22‐1「才能の開花」
風の吹く崖上。佑心は掴んでいた細身の女の身体をぼとりとその場に落として背を向けた。その拳は真っ赤な余韻を残して固く握られていた。
*―*―*―*
一条は圧倒的なパージ能力による身体強化で自分の二回りも大きい相手を蹴り飛ばした。男は腕でガードするも大きく後退した。
(クッソ!身体強化に限界がないのか、こいつはっ!!)
「でかい図体、全然役に立たないのね?」
一条は半笑いでそう飛ばした。桃色のパージ能力を貯めてまっすぐ男を狙う。
「さすが、強いな。俺はお前に勝てん。」
「は?」
「だが、全員が全員お前ほどじゃないだろう!」
敵は急に方向を変えて、明後日の方角に文字通り飛んで行った。一条は「はっ!?」と拍子抜けした声が出たが、すぐに嫌な考えが浮かんだ。
「くそ、待て!」
*―*―*―*
佑心は一条が大男を追いかけていくのを視界に入れつつ、砂浜に突き刺さるように降り立つと砂が同心円状に舞い上がった。光と景に囲まれて未だにうずくまる舜の方を見て険しい表情を浮かべた。
「舜……」
姉の景が自分のTシャツを心の腕に巻き付けて縛った。その手は震えていた。光は光で泣きながら心の背中にしがみついていた。
「敵は一条さんたちが何とかしてくれてるから。舜、頑張ってっ!」
佑心が駆けてきたのに気づいて景が見上げた。
「あ、らた君……」
佑心は無言で、辛そうな目を舜に向けた。舜には何か声をかける元気はない。
「景さん、これを」
佑心は右の懐からターコイズ色の綺麗な透明のボールを取り出し景に差し出す。
「恐らくやつらの仲間はまだいて、これから来ると思います。見えないと思いますが、これを自分たちの足元で破裂させると、球状に簡易的なバリアが張れます。当分はそれで持つはずなので」
景が戸惑いつつも大人しくそれを受け取ると、佑心は立ち上がって背を向けた。
「僕は日根野さんたちの応援に行きます。舜、絶対諦めるなよ」
佑心はそれだけ行って飛んでいった。心は俯いたまま唇を噛んでいた。
「分かってる、けどっ……!」
(目を覚ませ!)
また脳に木霊する。
(確かに、何か違うんだ……でもそんなこと、僕にできるわけっ……!)
相変わらず舜を心配する景は、物音がした道の奥を振り返り、手元の見えないボールを握りしめた。
「光、目閉じてて」
それを地面にたたきつけると、一瞬で直系二メートルほどのパージ能力の球に覆われた。景は恐る恐る目を開けたが、何の変化も見つけられなかった。
「今、何したの?お姉ちゃん?」
「わ、分かんない……言われた通りにしたけど……」
二人が不安そうな顔をしていると、舜が口を開いた。
「っ、いい。これで大丈夫、だよっ……」
「舜っ!」
敵が一人銃を持ってこちらに向けていた。一発放たれた瞬間、光と景が悲鳴を上げた。しかしその銃弾はバリアに阻まれてぽとりと落ちてしまった。
「うそ……」
「見えないけど、僕らは今強力な力で守られてる……普通の攻撃は届かないよっ……」
銃を持つ人の後ろから怪しげな黒マスクの青年が現れた。
(まあ、相手がパージャーなら話は変わってくるってわけだけど……くそっ……)
*―*―*―*
青年はバリアに執拗にパージ能力をぶつけていく。周りの非パージャーは銃を構えてとにかく乱打していた。
「いつまでもは持たないでしょ!」
そのうちの一撃がバリアに強く当たり、そこからひびが入った。
「っ!」
心は光を片手で抱きしめた。入ったひびを見て歯を焦りだけが募っていく。
(やっぱり。いくら強力な組織の技術とはいえ、永遠にパージ能力の攻撃に耐えられるわけがないっ!佑心だって分かってて僕にこの場を預けたはずだ!でも僕にはパージ能力なんて使えな……)
(目を覚ませ!いつになれば気づく?先刻のお前はどうやって憑依体をパージしたのだ?目を覚ませ!)
舜の頭に響いた声。途端、舜の目にパチと白い光が走った。
*―*―*―*
憑依体となった祖父を抱きかかえた時、舜は祖父と共に精神世界であることを話していた。
「ここは、恐らくお前の世界だ、舜」
「え?僕の、世界?じゃあ、ここにいるおじいちゃんとゴーストは僕の想像?」
心は想像して泣きそうな顔になった。
「そうでもないんじゃないか。お前が私と彼を引き込んだ、とか」
「?」
「私のせいだな。もっと早く話しておけば良かったと思っている」
「おじいちゃん、何……」
「心、お前は――白のパージャーだ。」
心は大きく目を見開いた。
「僕が?パージャー?ははっ、そんなわけないよ。大体白のパージャーなんて、き、聞いたことないし……」
驚きと戸惑いから乾いた笑いしか出なかった。
「それは私が隠していたからだ……」
「な、なんで……」
祖父は心の手に自分の手を重ねた。
「白のパージャーは遺伝だ。心の家系以外からは出現しない。元は太古のある司祭が有していたとされている、いわば伝説のパージ能力だ」
「伝説……僕らの家が?」
祖父はゆっくりと頷いた。
「一部の、特に守霊教のパージャーはその伝説を知っている者もおるだろうな」
「でもでも、おかしくない?うちの家族は僕以外誰もゴーストすら見えないよ?皆白のパージャーなら、ゴーストが見えて、僕もパージ能力が使えて……」
「条件だ――」
心は言葉を遮られ、口をつぐんだ。
「白のパージャーは突然変異のようなものなんだ、舜。真に魂を知覚し、憑依体すら慈しめる者であると自分の魂が認めた時、その力は開花するとされている。……私の父親は私が白のパージャーになると信じていた」
祖父は悲しい笑みを浮かべた。
「……それで?」
「私は器ではなかった。憑依体など慈しめなかった。ただただ、見えない存在が怖かった。私は恥じたのだ、だからお前にも、お前の母親にも黙っていた。お前が小さいときに、ささいなことからすぐにお前が器だと気づいた」
祖父は心が幼いときに、死んだ動物を悲しみの目で見ていたことを思い出す。
「そして、何の巡り合わせか、お前は遂にPGOに入ると言い出した」
「僕だって、怖いよ……僕には力がないから」
「いいやある。その優しさを忘れなければ、必ずご先祖様は守るための力を与えてくださる。必ずだ」
「パージ能力が使えるなんて、まだ、全然意味分かんない……遺伝だとか条件だとか頭がショートしそう……」
心は目が回る思いだったが、祖父ははははと優しく笑い飛ばした。
「舜、強いものの宿命が弱いものを助くことなどとは思っておらん。だがお前はそうするんだろう、だから白のパージャーに選ばれたのだ」
「……」
祖父は立ち上がり、舜の方に向き直った。
「お前の優しさで向こうに行けるとは、こんなに穏やかな最期があるとは想像もしなんだよ……」
祖父は静かに目を閉じた。
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