エピローグ

「あっ!! 分かりましたよっ、木崎先生。答えは三ですね」

「違う。アホかお前は」

「そう。ここの答えは、五」

「正解だ。撫菜ナズナはもう補習なんていらねえんじゃねえか」


 蝉の声が雨のように降り注ぐ。外で駆け回っている子供たちの声も、時折通り過ぎていく中学生たちのバカ騒ぎも、開け放たれた窓から飛び込んできていた。

 八月。

 白塗りの校舎に、緑生い茂る植林。窓から通り抜ける風が乳白色のカーテンをなびかせる。

 と、このように描写すれば単なる夏の一情景だが、その中にいる人間からすればそこは地獄だった。


「というか暑過ぎますよっ。こんなクーラーの点検日に補習だなんて……。頭が茹で上がっちゃいますよ」

「大丈夫、香深カフカちゃんは。クーラー効いていても、同じ」

「な、なにー。そこまで言うのなら見せてあげましょう。私の……、あぁやっぱり無理です。暑過ぎて何をする気力も起きません」


 突っ伏し、犬のように舌を出して音を上げる少女を見て、教壇に立つ男は溜め息を溢した。


「まあ、確かにこれだけ暑いと勉学にも身が入らねえか。じゃあ今日はここまでにするか」

「おおっ!! さすが木崎キザキ先生は話が早くて助かりますね。それではお言葉に甘えて帰らさせてもらいましょう」


 それまでの無気力は何処へいったのか。少女は机の上にあった筆箱を手早く直し、早々に立ち上がった。


「それではっ」

「まあそう慌てんなよ。明日中にやって来てもらう宿題渡すから」


 勢いよく飛び出そうとした少女の首根っこを、男は手早く掴んだ。

 長身の男に持ち上げられ、少女は浮いたまま手足をばたつかせ抵抗する。


「ぐ……。卑怯ですよ。身長差を活かすなんてっ」

「分かったから暴れんな」

「くっ……、分かりましたから降ろしてください」

「全く」


 そうして、少女の足が地に足着いた瞬間。

 少女は全力で駆け出した。


「あっ、こら。待ちやがれっ」


 そうして、鬼ごっこが始まった。

 世界は騒々しい。車の音も、人の声も。よく分からない鳥の声も。

 そしていつも通り、少女の声も。

 何もかもが順調だった。

 全てが完璧だった。

 望む世界はただの一つ。

 少女たちが傷つかない世界。


「こら、待てって……。――おっと」


 校舎内を走り回る少女を、男は追いかける。そうして曲がり角を曲がった瞬間、その人影を視認した。

 危うくぶつかるところだったので、足に力を込め勢いを殺す。なんとか衝突せずに済み、それから男はその人影に視線を移した。


「……誰だ?」

「あ、すみません。実は九月にこちらの高校へ通うことになりまして。今日は、その見学というところで」


 オドオドとした口調。線の細い少年で、何処となく儚げだ。


「えーっと……、こちらの職員さんでしょうか。天条てんじょう つかさです。よろしくお願いします」


 蝉の声が降り注ぐ。子供の声が窓から入り込んでくる。

 生まれ変わり続けたその世界は。

 大きく変異し。

 けれど正しく戻すため。捻じれをさらに深くする。

 表を裏返せばそれは当然裏になる。けれど裏の裏は表に帰る。

 そうして世界は。

 

 生まれ変わりを繰り返す。


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Re;birth 秋草 @AK-193

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