17ー1「鎮魂」

 二月の夜風は佑心と心の間に流れる居心地の悪さまでは流していかなかった。



 「こんな夜中に何してたんだ?」


 「えっ!いや、特に理由はないんだけど!あはは……」



 心は明らかに動揺して頭を掻いた。



 (佑心が心配で来たとか言えなー……)



 俯く佑心だが、口元は少し緩んでいた。



 (ほんと、嘘下手だな……)


 「佑心こそ、どうしたの?……寝れない?」


 「ちょっと部屋が暑かっただけだよ……」


 「そっか……」



 心は気まずさに息を吸い、手をもんだ。



 「一条さん、魂の分量は戻ったみたいであとは目を覚ませば大丈夫だって」


 「良かった」


 「うん。松本さんも日根野さんも問題なし。僕も見ての通り、平気」


 「そうか、良かった……」



 笑顔で元気アピールをしてみた心だが、すっと真面目に佑心に向き直った。



 「良くないよ……」


 「え?」



 佑心は暗い顔を上げた。



 「大丈夫じゃないのは君だけだよ……皆、佑心のことが心配で仕事どころじゃない……」


 「大丈夫。完治したらすぐに復帰するから……」


 「そうじゃなくて!」



 心は身を乗り出したが、佑心は動じなかった。



 「そろそろ戻るよ……」



 佑心はゆっくり立ち上がり、生活局内に入ろうとしたが、背後で心が勢いよく立ち上がった。



 「橘さんは、佑心に自分を責めて欲しかった訳じゃないよ!」



 思わず佑心は足を止めた。



 「まして感謝されたかった訳でも、英雄になりたかった訳でもない!ただ、佑心を守るために、佑心が橘さんの分まで生きてくれるって信じてるから!」



 佑心は唇を噛んで拳を作った。



 「だから、自分をそんなに――」


 「責めるなって言うのか⁉自分を!」



 振り返った佑心の気迫に、心の肩がはねた。



 「橘さんを殺したのはモモじゃない!俺がためらったから!迷ったから!」


 「佑心……」



 佑心は一度言葉を切り、改めて静かに話し始めた。



 「殺す覚悟だってあったはず。でも結局は奪われる側にしかなれなかった。それなのに、どこかでまだ道を外れたくないなんてよぎって。その考えが周りの人を殺すのに!」



 佑心の叫びは地面にぶつかった。



 「皆そうだよ……」


 「え……」


 「僕らは命を奪う側になんて本当はなりたくない。でも仕方ない仕方ないって言い聞かせて、それでも時々ためらっちゃう。

 僕は拳銃を手にすると、いつも実際以上に重く感じる。皆のパージ能力と違って、僕のは当たり所次第ですぐに奪う側になっちゃう……」


 「舜……」



 力なく笑う心に佑心はなにか申し訳なさに駆られた。



 「やるときはやらなきゃならない、それは分かってる。ちゃんとそうしてきたつもり……それでも僕はでもなるべく憑依体を苦しませずにパージしたいし、例え殺人犯でも殺したくはない……その姿勢だけは崩したくないんだ……」



 心は佑心に歩み寄った。



 「だから、すぐに吹っ切らなくていい。これから妥協できるところを見つけるんだ。自分だけのせいだと思わなくていい……道を外れても、僕らはお互いがいる、ね?」



 肌寒い風が吹く中、二人は目を合わせた。



 「クシュッ!」



 佑心の小さなくしゃみが繋がりを切った。



 「うわ、長く外にいすぎたよね⁉寒い⁉」



 心は慌てて佑心にコートをかけた。



 「はやく部屋戻ろ。送ってく」



 心は佑心の肩を支えながら、生活局の扉に手をかけた。



 「舜……」


 「ん?」


 「起きてたのは悪い夢を見たからだ……それで寝れなかった……」



 心は佑心の吐露を優しく受け止めた。



 「じゃあ今日はずっと隣にいる」



 寒空の雲は晴れ、星が見え始めていた。


*─*─*─*─*


 二週間後、朝日が差し込む保健部の医務室で、一条はパチパチと目を瞬いた。ふと横に顔を動かすと、ぼーっとした佑心が目に入った。顔の傷以外は何も変わらなかった。



 「んー、爽やかフェイスが台無し」



 一条が笑うと、佑心もつられて弱弱しく笑った。



 「思ってないだろ」


*─*─*─*


 舜は佑心のベッドの隣でタオルやら病院着やらを畳んだ。佑心はPGOのジャケットをばさりと羽織った。



 「わざわざ来てくれてありがとな」


 「あったり前!佑心の退院祝いもしないとだね!」


 「そんなのいいって」


 「えーー!でも!」



 医務室の大きな扉が開かれた。



 「じゃあ一条の退院のときと一緒にやろう」


 「分かった」



 和気あいあいと話す二人に近づく影は佑心のベッドの前で足を止めた。



 「退院おめでとう、新田君」


 「船津さん……あ、ありがとうございます」



 心は意外な訪問者に驚いて二人を交互に見た。



 「佑心の退院を聞いてわざわざ来られたんですか?」


 「ああ、私の期待は間違っていなかったようだね。大手柄だ」


 「俺の手柄じゃないですよ……」


 「いいや、誰がなんといおうと、今回の事件は君が治めた。謙遜も結構だが、自分で掴まなければ何も手に入らない」



 船津は佑心の背後にまわり、耳元に口を近づけた。



 「そう思わないか?」



 佑心の芯には響かなかった。とても船津が言うようには思えなかった。去っていく船津の後ろ姿を見ながら、心が問った。



 「いつの間に知り合いに?」


 「さ、さあ……」


 「?」

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