第4話 瞳を開ければ青かった②
色々と考えて、しかしそのどれもが確証にまで至っていないことに気付く。そうだとは思うが、証明することは難しい。
ただ、空と海の境界線を見て、そう結論付けられただけの話なのだ。
世界は滅び、そこで平然と生きる少女たち。
そこまで考えても、やはりそれらは憶測の域で留まるしかない。
それが異常である、ということしか断言出来なかった。
「さてと……」
今がどれくらいの時間なのかは、詳しく分からない。しかし、闇が全てを包み、誰もが寝静まる頃合いだった。
ゆっくりと、立ち上がる。
やることは済ませた。元からそのつもりだったのだ。終わらせれば長居する理由も無い。襟を正し、部屋を出ようとしたその直後に、扉が開いた。
「よお、何処かへお出掛けか?」
聞き覚えのある声。黒を基調とした目立つ服装。暗闇の中でも、はっきりと煌めく眼光。
キザキと、そう名乗った男だった。
「あなたには、関係無いでしょう」
冷たくそう言い放ち、強引に出て行こうとする。ただし、それを男は許さない。出入り口に立ったまま、退く気配も見せなかった。
「そう邪険に扱うなよ。俺とお前の仲じゃねえか。なあカフカ」
少女は。視線を上げ、その瞳を睨んだ。
何処までも少女。
体つきから、髪質、声音。構成する要素全てが、少女だった。
「園長先生こそ、何の用事ですか? こんな夜中に」
「いやいや? 俺はカフカに用事があったわけじゃねえんだ。会いに来たのはあの少年にってとこだ」
「それなら、私には関係ありませんね。退いて下さい」
再度退出を試みるも、それはまた阻まれてしまう。視線だけで問い質すと、男は場違いにも笑った。
獰猛で、背筋が凍る笑みだった。
「いいや、そういうわけにもいかねえな。どうしても出て行きてえって言うのなら、カフカの身体を置いていってもらおうか」
「え――?」
一瞬、男が何を言っているのか、理解に遅れた。冗談を、呟いたのかと思った。
笑っている。
それは作られたモノではない。
けれど。それは危険だった。具体的な言葉には表せないが、本能がそう告げていた。
少女は、もう一度尋ねる。
「冗談はその恰好だけにしてくださいよ。からかうのなら、明日付き合ってあげますから。とっとと通してください」
「本当、そっくりだな。それでもうちょっとバカっぽくなりゃ完全にカフカだわ」
「……さっきからまるで私がカフカ本人では無い口調ですけど。カフカじゃ無かったら私は一体何なんですか?」
出てくる答えは、決まっている。あの少年だろう。今朝の少年が、カフカという少女に扮して、こうして相対していると、男は考え応えるはずだ。
けれど、男は即座にこう言った。
「そりゃ決まってるだろ。堕ち人だ、お前は」
「――っ!?」
思わず、たじろいでしまっていた。しかしそれも刹那。
予想外の言葉が出てきたとしても、今ならば取り繕える範疇だった。このまま咎罪に塗れた人間として、祭り上げられるわけにはいかない。
「堕ち人? 何ですかそれは……」
「俺達が勝手に言ってる存在だ。この世に居てはならない、人でなくなり天使に堕ちたモノ、だから堕ち人。まあそんなことどうでもいい。……そもそもな。前提として間違ってたんだよ。この世界には生きている人間は、いない。浮浪者だろうがなんだろうが、それはもう人間ではない存在になっちまってるんだ。まあ、お前がそれを知ってたのか知らなかったのかは俺も分かんねえけど」
「ちょっと待って下さい。意味が――」
そう言い掛けるも、それさえも男に邪魔される。
「まだしらばっくれるってのか。いい加減白状しろよ。それでもってカフカを返せ。一応大事な生徒なんだよ、そいつも。良いか? 状況が呑み込めてねえようだから言っておいてやるけどよ、全部バレてるぞ。お前が他の魂を食らってここに来たのも、目的が空腹を満たすためだってのも全部な」
「……」
静寂が訪れる。夜の闇が、濃く増したような気がした。
男は相も変わらず、口角を上げたまま、何を考えているのか分からない瞳を向けている。
少女はそこから、視線を外しやがて口を開いた。
「あなたは、何者なんですか?」
あの時。少女たちに尋ねた時は、何者か分からないと返された。ではこの男は一体誰なのか。気付けば、そう訊いていた。
「容姿は、見たところ人間ですけど、借り物とかなんですか? それとも本当に普通の人間だとか」
「人間? アホ言え。俺は神だ」
「……は?」
間抜けな声が、零れてしまった。どうにか理解に務めようとするが、それも失敗。再度問い掛けようとしたが、それも上手くいかなかった。
男の笑顔が解ける。納得していないように、不機嫌なそれに変わっていた。
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