第5話


「……ねえ、生きてるのかな」

「誰が?」

「ふゆちゃん」

「さあ…………」


結局あれから、ふゆちゃんが来ることはなかった。連絡が来なかった為、お店に人数変更を頼んで3人で予約し直した。伝票にかかれた「3名 食べ放題」の文字は、とても虚しく感じた。

3人でも盛り上がらないわけじゃない。わけじゃない……けど、最初から三葉のクローバーであるのと、四葉のクローバーから1枚ちぎったものでは、全く意味も雰囲気も違う。寡黙で話す回数も少ないふゆちゃんだけど、絶対にいなきゃいけない存在だった。


「まぁ……ふゆちゃんも忙しいのかもね。」

「俺もそう思うよ〜〜」


春希と秋也は楽観的に考えるが、私とふゆちゃんは異様にネガティブに考えがちだった。


「……私たちのこと、嫌いになったのかな」


そう呟いて、お肉を口にする。

味がしない。


「なんかしたの?」

「なんもしてない……でも、何もしなかったから。」

「何もしてないし、何もしなかった……ね」


春希は焼いたハラミを私のお皿に載せて、笑った。


「なんもしなくたって、俺ら夏莉の事嫌いになってないじゃん。何かしなきゃいけないとか、会わなきゃいけないとか、そういうのはないんじゃねーの?」


――呆気に取られた。

頑固で義理を誰よりも重視する春希が、私のことを嫌いになることもなく、私のネガティブをポジティブにひっくり返そうとしてくれるなんて。


呆然としていると、「お前ハラミ好きだったろ?」なんて言って、もう1枚お皿に載せてくる。


「夏莉はさ、自分のこと責めてるみたいだけど、俺らだって忙しくて集まれない時あるし。ふゆちゃんから返信が無い理由がわからない今、考えたって無駄じゃん〜」


そう言った秋也は春希の真似をして、カルビを私のお皿に載せてくる。


「もう……カルビはそんなに好きじゃないって」


涙を堪えながら食べるお肉は、意外なことに美味しかった。その後は明るいくだらない話、近況、高校時代の思い出話を繰り返した。

いつでもあの頃に戻れる、そう確信した。

ふゆちゃんさえいれば、ふゆちゃんさえ…。


「ねえ、2人は心当たりないんだよね」


帰り道、生ぬるい夜風が頬を撫でた。

なんだか、気持ち悪くて髪をそっと耳にかけた。


「なんの?」

「ふゆちゃんが連絡取れないこと」

「さぁね……何事も、ふゆちゃんの感じ方次第でしょ」


春希は心当たりがあるのかないのかよくわからない顔でそう言って、夜空を見上げた。


「そのうち連絡来るんじゃない?」

「それは、そんなことは……」

「ん?」

「いや、うん、来るといいよね」


パッと右を向くと、秋也はらしくない真顔で遠くを見つめていた。


「……来るといいね。」






それから2ヶ月経って、日が暮れるのが早くなり、雪がチラつく季節がやってきた。

外はイルミネーションだらけで、どこか浮ついた雰囲気。CMも年末セールやチキンのCMばかりで、年の瀬を感じさせる。

そんな頃になっても、ふゆちゃんからの連絡はなかった。電話をかけても出ず、ゲーム機のメッセージに連絡を入れても無反応だった。


借りたゲームソフトを返すために、秋也に会った時のことだった。風は酷く冷たくて、皮膚が痛い。そんな夜のこと。


「ねえ、本当に心当たりないの?」

「俺はないよ……本当に。春希は、あの様子じゃわかんないけど」

「そもそも生きてるの?」

「わからん……」

「ふゆちゃんの住所、教えてよ」

「もう忘れちゃったよ……家の場所もあんまり覚えてないから」

「はぁっ……最後にふゆちゃんと連絡が取れてたのはもう1年くらい前でしょ、それ以来ってことはもう1年以上音信不通ってことじゃん」

「…俺たちのこと、嫌いになったんだと思うよ」

「なんでそんなこと………」

「少しでも気持ちがあれば、戻ってくるでしょ。だって、夏莉は連絡取ろうとメッセージ送ってるんでしょ?」

「送ってるけど…月1くらいだよ。」

「普通、返すでしょ」

「……そういう秋也は、どれくらいメッセージ送ってるの?」

「1度も送ってないよ」

「はあ!?なんで!?」

「なんでもなにも………去るもの追わず、だから」

「っっ……大人ぶって、去ってったからこれでいいってか!?そんなに浅いわけ!?この間の春希といい、今日の秋也……2人とも大人ぶっちゃってさ!!本当は…………」

「本当は?」


本当は……本当は、みんなあの頃のことなんてどうでもよくなってるんじゃないかって。

そう、口に出しそうになったんだ。

そんな質問の答えを聞いても、惨めになり、虚しくなるだけだ。


「……なんでもない、帰るわ」


結局私は声を荒らげるだけ荒らげて、その場を去った。苦しかった、悔しかった。

あの毎日、楽しかったのは私だけで、続けさせたいと思っているのも私だけなんだって。

全部………私だけ。

それも、知らないフリをすることにしたんだ。


知らないフリをして、またみんなで遊ぼうねって連絡をすれば、また集まれるから。


知っちゃいけないんだ、なにもかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る