第2話 ただそれぞれの日常を終える①
この場所は人工的に作られた場所では無い。必然的に、そうなってしまったのだ。風に揺れる草原も、洗濯物を吊るすロープも、住居となっている学舎も。澄み渡る青も、何処までも広がる蒼も。島のように頭だけ出している丘も、やはり自然現象によってもたらされたモノだった。
それらの中で。初めから存在していたモノの中で。唯一学舎の中だけが、人工的情緒を感じられる場所。
そのとある一室で、二人の少女が机を睨んでいた。より正確に言えばその机上。四角い板状のものを、ただ黙って見つめていた。
「……なに、やってるんだ? カフカ、ナズナ」
椅子に座り、黙考している二人に声を掛けたのは男。金色の髪に耳にはピアス、黒色のスーツを着崩している彼は、どこか近寄り難い雰囲気を出している。見た目と纏う空気から、関わってはいけない人種であることが、目に見えて分かってしまう。
ただ、少女二人に怯んだ様子はない。寧ろ好意的な視線をもって、カフカと呼ばれた少女は応えた。
「おお、園長先生じゃないですか。見てくださいよこれ。何か分かりますか?」
「オセロだろ。二人用のボードゲームだな。どうしたんだ、そんなもの。まさか自作したってわけでもねえだろ」
「昨日、調査しに行った他の子から、貰った。でも、面白くない」
一方で、ナズナと呼ばれた少女は不慣れな手つきで、白い駒をひっくり返す。男が覗いてみれば、形成は五分といったところだ。始めたばかりなので仕方の無い事だと言えばそうだが、駒を置く場所よりもいかに数を取れるかを重視しているらしく、単調なゲーム運びになっているようだった。確かに、これでは面白味も何もあったものでは無いだろう。
「オセロだって面白いからな? ただお前らが何も知らないってだけで」
「嘘。ただ白と黒を並べるだけ。そんな遊びが、面白いわけない」
「そうですよー。というか園長先生そんだけ言うんだったらさぞかし得意なんですよねー」
「アホかお前ら。俺はアレだ。物凄く強いからな。俺より強い奴を求めていたからな」
単純な問題として。ボードゲームというのは知識を得たからと言って必ずしも勝てる物では無い。運や実力、経験が当然絡んでくる。だから必然的に、二人と比べれば男が劣っている道理はない。
「じゃあ、今からやりましょうよー」
「ああ、だがその前にやるべきことはしねえとな」
わいわいと、訴えるように挑発するように話し掛けてくる少女二人。普段ならば、双方暇ならばその安い売り言葉に乗っかっても良かったが、男の用事はそれではない。
「仕事だ、二人共」
出来る人間は、仕事とプライベートのスイッチ切り替えが上手い。休む時はきっちりと休み、しかし仕事に支障を来さない。それがプロの人間。人として必要とされる能力でもある。
仕事、という言葉に呼応して、その場の空気が張りつめたものになった。
かと言えばそんなことは微塵も無く。
「ええー、オセロしましょうよ。仕事よりも過去の娯楽を追求ですよー」
「そう。私もそれに賛成。きちんと過去と向き合うこと。それが今の私達には、足りない」
「お前らさっき面白くないとか言ってたよな……」
見事に手のひらを返していた。呆れ溜め息を吐いている最中も、二人は文句を垂れている。
本当ならば。
男としても、未だ成長し切っていない彼女らに仕事をさせるのは気が引ける。学舎と呼ばれている場所らしく、学校教育をさせるのが、ここでは正しいのかもしれない。
もっと自由にさせてやりたい。
そんな思いが男の胸中を渦巻いている。
まあそれはそれとして。
「ほらとっとと準備しろ。いつまでも寝間着だと怒られるぞ」
「そんな……、園長先生は私達のことが大事じゃないんですか。私達を自由にさせたいって思ってるんじゃないですかっ?」
「エスパーかよお前は……。まあそれは思ってねえこともねえけど」
「でしょっ。目に入れても痛くない、可愛くて愛らしい娘同然の私達に、園長先生は甘々ですよね」
「お前、自分で言ってて恥ずかしくねえの? ……まあ大方間違ってねえから俺としても反応に困る」
「ですよねっ。じゃあじゃあ――」
「まあ俺からすりゃ、だから何、って感じだわ。ほら、あんま時間掛けさせんな。とっとと終わらせりゃあそれでもう済むんだからな」
「えー……」
不服を連ねた怨み言が雨のように降り掛かるが、男に気にする様子はない。早々に少女二人の首根っこを捕まえて、無理矢理部屋から引きずり出す。
「いやいや、あれですよ? 別に我が儘でこんなことを言っているわけじゃなくてですね。こう、その。心の準備的な何かがですね……」
「そう。意外と現場はシビア。もう少し、ゆっくりと慣らしていった方が、いい」
「……」
「そもそも仕事ってなんでしないといけないんですか。意味が分からないんですけどっ」
「そう。働く意味を、教えて欲しい。それさえあれば、多分喜んで仕事、する」
「……」
「あ、あいたたたたー。とつぜんずつうがいたいー」
「そう。カフカちゃんもこう言ってる。無理な仕事は、他にも影響してしまう」
「……」
「えーっと、というか園長先生も仕事してみてくださいよ。私達の苦労分かりますから」
「そう。園長先生は、まだ本当の恐怖を知らない」
「……」
頭が痛くなってきた。カフカの言うような、仮病ではなく、歴とした心労から来る鈍痛だ。溜め息を吐くのも億劫になる。
「全くもう、私達実地で働いている他の子は丁重に扱うものですよね。だから中間管理職止まりなんですよ」
「ほんと。だから性格、歪んでる」
「……」
世の中には言って良い言葉と悪い言葉がある。他者から見れば大したことが無くても、本人からすれば許し難い言葉というものは、往々にして溢れかえっている。人間関係など、その辺りを窺いながら形成されていると言っても過言では無い。
それを如何にして気付かせるか。そこをどのように分からせるか。
答えは明瞭。
男は掴んでいた服の襟首を離し、自分でも分かる最大の笑顔を見せた。
「おいお前ら。働かざる者食うべからずって言葉、知ってるか?」
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