17ー2「鎮魂」

 PGOの真っ白な廊下を佑心と心が歩くと、向かってくる職員のひそひそと話す声が嫌でも耳に入った。



 「新田だ……」


 「一番に現着したんだろ?」



 佑心は大げさに目を逸らすが、また違う人が噂した。



 「すごいよね……」


 「昇進もあるかもって……」



 佑心の頭には悪夢が蘇り、自分を落ち着かせるように息を吸った。心は反射的に佑心の肩に手を置いた。

 佑心が心に続いてオフィスに入ると、一番に迎えたのは日根野だった。



 「佑心!」



 日根野は佑心に飛びついた。



 「お見舞い行けなくてごめんねー!あの後の処理が大変でさー!」



 すぐに松本もデスクから声をかけた。



 「お帰り、佑心!」



 別のデスクからも声が上がったが、佑心はなんとなく答えにつまり唇を震わせた。



 「大丈夫?」



 心が佑心の顔を覗き込んだ。



 「あ、ああ……ごめん」



 佑心は早足に席に着いた。久しぶりの自席で、パソコンに貼った大事な人たちの写真を強く握った。



 「花火……」



 松本がそれだけ呟いた。



 「花火、するか……?」


 「え?」


*─*─*─*

 幾つ目かの花火が買い物かごに雑に入れられた。



 「どんだけ買うんですか……西村先輩」



 佑心は私服姿で買い物かごを両手に提げていた。その傍で、西村はスーパーの季節外れの小さな花火コーナーをまじまじと見つめている。



 「ん?飽きるほど多くや。松本さんもいっぱい買ってこい言うてたやろ?」



 心が佑心の後ろから苦笑いの顔を出した。



 「て、っていうか、なんで西村さんまで?」



 西村は突然固まった。



 「そ、それは、まあ……」


 「日根野さんに誘われたんですね」



 真っ赤になった西村からは簡単に予想がついた。



 (バレバレ……)

*─*─*─*


 夕刻、松本の家の前はいつもより賑やかになった。



 「水、こっちに持ってきてー」


 「りょーっす!」



 松本公恵が玄関で一条と一緒に花火を袋から出してばらしていた。



 「いつも突然お邪魔してすみません」



 一条は困り顔で公恵に謝った。



 「希和ちゃんは気にしなくていいのよ!またあの人に急に連れてこられたんでしょ」



 公恵が手を仰いで笑った。特別美人いうわけではないが、小綺麗という言葉がぴったりだった。



 「今日は新しい子もいるのね」



 視線の先には佑心がいた。



 「ええ。佑心、子どもの扱い上手いから、翔君とも仲良くなれると思います」



 そんな佑心の足元に駆けてきた翔がぶつかった。



 「お!……大丈夫?」


 「お兄さんもパージャー?」


 「うん、そうだよ」


 「お名前は?」



 それまで笑顔で話していた佑心の顔が強張った。



 「え……あ、新田佑心」


 「僕、かける!」



 それだけ言って翔は、呆然とする佑心を置いて、玄関にいる公恵の元に走っていった。

*─*─*─*


 松本家沿いの道路で皆が花火の先に火を灯す。西村と日根野、松本と一条と翔、佑心と心といったグループに自然と固まった。西村だけは意識的だったが。



 「しっかし、二月に花火て変な感じやな……」


 「でも、楽しいからいいじゃない!」


 「まあ、な……」



 佑心と心がそれぞれ火力強めの花火を握っていたが、佑心のは一気に燃えつきた。



 「あ、消えた……」


 「はい」



 心は自分の花火から直接佑心の新しい花火に火を移した。



 「お、サンキュ」



 それも燃え尽きると、二人ともバケツの水に花火を突っ込んだ。



 「まだ玄関に残りあるから、全部使い切ってくれー」


 「はーい」



 花火を両手に持つ松本に、全員軽く返事を返した。


*─*─*─*


 一条が線香花火を掲げた。



 「やっぱ最後はこれでしょ!」



 皆が横一列になって線香花火を慎重に持った。眠気に負けた翔と共に公恵は既に家に戻っていた。



 「あ、落ちちゃった!ん~……」


 「ん、僕もです……」



 日根野と心の火の玉は連続して地に落ちた。



 「知ってるか?」



 佑心は自分にだけ聞こえるような呟きに振り向いた。



 「花火の意味……」



 隣にかがむ松本は小さく光り続ける線香花火を見つめていた。



 「意味、ですか……?」


 「鎮魂だよ……」



 佑心は視線を戻し、弱まる花火をただ見つめ続けた。

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