24-1「白の悟性」

 崇は前に出るなり、力強く演説するように話を始めた。スクリーンには昔の宗教画風のイラストが映し出された。



 「白のパージャーは元来古代に存在した司祭が持つ至高のパージ能力じゃ。守霊教はその力が存在すると信じてきた。力は遺伝すると伝えられ、その者は強力なパージ能力、卓越したゴースト探索能力を持っている。ただし、白のパージャーは他のパージ能力を目にすることができない。どこまでが真実かはわしにも分らんがな」



 崇は続きを促すように、横目に心を見た。



 「今のは本当だと思います。僕は今までパージ能力が見えていませんでしたが、能力の発現後もそれは変わりませんでした。遺伝についても、祖父に聞いたので間違いないと思います」



 長官が口をはさんだ。



 「それからもうひとつ重要な報告を受けた。損傷した腕が、再生したと……」



 仰々しい口ぶりに煽られるように、幹部の間にざわめきが広がった。心は額に汗を滲ませて唾を飲み込んだ。



 「はい……はっきりやり方が分かっているわけではないです。ただ、再生したんです」



 心の表情は固く、シャツに汗が染み込んだ。



 「素晴らしい!治癒能力に代償はあるんですか!?」

 「他人の傷も治せるんですか!?」

 「一刻も早く、解明して技術を普及しなければ!」


 「あ、いえ、だから、僕も分からなくて……」



 怒涛の質問に、心は困って目を泳がせる。松本の助け舟が出された。



 「待ってください!白のパージ能力は素晴らしいですが、同時に危険にもなり得ます。報告によれば、うちのパージャーが一人、舜の能力にあてられて気絶したようで……」


 「だとしても、それは心パージャーがまだ制御するに至っていないからでは?」


 「パージャーの人手不足は、任務の複雑化と少子化に伴って、急速に悪化しています。もし治癒能力のメソッドが確立されれば、それも解消されるでしょう」



 日浦人事局局長、倉内情報局局長の発言を皮切りに、またわっと議論が巻き起こった。


*─*─*─*─*


 心は会議室の重厚な扉を押し開けた。廊下の空気をすうと同時にどっと疲れが出た。さっきまでの部屋の空気の重さのせいで肩こりまで感じた。扉が静かに閉まると同時に大きなため息を吐いた。



 「はあぁーー……」



 真っ白な廊下を歩きながら、心はある秘密を胸に曇らせた。自分にとくと言い聞かせる。



 (あのことは秘密にしておかないと……皆を守るためなら、僕の命も――)


*─*─*─*─*


 十二時などとっくに過ぎた頃。デスクの上でこくこくと頭を揺らす佑心は廊下に足音を聞いた。おもむろに首を起こし扉を開けると、心が自室の前でカードキーをかざしているところだった。



 「おお、お疲れ。遅かったな」


 「会議がかなり長引いちゃって。でも幹部の人たちはまだやってるよ。多分、例のスパイの件で忙しいんだと思うな」



 心は肩をすくめた。



 「ああ、そうだ。お前が会議で遅くなるかもと思って、一応飯買っといたけどいる?舜、自炊しないだろ?」



 佑心の声に被せて、心のお腹が大きく返事した。

*─*─*─*─*


 佑心と心はぶらぶらと寮の共同ホールまで散歩した。心は何時間ぶりかの温かい食事を前にして顔全体が蕩けた。湯気をとじこめる弁当の蓋に手をかけるが、何か思い立ってまた蓋を置いた。佑心は隣で何をするわけでもなく座っていたが、不思議に思って顔を上げた。



 「?」


 「いつ佑心に話そうかタイミング掴めなかったんだけど……」


 「なんだよ、さっさと言えよ」



 佑心は身体ごと心に向き直った。



 「う、うん……」


 「俺になら気使わなくていい。ってか隠される方がきつい」



 たんたんと告げる佑心の言葉に嘘はない。心も分かっていたからこそ、ズボンに皺ができるほど拳を強く握った。時計の針の音だけが聞こえる。



 「……僕、人の魂の残量がなんとなく見えるようになったんだ」


 「へえ、すげーな……」



 佑心は純粋に驚嘆の声を上げたが、心がまだか緊張しているのを見て首を傾げた。



 「それで、沖縄にいたとき、気づいた。佑心、君の魂の量に……」


 「?俺の魂の量?」



 佑心はなにか嫌な予感を持って心を見つめる。時計の音も耳には入らない。



 「うん。佑心、他に言葉が見つからないからはっきり言うけど、君は……















憑依体、だと思う……」


「……は」



 驚嘆とも嘲りとも取れるような一音。二人とも瞬きすらせず、再び時計が時を刻み始めた。共同ホールの時計の中心が鷹の目のように光った。

*─*─*─*─*


 同じく深夜。PGO内で行動しているのは、佑心と心だけではなかった。閑静な本部のエレベーターが一つ稼働する。一条はある呼び出しに出向いていた。



 (一介の職員がPGOの長官と直接会うなんてことはそうない。松本さんとか幹部クラスなら話は別だけど。

 なぜ呼ばれたのか、予想はついてる)



 十一階に到着すると、携帯の画面をつけて時間の確認をする。02:31。

 一条は一息吐いてから、長官室の扉をノックした。



 「一条希和です。失礼します」



 一条はノブに手をかけた。

*─*─*─*─*


 夜が明けたころ、長官室の扉を開けたのは別の人物だった。長官はデスクに座して待ち構え、空間に重さを与えている。部屋の中央に進むこともはばかられ、扉付近で日根野と心は直立していた。最後に扉を閉めた佑心はその重さなど我関せず、まっすぐPGO長官に目を向けた。長官がリモコンを天井に向けると、いくつかある防犯カメラが一斉に目を閉じた。



 「松本君から聞いた。しばらくの懸念事項であるPGO内のスパイについてだ。先の沖縄戦でPGOの技術が使わていたとな。由々しき事態、想像以上の大物が裏切りものである可能性が出てきてしまった」



 心は話を聞きながらも、表情を変えない佑心をちらちらと案じた。昨日の今日では心の整理もついていないのだろうと容易に想像できるからだ。

 昨夜、例の告白をした心と佑心の間にはなにもしない時間がただ流れた。既に弁当は冷めきっていて、蓋の結露が白米を濡らしていた。。



 「つまり、君の中には二人分の魂があるんだ」


 「でも憑依体化はしていない!」



 佑心は心を突き放すように語気を荒げた。



 「それは僕にもなぜだか分からないけど……」



 佑心は無意識に自分の心臓あたりを掴んでいた。



 「とにかく、今は僕らの間だけにとどめておこう。その方が佑心に――」



 冷や汗をかいていた佑心だが、さらに顔を青くして突然口元に手を当てた。目の前の景色が回り始め、平衡感覚を失う。自分の中に誰かいる。その気持ち悪さに椅子から崩れ落ちると、心は支えに入った。



 「佑心っ!」

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PURGER 笹倉 千可 @srzensky

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