第9話 人類の定義と解釈およびその権利について
一通りの探索を終えた後、マキナは食事をして寝てしまった。
明かりを落とし、完全に光のない空間で、デウスはマキナを興味深く見つめていた。
なぜこのヒトは探索したばかりの施設内で眠ることのできるのだろうか。スライムの不意打ちが怖くないのだろうか?
スライムの不意打ちに気が付かなかったのは彼の機能的な限界だ。彼は生き物でない以上油断はない。彼はスライムという存在をデータとして記録していたし、いる可能性を認識した上で無視できると判断した。結果、マキナは危険な目にあった。その後、二人で入念に調べて居ないことを確認したが、それでも人間は不安になるものではないか?なぜ寝れるのだろうか?
デウスは首をかしげながら全身のセンサーを稼働させてマキナを観察している。
人類の繁栄が頂点に達していた頃に造られ、現在比類するもののない性能を持つ人工知能は、人間側の観測で感情と呼ばれる情動を元にした振る舞いが見受けられるようになった。
「んが」
呼吸、心拍、眼球運動、彼女と関わるようになってから増設したセンサーから集まる情報をどのように精査しても、どれも特筆するところがない。つまりはよく寝ている。
疲労だろうか?デウスは彼女を自分なりに理解できるように熟睡の理由を探していた。
確かに今日の彼女は大活躍したといえる。朝から自分を持ったまま走ってここまで来たら、金属製の壁を蹴り開け、スライムまで倒してみせた。
スライムからの攻撃に対する反応、その後の動きは彼の知るヒトの平均を超えていた。未成年の少女がこともなげにやることではない。だが、事実は変わらない。スライムを殴り飛ばした右手も赤みは既に消え、普段通りのなめらかな少女の手に戻っている。
手だけでなく全身をチェックしても結果は健康そのもの。禄に疲労物質すら溜まっていない。尋常ではない怪力と治癒能力。ヒトとは思えない運動性能。
今日、彼の眼の前で起きた出来事は彼の蓄積したデータから一つの可能性を提示する。
“神兵”
それは、生産主体や目的によって様々な呼ばれ方がされていたが、総じて言えることはタンパク質、いや人間を材料にした工業製品。
受精卵の段階から目的のために最適な設計をされ、およそ自我が希薄であり、命じられるままに動くそれは、もはやデウスたち思考型AIからしても「ヒト」とは認識できなかった。そう定義されていなかったと言ってもいい。「ヒト」に造られたものとして工業製品としての親近感は持てるものの、存在の目的にはなり得ない。少なくとも彼は”神兵”についてはそう判断している。
だが、マキナは人間だ。
推論は、彼の判断はセンサーから得ている情報によって否定されている。遺伝パターンに一致しない部分が多すぎる。これでは“神兵”たりえない。
彼女は妙に自身があるかと思えば、急に落ち込んだり、何かしらのコンプレックスを持っているようには見受けられる。金銭や名声などの一般的な評価軸に固執している用で、都合によっては捨て去ることができる。一人前のハンターになると言っているが、その一人前のハンターの定義ははっきりしない。
これらから推測されるに彼女はまだ子供なのだろう。年齢相応ともいえる。
子供というのは人類の仕掛かり品だ。完成されてから出荷される“神兵”にはありえない。
そもそも現在地上に“神兵”を作る余裕があるとは思えない。その前にやるべきことはいくらでもあるし、それに思い至らないとも思えない。
「くあ」
デウスはマキナが寝返りをうつ僅かな間に、ここ数百年に間に彼が記録した地上のデータの振り返りを終えて、同様の結論にたどり着く。
「たまたまですかね」
彼は持ち主についての思索をそこで打ち切りにした。
人工知能である彼は、自身の行動の理由を考えたりしない。それは人間の仕事だ。そして、彼の持ち主は現在寝ている。つまり、人工知能である彼が独り言をつぶやく意味に思いをはせる者はいなかった。
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