紅髪のマキナと無貌のデウス
蘆花
第1話 第一話 仕事にはやりがいを求めるタイプなんだが、まあとりあえず出来ることやって稼ぐってのは大事だ
ソドム市郊外廃棄物集積場。
人口100万人を超えるソドム市とその周辺からは毎日あらゆる種類のゴミが排出される。
少しでも価値が残っているなら再利用されるソドム市において「割に合わない」と評された無価値なゴミが無造作に打ち捨てられ山になっている。
あたり一面うず高く積まれたスクラップだらけの地の底に、太陽の光は届かない。
こんな真っ暗なゴミの山に用があるのは、たいていまともではない。
都市に居られなくなった犯罪者とそれ追うハンター、後はせいぜいがスクラッパーくらいなものだ。
「クソクソクソ、糞が」
眼の前でなにやらわめきながらモタモタ走っているのは馬鹿の犯罪者で、その後ろ20m位を普通に歩いているのがハンターのアタシ。
「マキナさん。分かれ道の左が行き止まりなのでそっちに追い込んでください」
「ハイハイ」
インカム越しに指示出してるのが自称ハイテクAIのデウス。アタシの相棒。ホントはもっと長い名前らしいが、デウスと呼ばれたいらしいからそう呼んでる。
獲物が分かれ道に差し掛かろうとしたところで、あたしは愛用のコイルガンを取り出して、そこらに落ちてた金属片をセットする。逃げる犯罪者の背中ではなく、右手を掠めるように打ち込んでやると慌てて左の道に逃げていく。
「okです。後はどう逃げても行き止まりなのでのんびり行きましょう」
ここは100万を超える人口から生まれ続けるゴミが作り出した魔境だ。わかってねえやつが下手に迷い込むと簡単に遭難する。
というかすーぐゴミが増えたり、崩れたりするので昨日までの道が簡単に使えなくなる。
「なあ。もう、これ直接撃ったほうが早くないか?」
逃げる犯罪者の背中を見ながらダメ元で聞いてみる。アタシは早く帰りたい。
「だめですよ。マキナさん。犯罪者は生け捕りが基本と言っていましたよね?コイルガンでも危険です。それに窮鼠猫を噛むという言葉があります。向こうも銃を持っていますからね」
「へいへい」
やっぱ、だめか。
だが、あたしは賢いのでロボットと口喧嘩するような無駄なことはしない。
こいつが拗ねるとアタシも帰れなくなるし。
あんなヤツ殺す気はないが、死ぬかどうかは向こう次第だからな。
銃が駄目ならぶん殴るのはどうだろうか?
「目的地まで後どれくらい?」
「彼次第ですけど、最短15分、最大2時間ってところですね」
幅広いな。ってか2時間は普通に嫌だ。
「あんま奥行かれても面倒だ。最短で行こうぜ」
「じゃあ、右、右、真っ直ぐ、右ですね」
「ほいほい」
言う通りに犯罪者の逃げ道を誘導していたら、行き止まりにたどり着く。ようやく目的地ってわけだ。
アタシの仕事はここまで。
犯罪者は息も絶え絶え。こりゃどのルートでもそんなに時間かからなかったかもな。
急に眼の前に現れた壁に犯罪者は止まろうとして、デウス製の罠にかかる。
単純な足搦みの罠だが、単純だから抜け出せない。
「てめえら、俺が誰だかわかってんのか!組が黙ってねえぞ」
逃げられないことを悟った馬鹿が早口でまくしたてる。
カッコつけるなら追い詰められる前にやれよ。
お前のこと?知ってるよ。
ケチな仕事してりゃあいいのに殺人までやったせいで懸賞かけられた大馬鹿。
だから今からアタシ等に狩られる、以上。
お前の説明なんかそれで全部だ。
「こいつが動けばてめえらみてえな糞ガキ共、……なんで動かねえ!」
左手に添えられた最近流行りの機能拡張義肢、通称サイバネを叩きながら男はわめき続ける。
電磁パルス弾で基盤焼かれたサイバネが叩きゃ治ると思ってるのか?
機能停止したサイバネはパワーアシストも切れているので、でかくて邪魔なだけだ。
それ捨ててりゃもう少し走れたんじゃねえの?
「おい、目的は金か?見逃してくれたら俺の賞金の倍、いや3倍払う。俺の組織は評議会にも顔が効くんだ。でかいの、お前もゴモラの民だろ?」
犯罪者の顔が怯えたような、甘えるような表情に変わる。
組織云々に興味はないが、たとえ本当でもギルドに懸賞金掛けられる時点で組織からは見捨てられてるだろうに必死だな。まあ、最後のあがきを醜悪だと思うか、真剣だと思うかは個人の感想だからどうでもいい。
だが、その後の言葉はちょいと聞き捨てならない。
「アタシはソドム市民だよ」
これはどうでも良くない。アタシとお前は違う。都市生まれ、都市育ちのシティガールってやつだ。
「糞!小さいの、4倍、いや、5倍は払うぞ!」
こいつデウスに交渉しかけてるよ。アタシの真似してマスクを付けているとはいえ、アウターの奴ら人とロボの見分けもつかないのか。
笑うんだが。
「おい、言われてるぜ。小さいの」
「僕の存在規模は世界一ですけどね。でも、判断は貴方に任せてます。どうします?賞金の5倍の金額くれるらしいですよ。ちょっとした小金持ちになれるんじゃないですか?」
小馬鹿にするようにデウスが聞いてくる。
聞くまでも無いことを聞いてくるのはデウスの癖だ。「黙認」を認めると大変なことになるので毎回確認するようにしている、とか言っていたがイマイチ意味はわからない。でも、アタシはこいつとの会話は嫌いではない。変わったロボだと思うがけど。
「そうだな。悩むなあ。でも、それやったらアタシが逮捕されるよな?」
「指名手配者への利益供与なので、ソドム市、ゴモラ市どちらの法律にもひっかかりますねえ」
「んじゃ、逮捕だな」
「了解です」
結論はすぐに出る。だいたい犯罪者から金もらって何の意味がある?何が嬉しいんだ?金は正しく稼ぐから偉いんだろ?
「なめやがって!」
逃げられないと悟った馬鹿がやっと改造銃を向けてくる。時間かかりすぎだろ。
違法サイバネに改造銃。馬鹿の基本装備だ。
改造銃はサイバネとセットで扱うことを前提とした設計で重く、大きい。
そもそも対害獣用の製品で人に向けるためのものじゃあない。
確かに当たればどんな人間も一発だろう。
わあ怖い。
繰り返しだが、改造銃はサイバネで扱うことを前提としている。
いくら両手で持とうが鍛えてない人間が素手で扱えるものじゃあない。
こちらに向けられた銃口はブルブルと震え、持っているのも辛そうだ。
というかそれ湯座間の対機獣用ヘヴィバレルじゃねえか。よく見つけたな。
引き金も引けないだろそれ?なんでそんなの買ったんだよ……
サイゼンのサイバネつけてんだからサイゼンの銃使えよ。
「おい、もういいだろ?さっさと終わらせようぜ」
「ですね」
アタシは追い込み役、刈り取るのはアイツ。不満はあるが人間相手にはそういう役割分担。
「ゴウマさん」
「ああ?なんで俺の名前」
アタシにはどうでも良いことだが、犯罪者にも名前はある。
デウスはそういうのを大事にしている。
「貴方には強盗殺人および窃盗、その他複数の容疑が掛けられています」
「はあ?」
これは毎回やっている儀式みたいなものだ。言うまでもないことをあいつは言う。
「銃を下ろしてください。繰り返します。貴方には」
「うるせえんだよ糞餓鬼!」
殴ってくれと言わんばかりにのこのこと近づいたデウスは目論見通りに殴られる。
デウスはその程度では微動だにしない。
アイツあの見た目で重いんだよなあ。
殴った馬鹿の腕に関節が増えている。
素人がやってもああはならない。
それなりの力では殴っているらしい。やるねえ。
今日始めて犯罪者に感心した。
悲鳴を上げる犯罪者を無視して、殴られたデウスはにこやかな笑顔のままに今までとは全く違う音で告げる。
【自己防衛システム】
一瞬だけアイツの体が光ると犯罪者のおっさんは受け身も取らずにぶっ倒れた。
ありゃ痛いそうだ。意識ないだろうけど。
「それじゃあ持って帰りましょうか」
動かなくなった犯罪者を罠から外して、適当に持ちやすいように縛り上げて、肩に担ぐ。
これで一丁あがり。後はこいつをギルドまで持ち帰れば、そこそこの金がもらえる。
なんとも簡単でなんとも味気ない。とても『狩り』とは言えないが、アイツに言わせると『仕事で金を稼ぐ』っていうのは得てしてこういうものらしい。
アタシも大人になったってことだ。
「別に毎回罠まで追い込まなくてもよくないか?もっと早く、それこそ見つけたらすぐさっきの出来ないのか?」
「こちら側の事情で悪いんですけど、僕の仕組み的に、攻撃は出来ないんですよ。なので毎回、手を出してもらってから反撃という手順を踏んでいるんですね。窮鼠猫を噛むという言葉があります。弱いものでも追い詰められたら反撃してくるという意味ですが、つまりは相手に向こうから手を出させるために罠にはまるまで追い込む必要があるんですね」
キュウソネコがなんだかはわからないが噛むとなんか起こるのだろう。食べ物だろうか?反撃する気になる食べ物か。覚えとこう。
「ロボットは大変だな」
「人間も大変ですよ」
そうかな?そうかも。そうだな。
「このコイルガンもうちょい威力上がらないのか?」
「いや貴方、既に自分で限界までいじっちゃってるじゃないですか。連射性能から、弾の形状、影響範囲まで計算しつくしたベストバランスを崩して威力を追求しちゃって。それ元々はショットガンですからね?」
あんな威力じゃあ銃なんて呼べねえ。
「とにかくそのサイズじゃあそれが限度ですよ。それ以上やろうとしたら撃つ前にぶっ壊れますからね。もう直しませんからね?」
知ってる。こいつ二代目だもんな。
アタシはロボットが拗ねるなんて知らなかったよ。
「こいつはこいつで便利だけどさ、ちょっと装備いいやつには刺さらんだろ?」
最近の犯罪者はスーツやサイバネなんかの都市から流れてきた装備で武装している場合がある。
「それが通じないレベルの装備持ったやつは犯罪なんてしませんよ。割に会いません」
「人間をわかってないなあ。割なんて合わなくてもやつ奴はやるよ。」
アタシらそんなのばっかり狩ってるだろ。情けない話だ。早く害獣を狩りに行きたい。
「人類の愚かさは誰より知ってますよ。僕は多目的AIですよ?現存する記憶媒体で僕より人間に詳しいやつなんてまず居ません」
「そうそう、お前の知ってる通り人間は馬鹿なんだ。だから強い銃が欲しいんだよ」
「……今の銃とサイズ変わっていいですか?」
ちょろい。
「全然ok。アタシ的には銃ってもっとデカくて重いもんだし」
「じゃあもうちょい大型の作ってみます。ちょうど材料もありますしね」
そう言ってデウスは犯罪者の使っていた改造銃をつまみ上げる。
湯座間の単発式か。悪くない。たぶんアタシなら扱えるし、目標を考えると結構いい代物なんだが……
まあ、銃なんて家族には見せんか。いいか。湯座間の製品使ってみたかったし。
「随分と微妙な改造されているのでバラして組み直しですね。あ、免許取っといてくださいね。こっちはともかく、都市の方は誤魔化せませんから」
……それがあったか
たしか免許ないとカートリッジ買えないよな。家から持ち出すわけにも行かんし。
「……なんとかするわ」
「正規で取ってくださいね?免許は中央管理なのでごまかすの面倒なんですから」
「あ~、頑張る」
アタシ勉強できないからハンターになったのになあ。
「まあ、銃の改造はやっておきますので免許取れたら教えてください。大型の電磁銃なので機物扱い第二種免許ですね。大丈夫です。免許なんて所詮取らせることを前提に作られた区分です。イージーですよ」
なんでこいつは都市に入ったこと無いのにアタシよりも都市の法律に詳しいんだろうか?ロボットってやっぱ凄いな。
だべっている間に目的地につく。
「それでは今日はお疲れ様でした」
「ああ。またな」
都市と廃棄物集積場の中間地点。
あいつはここよりこっちには来ない。
なんでかは知らない。アタシはあいつのことは全然知らない。
あいつだってアタシの事は全然知らない。知っているかもしれないけど特に触れてこない。
「はい。また会いましょう」
あいつは笑顔のまま集積場に戻っていく。
アタシはそのまま都市に向かう。
なんとなく荷物が重くなった気がした。
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