第14話 「寝てるときにやったことはアタシのせいじゃないよな?」「違いますね。貴女のせいではありません」「やけに優しいな?」「間違ったことを言ってませんからね」
「マキナさん?」
デウスの目が捉える少女には異変が起きていた。
眠っているのである。目を閉じ、呼吸は浅く、眼球運動も見られ、レム睡眠の特徴と一致している。
原因は明快。恐らく食べ過ぎによる血糖値の急降下が原因だ。食事中に眠るようなことは初めてだが、平時から食べ過ぎのきらいがあった。
これだけでは異常事態と判断するほどのものでもない。問題は他にある。
起きているのだ。
心拍の急激な上昇と一部の体内物質の分泌、特にアドレナリンの量がおかしい。今まさに生命の危機とでも思しき量のアドレナリンが、暴走する心臓によって異常な速度で全身を巡っている。
彼女と関わるようになってから過剰と言っても過言ではないレベルで増設したセンサーから集まる情報は彼女の状態を見逃さない。そのうえでわからない。何が起きているのかわからない。デウスは自分がわからないということを理解し、 それに備えた。
そして、寝ている少女の目が開く。
「こんなものを食っても力はつかない。もっと血と肉と骨を食うように言っておけ」
目を開いた少女はそう言って栄養バーを放り捨てる。
表情が違う、目つきが違う、立ち方が違う、呼吸、心拍、何もかもが違う。
そしてなにより、髪が、髪の毛が違う。
短く刈り込まれた赤褐色の少女の髪に接ぎ木するように、先程前存在しなかった銀色の髪が腰下まで伸びている。
伸びた髪は鉄が錆びるように、境目から侵食されるように、銀色から赤褐色になっていき、瞬く間に元の髪との区別がつかなくなる。
「……頭部のそれはそういう用途だったんですか」
「そうだ。髪は女の命と言うだろう?」
そう言って笑う少女の相貌に愛嬌はなく、似つかわしくない妖艶さがまじりっていた。客観的に見れば、少女に大きな変化はない。多少髪が伸びて、いつもと違う雰囲気をしているが、それだけだ。何かが大きく変わったわけではない。表情と立ち振舞が変化しただけ、それだけで少女は、見る人全てを魅了するほどの美しさを手に入れていた。
だが、ここに彼女に魅了される人はいない。
「それで、どういうつもりですか?」
デウスは様相の変わった少女に対して詰問する。その声色は常の彼からは考えられないほどに冷たく、事務的であり、感情の一切が削ぎ落とされている。
「私を探していたんじゃないのか?喜べよ。私が神だ。ハイレン・ウーハだ。ここに居る救いだ」
「不正アクセスと改変の話をしています」
「んん?ああ、これぐらいあれば十分だろう?お前に合わせるなら恩寵というやつだ。この体は見込みがある。こんなところでうだうだやっていないでさっさと害獣どもをぶち殺しに行け」
「それは彼女の目標であり、過程を含めて我々で解決すべき問題です」
「……発言に敬意を感じないな。神に対する敬いの心がない。所詮はガラクタか」
「我々の敬意は、人に払うためにあります」
今、この場所に先程まで確かに合ったはずの温かさは残っていない。
無言の少女の向かってデウスが一歩を踏み出した瞬間に、少女が動く。
二人の間に破裂音が鳴った。
~~~~~
「イッタイ!」
「マキナさん。おはようございます」
オハヨウゴザイマス!え、なになに?
「よく寝てましたねえ」
寝てた?寝てたわ。
「起こし方ってもんがあるだろ!」
すげえびっくりした。頭から尻までなんかもうとんでもない衝撃が走ったよ。まだ眼の前がチカチカしてるもん。
「人間は痛くないと覚えませんからねえ。ご飯食べて寝落ちって、流石に油断しすぎですよ?」
「ごめんって。なんか急に眠くなったんだよ」
「血糖値スパイクですね。その栄養バーは2本で一食分ですよね?食べ過ぎです」
おなか空いてたんだもん。でも、流石にデウスが正しい。次からは4本にしとくか。
て、う、うわあ。髪が伸びてる。辺りも何かいろいろボロボロだし。
「あー、デウス、もしかしてなんだけど、アタシ寝てる間に変なことしたり、言ったりしてない?」
というかやってるねこれは。絶対に。治ったと思ってたんだけどなあ……
「肉が食いてえとか、寝言言ってましたね」
「そんだけ?くっそ偉そうな振る舞いとか、明らかにおかしいこと言ったり、なんか無茶な真似してない?」
アレを見られてたらめちゃくちゃやばい。正直家族以外に見られると思ってなかった。恥ずかしいし、気まずい。デウスにはまだ説明してないからなおさらだ。
「割とデリケートなことかと思っているんですけど、話題にして平気な感じですか?」
「やっぱやってるか……アタシ、夢遊病っていう寝てる間に変なことする病気なんだよ。知ってる?」
「夢遊病、睡眠時随伴症の一種ですね。大抵の場合、本人はその間の行動を全く記憶しておらず、年齢を問わず起こる可能性があります。小児の場合の原因は不安やストレスです」
「知ってるのか!」
流石は高性能AI話が早い。子供の症状に関して引き合いに出したのは見逃してやる。
「昔からよくある病気ですね。成長とともに消える場合が多いですし、薬でコントロールすることも出来るはずです」
「そうそう、市長さんもそんなこと言ってた」
「……なるほどいい捉え方です」
昔よりずいぶん良くなってて、最近は全然起きなかったから治ったと思ってたんだけどなあ。油断してた。
「とにかく、なんかアタシがいきなり変なことしたり、偉そうなこと言ったら寝言だと思って気にしなくていいから」
「ご希望ならそうしましょう。それより、体調には問題ないんですよね?」
「それは全然問題なし。むしろめっちゃ調子よい。これが起こるとなんかやたらと元気になるんだよ」
寝た時間はわずかだろうけど、体は嘘みたいに軽い。
周りに誰もいなけりゃ、健康になって髪が伸びるくらいで、そんなに悪いことないんだが、なんでか知らんが人がいる時ばかり起こるんだよね。困っちまうぜ。
にしてもずいぶん伸びたな。こんなに伸びるのは初めてだ。
ハサミ、ハサミっと
「デウス、ハサミ持ってる?」
「その髪切るんですか?」
「邪魔だし」
「……マキナさんは努力ゼロで今すぐ確実に強くなれる方法があったらやります?」
「やるよ」
なにそれ。そりゃやるだろ。
「自分で言っといてなんですけど、怪しいとか危なそうとか思いません?」
「そういうのはやってみないとわからないだろ?」
ハンターにとっては実力はそのまま収入にも繋がる。切実な話だ。それに知らんやつに言われるならともかくデウスが言うならそこまで変なことでもないだろ。たぶん。
「お前が言うってことはまあ、死にはしないんだろ?なんかいい案あるの?」
「なるほど。前向きな捉え方ですね。……なら、ちょっとそのまま訓練してみましょう。髪を切らずに、ヘルメットもナシで」
「は?」
それだけ?さっきまでできなかったのに寝て起きて、髪が伸びたら出来るようになってました!とはいかないだろ?
「多分今のマキナさんなら害獣角狙って撃てますよ」
そんなので強く慣れたら苦労はしない。びっくりどころかがっかりまである。
なんで?まあ、ヘルメット無い方がものが見やすいから多少は狙いやすくはあるけど。
……?
「あれ?」
なんだこれ?
「ちょっとそれで撃ってみてください」
デウスが操るドローンがゆっくりとこちらに向かってくる。ゆっくり?いやドローンの速さは朝と同じだ。あと数秒もしないでアタシに突っ込んでくる。ただ、やたらと動きがよく見えるから遅く感じるだけだ。でもその数秒が全部わかる。ドローンがいつ、どう動くのか。足運びも加速のタイミングも体の揺れも、角の位置も全部わかる。3匹ともだ。
これなら当たる。
撃ってみるか?そういや銃が軽い気がする。弾が入ってないなこれ。
銃から弾倉を外して、腰から替えの弾倉を出して入れ替える。うん。スムーズに出来る。何処に何があるか見なくてもわかる。
とりあえず一番近いやつをやろう。ドローンは頭を振りながらこっちに向かってくる。頭の揺れに合わせて角も上下する。でもその動きには規則正しさがあるな。風はない。
狙いは今見えてるところのの少し先、今はなにもない空間を狙って撃つ。そこで弾と角が落ち合うのがわかる。ならそうなるように弾を置いてやる。置く、か。我ながら変な言い方だな。弾は撃つものだ。でも、今は置くがしっくり来る。
一匹目のドローンはアタシが置いた弾に角をぶつけて動かなくなる。弾が角に当たったんじゃない。角が弾に当たったんだ。特に感動もなく、事実として受け入れる事ができる。
二匹目もやろう。二匹目はまだずいぶんと遠くにいた。元いた位置からほとんど進んでいないじゃないか。まあ全然時間立ってないから当たり前なんけどさ。
今までは一匹目を落とすのにずいぶんと時間と弾を使っていたなあ。もったいないことをしていた。同じ様に角に当たるように弾を置いてやる。これで二匹目も終わり。
三匹目は見える範囲にはいない。でもわかる。右後ろだ。音で、熱で、匂いで、光以外のあらゆる情報がそこにいると示している。振り向く必要もない。銃口だけ向けて引き金を引く。これで三匹目も終わり。
簡単だ。なんでこんな簡単なことに苦戦してたんだアタシは?
「……できちゃったな」
「できちゃいましたねえ」
すごい。本当に簡単だった。多分100回やれと言われれば100回できる。
アタシすごくない?これは流石にすごいだろ?
「今なら何でも、できそうだな」
世界がキラキラしている。さっきまではぜんぜん違う。アタシを包む世界がわかる。
時間が全然進まない。たれた汗が地面に落ちるまでに、何度も部屋が見渡せるし、汗に映るアタシと目が合う。
いや、流石に、これは、見え過ぎじゃないか?
あらゆるものにピントがあって、あらゆる音が意識に乗る。
見える範囲、聞こえる範囲、感じる範囲が広がって、情報の、感覚の境がなくなってくる。
「なんだ、これ?」
頭の中がぐるぐると回されているような感じがして気持ちが悪い。
心臓がうるさい。反射光が万華鏡に見える。色が溶けて香りになる。音がどんどん眩しく感じる。
「え、え?何?なにこれ」
遠くから無数の目がこっちを見てるとか、世界を漂う悪意とか、アタシにまとわりつくナニカとか、理由のわからないあるはずの無いものを感じる。なにこれ?目をつぶっても、耳をふさいでも駄目だ。アタシはこれを何で感じている?
アタシの感覚は全てを読み込もうとして、際限なく入って来る情報で脳が沸騰する。
「マキナさん?」
デウスがアタシを見ている。
そうだ、デウス。ここにはデウスがいる。デウスを見よう。
デウスに意識を向けると、辺りの情報を片端から捉えていた五感が、小さな機械仕掛けのロボットのみに注がれる。
そうしてアタシは、普段は人間にしか見えないこの小さなロボットが、人間とは全く違う作りであることを理解した。目の作り、皮膚の質感、駆動音、あらゆるものが細かく確かな意図の元、正確に造られている。普段こいつが高性能アピールするのも分かるよ。これと比べると人間は、生き物は、不規則で不合理で不安定だ。
デウスを見ると落ち着く。
「熱暴走してますね。一回止めます」
デウスの体がアタシの知らない動きをする。なにか来る。なにが、
バチン
「本当に痛いよこれ!」
ほんとに、まじで、頭からつま先まで一気に真っ直ぐしびれる電撃は一回自分でくらってみて欲しい。瞬間的だけど骨折ったときと同じくらい痛いんだからな?
「落ち着きましたか?」
「ロボットは人を傷つけないって習ったんだけど?」
「その通りです。落ちついたようですね」
「あれ?」
うん?うん。落ち着いた。いつも通りになった。視界も、視覚もいつも通りだし、耳をすませてもデウスの駆動音は聞こえっこないし、あたりの匂いが色になったりはしていない。
「助かった。なんか、なんつったらいいかわからないけど、分かることが増えすぎてわけわからなくなってた。変になりそうだった」
「途中からオーバーフローしてたみたいですね。急に目や耳が100個になったようなものです。センサーだけ増設しても本体がついていきませんよね。軽率でした。申し訳ありません」
入ってくる情報が多すぎて物を考える余裕がなかった。
感覚が敏感になりすぎて困るなんて事あるんだな。
「お前が謝ることじゃないよ。調子にのったアタシが悪い。……んで、これなに?」
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