Season 2
19ー1「出発」
PGO本部地下、監獄であるゾレトラウカ常設の査問委員会が開廷されようとしていた。黒を基調とした重厚な部屋の三方向に、多くの職員が座している。正面には査問委員会委員長と書記が威厳を持って部屋に緊張を与えていた。部屋の中央には囚人服の痩せた男が腕を拘束されたまま佇んでいた。
「これより情報局諜報部職員
篠田と呼ばれた痩せた男は無表情のまま委員長を見上げた。
「まず、本件の趣旨を述べる。6月5日深夜、諜報部の職員が勤務時間外に被告が業務用PCから無断で情報を持ち出している現場を目撃。目撃した職員は即時緊急アラームを作動させて応援を求め、被告を現行犯で確保。その後の聴取は執行局執行部の船津隆氏が務めた。船津氏から報告をお願いする」
船津は篠田被告の右側の席から立ち上がりその場で陳述を始めた。
「執行部執行局船津隆です。篠田は聴取の際、黙秘もしくは脈絡のない話を持ち出し、目的はまだ不明です。以上です」
「ありがとう。本件で持ち出されようとした情報はゴーストの発生場所及び、パージ状況についてであった。昨今ゴーストが多く消息を絶っていることもあり、被告が今年2月に発生した前野駅前テロに関与している疑いもある。共犯者の可能性も視野に入れて、引き続き本件を船津氏が担当する。PGO規則十二項に基づき、被告をゾレトラウカに収容し、聴取の際はどのような方法を用いても構わないとする。本件はPGO全体の機密と国家の安全保障に関わる。皆、その自覚を持つよう」
委員長が手元の調書を閉じて、委員会も閉廷した。
*―*―*―*
二月十九日、快晴の夕暮れ時、サッカーインハイ東京予選は熱を発していた。前野高校のサッカー部員はグラウンドの端で円陣を組んだ。
「いいか、俺らが決勝までこれたのはそれだけでも快挙だ。全部全部皆の努力のおかげ。……今年俺らは失いすぎた。古川が死んで、多分新田もそのせいで……でも、あいつらは今でも俺らの大事なメンバーだろ!古川と新田の分まで、絶対、全国大会行くぞ!」
「おう!」
試合が開始を告げると、黒いフードを被った男はグラウンドの柵から試合を見守っていた。前野高校のユニフォームをまとう金髪の青年は試合中にその姿を見つけていた。
笛の音が鳴り響き、最終スコアが映し出された。前野高校対東郷学院は結果2対3。金髪の青年は悔しさに空を仰いだが、その目はグラウンドを去る黒い影を追っていた。
グラウンド横の道を下っていく黒い背中に彼の声が届いた。
「おい、お前……」
フードを被って顔を隠すような背は足を止めた。
「新田だろ、お前……?」
金髪は真剣に佑心を見つめ、唾を呑んだ。佑心は黙って俯いていたが、天に向かって飛ばした。
「……ナイスファイトだった!お疲れ様……」
佑心は遠慮がちな笑顔で振り返った。その顔には火傷のような傷痕が見える。思わず息をのんだ。そのまま路地を抜けていってしまった佑心を慌てて追うも、もうそこに人の姿はなかった。
*―*―*―*
深夜のゾレトラウカでは、警備員のパージャーが懐中電灯を持って見回りをしていた。警備員がしばらく歩き、一つの独房を照らすと、独房の新入りはこと切れていた。首をスパッと斬られた血だらけの状態で、篠田は発見された。すぐに警備員によって緊急アラームが発された。その時、地下には他の囚人と警備員ともう一人、紫のパージャーであるアミリアがいた。
若干のライトはあるが、気味悪いゾレトラウカの入り口。急いで起き出してきた一条はアミリアを背に庇いながら警備員に反論した。
「アミリアを疑うより先に、上の人に報告してすぐに来てもらってください!」
「しかし、ゾレト周辺にはこの子しかいなかったんだ!」
警備員がアミリアを指差すと、アミリアはまた一条の背に隠れてしまった。
「だったら私に現場を見せてください!パージ能力の残り香である程度犯人を絞れるでしょう?」
「それくらい分かっている!だが、パージ能力は使われていない!斬殺だ!」
「とにかく松本さんを呼びます!ゾレトの囚人が殺害されたってことは――」
「――PGO内部に犯人がいる」
一条が必死に訴える中、後ろから誰かが口を挟んだ。
「どうして君がここにいる?」
紫のパージャー、宗崎泰河はPGOの制服に身を包み、そこに立っていた。
「アミリアから直接連絡が来たのよ!あんたこそ何でここに?」
「アミリアと俺は京香さんのお使いでゾレトに用があった。それをそいつがもたもたしてるから見に来たら……」
泰河の目はアミリアを冷たく見下していた。
「だから俺らはアリバイがあるはずだ。そもそも自分のパージ能力もコントロールできないアミリアに痕跡を残さずに囚人殺しなんて無理だ」
一条は泰河の言い草に苛立ちを募らせた。
*―*―*―*
翌日、ぴりついた空気の会議室Yにて幹部会議が行われていた。長官、真壁副長官を筆頭に、各局長各部長は揃った。
緊迫した会議は休憩中ですら、暗い空気を残したままだった。会議に出席した松本は顎に手をやり、深刻に考えこんでいた。
「組織内にモグラがいるなんて、前代未聞だね」
後ろ斜めの席の京香が突然に話しかけた。
「前代未聞、ですか……裏切る輩はたまにいますが?」
「それもそうか」
京香はあっけらかんと答えた。
「昨晩は泰河が場を収めたそうですね」
「たまたまゾレトに用があってね。私が頼んだんだ。にしても、わざわざ斬殺を選んだということは、犯人はパージ能力を使えないかもしくは――」
「残り香を悟られたくなかったか……」
松本はそう言いつつ、大きなため息をついた。
「ん?何か他にもあるのか?」
「次の任務も嫌な予感がしまして……」
その奥では会議室の重そうな扉が開き、会議室から執行局長杵淵が退出していた。船津はさっと後を追った。
「分かりませんね」
杵淵は船津の含みのある言い方に足を止めた。船津が追いかけてきていたことには気づいていたようだった。
「彼は優秀です。いつまでも隠すことはできませんよ」
「何のことかな……」
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