのに、私の脳内から消えない。私の脳内だけの出来事なのだから、脳内から消えてしまえば存在ごと消えるのに。
再び寝っ転がって、天井を見た。空を掴んで、話してみる。夢と、現実。曖昧な現実と鮮明な夢。言葉が出ない。
「ちょっとシャワー浴びる」
「はーい」
生温いお湯が頭から降り注ぐ。瞳を閉じて、少しだけ想像という名の妄想をした。
例えば、夢の内容が事実だったら。
ふゆちゃんがもし、私のことを好きなら。
『あ〜彼氏欲しい〜』
『まーた言ってるよ』
『逆にみんなは欲しくないの?彼女。』
『まぁ……でも、欲しい欲しい言ってるだけじゃダメだからさ』
『ギャ!春希の正論パンチー!!』
『あのさ〜、彼氏がさぁ』
『え?彼氏できたの?』
『できたできた、見て、イケメンじゃね!?』
『あー…カッコイイな』
『…なぁ秋也、なんか夏莉元気なくない?』
『別れたんじゃない?』
『ねえ聞こえてるんだけど〜?』
『なんかあった?』
『…ま、別れたよね。』
『秋也大正解じゃん!!!』
『うぇーい』
『そこ喜ぶとこ!?ねえふゆちゃん〜助けて〜〜』
『…ふふっ』
『彼氏!できました〜!』
『はぁ〜?また?本気で言ってる?』
『告られたから付き合ってみた!』
『お前さぁ……』
『さては春希、モテモテな私が羨ましいんだろ〜〜!?』
『そうじゃなくって、もっとさ、慎重にいかないわけ?』
『え〜……まあ、どうせまたすぐ別れるから。』
『なんじゃそりゃ。』
夢はあくまで、夢だ。
でももしそうだったなら、ふゆちゃんはどんな気持ちで私を見ていたのだろうか。
軽い気持ちで人と付き合い、すぐ別れる、そんなことを繰り返していた馬鹿な私を。
「………本気で探すか」
風呂場から飛び出して、濡れた手でスマホを触る。水のせいか、文字入力がしづらい。イライラして、いてもたってもいられず、そのまま電話をかけた。
『……んぁ?』
「秋也、あんた寝起き?」
『寝起き…よくわかったな……』
「いま大丈夫?」
『大丈夫だけどぉ……なに?』
「本気でふゆちゃん探そうと思う。家を見つけて、家に行こうかなって思ってる」
『またいきなりだなぁ〜』
「本気だよ。協力してくれるよね、あんたなら!!」
『そりゃ協力するけど……どうやって見つけんの……』
「それはこれから考える。とにかく本気だから!!またあとでメッセージするわ!!」
『ちょ……い』
何かを言いかけた秋也だったが、思いっきり電話を切ってしまった。後悔する隙もない。体を拭いて、服を着て、脱衣所を飛び出した。
「お母さん仕事頑張ってね!いってらっしゃい!」
「はーい……って、何を急いでるの?」
「ふゆちゃん見つけんの、今から」
「い、今から!?よくわかんないけど、頑張れ!行ってきまーす!」
そのまま階段を駆け上がり、自室に飛び込む。パソコンの起動を待つ間もソワソワする。
とにかく、何がなんでも連れ戻してやる。
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