第2話 害獣って言うけど、肉も皮も角も使えるし、骨や内臓だって欲しがるやつがいるんだから、犯罪者よりもよっぽど価値があるよな。
都市にはなんでもある。
人間は都市で生まれて都市で死ぬ。そういうことができるように設計されているらしい。
揺り籠から墓場まで、衣食住、全てが閉ざされた都市で完結できる。
だから本当なら外に用事なんてない。外に行くのは特別な用事にある人間か、都市で生きることが出来ない人間。アタシはそう思う。
そしてアタシは後者に当たる。
ソドム市街廃棄物集積場。
入って少し走った場所にデウスの寝蔵の一つがある。ぱっと見ちょっと開けているだけで辺りと大差ないが、あふれかえるゴミの中の蓋の一つを持ち上げると穴があいている。そこから降りるときっちりした部屋がある。市から捨てられた居住用ブロックの廃品を改造したらしい。広くはないが、床も固く、覗かれる心配もないからまさに隠れ家というのにぴったりだ。何より匂いがしない。アタシはちょいと鼻がいいのでとても助かる。
デウスは廃棄物集積場にいくつもこういった隠れ家を持っているらしい。アタシも市に割り当てられた部屋はあるが最低限のものだ。自分の部屋がいくつもあるのは羨ましいな。
その隠れ家に入り、挨拶もそこそこにアタシはデウスに胸を張って告げる。
「取ったぜ免許」
掲げるデバイスにきらめく機物扱い2級免許。
自分でいうのもなんだが頑張った。ほんとに。デウスの指導の元、3ヶ月は勉強漬けだった。犯罪者が出たら息抜きに狩ってたけど、それ以外は毎日勉強した。させられた、ともいう。
「おめでとうございます。貴方のスペックなら問題なくとれるとは思っていましたが、予想より早くて驚きました」
今日のデウスはいつもの子供型ではなく古びたサイバネをツギハギにしたバランスの悪いスタイルだった。型番も規格もバラバラなサイバネをくっつけて動かしているのは凄いけど、せめてメーカーくらいは揃えればいいと思う。こいつなりのこだわりがあるらしい。
「2回落ちたけどナ。すっげえ頑張ったよ」
正直最初の一月は全然覚えられなくて、試験もちんぷんかんぷんだったが、2ヶ月立つ頃は分かる問題と分からない問題の区別ができるようになり、試験も半分くらいは解ける様に有っていた。そして今月、相変わらず暗記は苦手だが、総合点が合格ラインだったので無事に免許が取れた。アタシは案外やればできるやつだったらしい。
……めちゃくちゃコイツに手伝って貰ったけどな。やっぱロボットってすごい。教えるのがうますぎる。
「取って終わりじゃあないですよ?更新もありますからね?2回目の時みたいに手続き忘れないでくださいね?」
「……分かってるよ」
アタシ以外のハンターの連中もみんな免許持ってて、毎年更新もしているんだよな。偉いな。見る目変わったわ。
「何にせよお疲れ様です。これがお望みのものですよ」
「おお」
片手で取り回しが聞くように切り詰められた大きさ、プラスチックで覆われた滑らかなデザイン。
見た目はまんまこないだの犯罪者が落とした……いやこれサイゼンの電磁銃だ。
湯座間のデザインはもっと角ばっていてセルメタルがむき出しになっている。
「え、なんで?湯座間のじゃなかった?なんでサイゼン?」
タダなのはありがたいが、これなら家の倉庫に転がってる。
「これはサイゼン製でも湯座間製でもありません。コンパチブルではありますが。あえて名付けるならサイザマですかね」
名前くっつけただけじゃん。
「ベースは確かに先日取得した湯座間製の銃ですが、あの銃そのままだと弾真っ直ぐに飛ぶか怪しいレベルでボロボロだったので、使えるパーツだけもらって、他はゴミ山からサルベージした銃器の残骸達に頑張ってもらいました」
他社の部品使って直したのか。器用なやつだ。
いや、まあ、湯座間とサイゼンならある程度互換あるだろうけど。
「サイゼンの伝導プラスチックは悪いものではありませんが、硬度に限界があります。湯座間は単純に加工の質がイマイチです。良いとこ取りがしようといじっていたら最終的にこうなりました。外見のデザインはサイゼンの物ですが、中身は別物です。ああ、都市の法律には引っかからないようにしたので大丈夫ですよ」
だいぶ無茶してないか?これ撃とうとしたら爆発したりしないよな?
「そこは心配ないですよ。ヒトに渡すものですからね。テストは万全です」
「ならいいや。おッ!」
思ったより重い!
こりゃまじでサイゼンの銃とは別物だな。都市の人間じゃ素手で持てないぞこれ。
あ、折り畳めない。
「プラスチックは外側だけで中はほとんど金属ですので。サイバネとリンク切ってトリガーメインにしたので、生身の貴方でも撃てますよ」
「おお、サンキュー」
「本当に拡張義肢はいらないんですか?用立てできますよ?」
「いいよ。アレは医療用だから、明確な目的外使用は駄目だ」
ルール違反になってしまう。銃器の改造はいいけどルール違反は駄目だ。
「正しいと思いますけど……まあいいです。それの弾は50mmの電磁ショック弾対応です。カートリッジは買いました?」
「持ってきた、持ってきた。買えるだけ買うつもりだったけど10ケースしか撃ってくれなかったわ。それでも結構高いし」
アタシは免許取ってすぐ買ったカートリッジを並べる。
ソドム市謹製電磁ショック弾(リサイクル品)。人も機械も強い電気を流せば止まるという分かりやすい理屈から作られた一品。ヒトに当てても(都市なら)死にはしないので、都市警察もギルドのハンターも、都市で銃持ってる奴は大体これ。(もちろん犯罪者も)
撃った弾を回収しないと高くつくのが難点。
「基本的にはソドム市内で銃弾なんて不要物資ですからね。生産規模自体が小さいんです。そりゃ高価格になりますよ」
「ハンターならみんな使うじゃん。必須だろ?」
「ハンターという職業自体が……、いえ、とにかく、弾はコストが高いので丁寧に使いましょうね。不用意に撃つと収支に響きます」
「収支か~、今までほとんどタダだったもんな。そういう意味ではコイツ優秀だなあ」
コイルガンは弾は何でもいいし、充電だってタダみたいなもんだから、犯罪者とっ捕まえて得た収入はそのままアタシの懐に入っていた。
折半しようとしても、デウスは「機械がお金持つとか意味わかんないですね」とかいって受け取ろうとしないんだよな。
「生身の人間相手ならコイルガンで必要十分、だったんですが、最近は皆さんスーツ来てますからね、威力の高い銃を持っておくのはアリだと思いますよ」
「害獣は何処までいける?」
今日の本題はこっち。人間の犯罪者を追うのは本来警察の仕事だ。
ハンターの本命はやはり害獣だろう。
「……害獣狩るなら金属弾頭の弾を使うべきです。害獣を狙うならまだ準備が足りていないと思います」
「そうそう、金属弾。行った店じゃあ売ってなかったんだよ。何処で売ってるかも教えてくれねえし」
「生産ラインも扱う免許も違いますからね。多分値段見てびっくりしますよ」
そう言ってデウスはソドム市内の店の場所やら値段を書いてくれる。
東の方か、あんま行きたくは……
「これマジ?」
「僕は嘘つけません。マジです。念を入れて調べましたが、先週時点のソドム市での定価がそれです」
値段がとんでもねえ。
電磁ショック弾がアタシのバイト代だとしたら、こっちは親父の月収だ。
これじゃ兎や羊、たとえ鹿を狩っても赤字だろ。アタシの知る限り一番の害獣である牛や猪でないと割にあわない。
「これ、サブスクだったりしない?払ったら使い放題とか」
「30発でその値段です」
1発で数日分の食費が消えるわけか。とんでもねえな。
「……金属弾はもうちょっと稼いでからにするわ」
「賢明だと思います。害獣駆除の理念は素敵ですが、喫緊の問題ではありません。無理はしないほうが良いです」
買ったとしても高すぎて撃つのがもったいなく感じてしまう。沢山稼げばそのへんの感覚も変わるだろうか。
「とりあえずしばらくは電磁ショック弾だな。初めは兎辺りからかな?」
「僕の話聞いてました!?」
「聞いてたつもりだけど……全部覚えているかと言われると自信ないな」
暗記は苦手だ。一言一句全部はとても言えない。
「電磁ショック弾で害獣駆除は無茶です。害獣の駆除は重要ですが、ソドム市がある以上、ハンター個々が命を掛けるほどの必要性は薄いと思います。最低でも金属弾を用意するべきです」
無茶、か。無理、ではないあたり嘘がつけないってのは本当だろう。
「害獣角に当てればいいんだろ?」
「……よくご存知で」
「まあね」
勉強したからね。取り扱い免許2級なものでね。
「……確かに害獣角に直撃すれば電磁ショック弾でも駆除は可能です。電磁ショック弾の射程じゃ害獣に認識されます。動標的を撃つ難しさ分かってますか?兎ってハームラビットですよね?アレ時速80km以上でますよ?電磁ショック弾で害獣を狩りに行くべきではない理由があと100以上あるんですけど言っていいですか?」
駄目だよ。やらない理由が幾つあろうが、やるべき理由があるんだから。
「ハンターといえば害獣退治だろ」
犯罪者なんてそんなに都合よく現れないし、捕らえても大して稼げない。
その点、害獣は都市の外にいけばいつでも狩れるし、種類だっていろいろだ。
害獣が狩れるならハンターとして食いっぱぐれることはない。一人前だ。
なによりやりがいがある。
「報酬もリスクに見合っているとは思えません」
「んなことはないだろ。害獣角は結構な値段で売れる。一番小さい兎だって、安定して狩れるならそれだけで食っていける」
「命をかけて金を稼ぐなんて旧世界でも時代遅れでしたよ?命あっての物種です」
「命はかけるためにあるんだぜ?」
命は使うもの、そう昔の人も言っていたらしい。
こればっかりは都市だろうがアウターだろうが、ハンターだろうが職人だろうが関係ない。生きてる以上皆命をかけている。どうせかけるなら好きなこと、向いていることがいい。
アタシはハンターが向いている。それだけだ。
「害獣を狩るという志は素晴らしいことです。ならば、どうでしょう。害獣を仕留めるのは僕がやります。狩る獲物をマキナさんが決めて、僕が仕留めるというのは、今の犯罪者と同じ形です」
「お前に狩らせてもアタシの手柄じゃないだろ。手伝いは欲しいけど害獣の狩りはアタシがやるよ。前に話したろ?」
犯罪者はつなぎで、ゆくゆくは害獣、もしけたら機獣。アタシらの目標は高いのだ。
「~~!!!銃だけでなく防具も含めてもっと装備を整えてからの方が絶対によいですよ。それこそ安定した狩りには相応の装備が必要です」
「装備の更新はいると思うけど、まずは稼がないとそれも無理だろ。良いスーツは弾なんか目じゃないくらい高いしな。順序が逆だよ。稼いでから狩ろうとするんじゃ時間がいくら有ってもお足りない。とにかくアタシは害獣が狩りたい。コレならそれが出来る、だろ?」
コイルガンじゃ心許無かったがこいつなら十分狩りができる。別にアタシのスーツだってそんな安物じゃあない。それに多少の傷は都市に帰れば治してもらえるしな。
「……提案があります。貴女が理性的な判断をしているのか確かめませんか?」
ロボットってそんなまずいもん食ったような顔するんだな。都市のは皆笑顔だから、知らなかった。うける。
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