23‐2「瓶詰めの妥協案」

 その夜、PGO本部九階の会議室Yにて幹部会議が開かれた。長官、真壁副長官をはじめとした重役が揃う会議室は会議前からざわついていた。心は会議室前方の端に緊張した面持ちで、居心地悪そうに立っていた。すぐ前の席に座っている松本は足が床に張り付いて動かない心に声を掛けた。



 「舜、舜!」


 「松本さん……!」


 「まあ、そんなに緊張するな。裁判じゃないんだ。ただ、ちょっとばかり小突かれるかもしれんが……」



 松本は気まずそうに頭をかいた。すぐに照明が消え、真壁副長官が会議を開始した。長官は前の長テーブルに座している。



 「お忙しい中、急遽お集まりいただきありがとうございます。皆さんもすでに聞き及んでおられるかもしれませんが、昨晩のある任務で『白のパージャー』が出現しました」



 一気に部屋中のざわめきと視線が心に集まるのを感じて、心は背筋を伸ばした。



 「白のパージ能力を発現させたのは、心舜、十七歳。PGO執行局執行部赤の派閥所属。彼はこれまでパージ能力を持ちませんでしたが、昨晩沖縄での任務で交戦中、何らかの要因で、パージャーに変化したと思われます」



 真壁が話す間、幹部たちはそれぞれの気持ちが顔に出ていた。長官は両肘をついて凛々しい顔つきのまま、杵淵執行局長は資料を睨んでいた。対して松本と癒波叶は心配げに心を見守り、叶の隣にいる癒波望は興味なさげにしていた。そして宗崎京香、魄崇は一瞬たりとも見逃すまいと神経を尖らせていた。ざわつきがおさまらない中、長官が立ち上がった。



 「今日の会議は、彼、心舜の処遇と白のパージ能力に関する知見の共有を目的としている。真壁君」


 「はい」



 真壁が前のスクリーンに写真を映し出した。そこにはボーイッシュな女性と冴えない初老、そして若かりし頃の癒波望がいた。



 「PGOでは、特殊な能力を持つ強力なパージャーが管轄に縛られず活動できるよう、A級の上にP級を設けていますが、現在のP級は癒波パージャーが引退されたので二人になりました」



 癒波叶は母親の反応が気になって隣を見ると、望はあまりの無関心さに腕を組んで寝息を立てていた。



 「かー……かー……」


 「ふえぇ!起きてお母さま!」



 叶は声を抑えつつ、望を揺すった。



 「心舜に対しても、P級昇格を提案いたします。賛成の方は挙手を」



 ほとんど全員の手が上がった。



 「過半数に達しましたので、可決となります。次に――」



 真壁が次の議題に移ろうとしたとき、まだ一人手を挙げ続けているのが見えた。魄崇氏は真壁に呼ばれるまで手を下さなかった。



 「何でしょうか?」


 「P級はだいだいみな無所属じゃ。これも効率的な活動のための方針。よって心舜をP級に昇級させたうえで、赤の派閥離脱を求める」


 

 心は「えっ!」と驚きの声を上げ、松本は内心「そら来たっ!」と額に汗をにじませた。真壁が何か言う前に、日浦人事局局長が発言した。狐のような顔がいつもより意地悪い。



 「それは、崇氏の私情込みなんじゃないんですか?白のパージャーはもともと守霊教の伝説な訳ですし――」


 「昨日までは、じゃ」



話を遮られた日浦人事局長はあからさまに苛立ちを見せた。



 「だけど、赤の派閥を抜けた後上手いこと引き込もうだ、とか?」



 崇は落ち着きつつも、日浦人事局局長を睨んだ。



 「突っかかりすぎですよ、日浦局長。ですが一理ある。私は望パージャーの意見を伺いたい」



 全員誘われるように癒波望を振り返ったが、相変わらず首がコテンと落ちていた。



 「はわー!すみません、すみません!」



 慌てて謝る叶を見て、長官は少々まいったといったため息を吐いた。



 「うむ、松本君。君はどう思う?」



 「まだ舜はパージャーとしては未熟です!訓練を積むためにも、所属は変えるべきではないかと!」



 松本は立ち上がって訴えた。



 「あの!」



 心が急に大声をあげたので、全員が部屋前方の端に注意をやった。



 「僕は、松本さんについていきたいんです!勝手なことを言っているのは分かっています!でも、お願いします!」



 心が90度頭を下げた。松本は心の必死さに多少驚かされた。



 「長官」と真壁が長官に結論を促した。長官は組んでいた腕を外して静かに述べた。



 「いいだろう」



 心はほっと肩を下すが、長官がまた口を開いた。



 「だが、心君の意志を受け入れたわけではない。いずれ心にはほかのP級同様、単独で任務についてもらうことになる。だが松本君の言う通り、確かに訓練期間が必要だ。メンターもそれまでから知っている人がついた方がいいだろう」


 

 心はパッと笑顔になった。



 「では、心舜のP級昇格、赤の派閥在籍を決定いたします。それでは、もう一つの議題に入ります」



 真壁がスクリーンに別の画面を映し出すと、沈黙が訪れ部屋に緊張が走った。



 「白のパージャーについて、わかっていることを話していただけますか」



 心は再び部屋中の注目の的となった。


*―*―*―*


一方、一条の部屋には一条、日根野、佑心が集まっていた。すでに日根野はサテンのパジャマに身を包み床に座っていた。一条は椅子に腰かけ、佑心は部屋を何となく歩き回っていた。



 「やっぱりそうとしか考えられないだろ」


 「佑心も晴瑠さんも見たっていうなら、本当なんでしょうね……」



 日根野が大きく頷いた。



 「うん!あれは間違いなくPGOの!私の戦った人が使っていたのは、青のパージ能力を使った爆弾だったと思う」



 佑心も同意した。



 「俺の敵もそうでした」


「情報局の人がスパイ容疑で捕まってから、組織内にまだスパイがいるって上は考えていたみたいよ。残念ながら、当たりみたいね。二人とも、見覚えのあるパージ能力だったってことはないですか?」



 佑心と日根野が同時に首をかしげた。



 「えっと、つまり、PGOの爆弾が横流しされているなら、爆弾に使われているパージ能力はPGOのパージャーの誰かから提供されたもののはずでしょう?誰のパージ能力かわかれば、盗まれたルートも分かるかも」



 佑心と日根野は納得して手を打った。二人は自分の敵が使ったパージ能力をなるべく正確に思いだそうと頭を捻った。



 「青の派閥にそんなに知り合いはいないけど、奏海のじゃなかったと思うよ」


 「それでいうと、川副でもない」


 「青の派閥全員のパージ能力と照らし合わせるなんて無理だし、探し出すのは骨みたいね。私もあと数人としか任務についたことないし」



 みんなが考え込むが、ふと佑心が思い出したように言った。



 「それから、もう一つ気になることがありました……」


 「何?」


 「一条は覚えてないと思うけど……」


 「ん?」



一条は記憶力をけなされた気がしてもやっとした。



 「最初に俺たちに向かってきたパージャーが――『俺らを追ってこんなとこまで来たんだろ』――って言ってた……まるで俺たちを待っていたみたいな言い方だ。それに実力もそれまでの被害状況と合致しない。強すぎる」


 「何が言いたいの?」



 一条は訝しげに立ち上がった。日根野は二人を交互に見つめていたが、やがて声を上げた。



 「ああ!そういえば――『パージャーは全員殺せと言われている』って……」


 「っまさか、佑心!」



 佑心が静かに頷いた。



 「実際あいつらは俺たちを待っていたんだ。あの任務自体、PGOのパージャーを誘い出すためのものだった……」



 全員が黙り、息を飲んだ。



 「これもスパイのせいなんじゃないの!?は、早く上に報告しなくちゃ!」


 「待ってください日根野さん。だったらなおさら誰が信用できるか見極めないと……」


 「だったら、まずは松本さんに言うのが一番じゃない?」

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