15ー2「手段は選べない」
文字通り、駅前は死屍累々。凄惨な現場に松本、日根野が足を踏み入れた。日根野はあまりの様子にはっと口元を押さえた。
「希和に連絡もらって来てみれば……」
松本はしかめ面で歩みを進め、辺りを見渡した。徐に地に手を当てて、目をそっと閉じる。そしてしばらくしてから、力強く開けた。
「佑心と健太郎、崇氏の余韻がある。それに知らないやつらのも二つ……」
「犯人でしょうか……」
日根野は現場に手を合わせて、しゃがむ松本に話しかけた。
「恐らくな。」
「でも、だとしたら、皆どこに?」
その時、隣の会館から爆音が響いてきた。二人が驚いて振り向くと、建物の一角から煙が上がっていた。
「行くぞ、晴瑠!」
「はいっ!」
二人は軽やかに宙に上昇し、会館へ向かった。しかし、その二人の後ろ姿を物陰から見る見る者あり。全面を覆う真っ黒なマスクの片端だけに白く長い三日月が浮かぶ。モルだ。
*─*─*─*─*
崇は出血した肩を押さえて、目先のガンを睨めつけた。緊迫した空気に浮かぶ何か。ふわふわ、ふわふわと小さなオレンジ色の玉が飛んでいた。ガンの近くにも、崇の近くにも近づき始めた。ガンの耳のすぐ隣にそれが近づくと、ガンは横目に注意を向けた。
「バン!」
日根野の愛嬌のある声と共に、玉は小さく爆発した。ガンは不意を突かれて後ろにバランスを崩し、松本は待ってましたと火力の強いパージ能力を浴びせた。赤い光がガンに降り注ぎ、ガンは手をついた。
「遅かったな……」
崇は恨めし気に降り立った松本を見上げた。
「面目ない!晴瑠!お前は希和たちを探しつつ、他のパージャーたちと連携を取れ!」
「はい!」
物陰に隠れていた日根野は一条の捜索に向かった。松本は敵を見据えた。
(晴瑠には荷が重いだろう……崇氏がこれほど押される相手、手練れだな……)
*─*─*─*─*
佑心と橘の連携をもってしても、モモとはやっと接戦だった。モモの蹴りを受けた橘を佑心が声をかける。
「橘さん!大丈夫ですか!」
「ああ、すまない!」
橘はしっかりと立った。
「新田、なんとかやつを消耗させ――」
橘の作戦もそこそこに、佑心の目の前に一気にモモが迫ってきた。
(はやっ!)
モモは佑心の顔に手をかけた。
「もっとワイルドになるぞ」
佑心の顔面に直接パージ能力が注ぎ込まれた。
「うわあぁーーー!」
「新田!」
佑心は絶叫し、再び顔を覆った。先ほどとは比べ物にならない熱さ。刺されるのと焼かれるのを同時に受けているようだった。
「パージ能力を集中させれば、あれぐらいの速さなんてことない。まだまだ自分の魂が何か、分かってないな、佑心」
橘が佑心に駆け寄った。モモが二人に能力をぶつけるが、火力が強く橘が懸命に防ぐも劣勢に陥った。
「っ……」
橘は自分の灰色のパージ能力を発し、抵抗を続けた。モモの紫のパージ能力と、橘の灰のパージ能力。橘とモモのパージ能力の力量勝負。橘は最大限まで光束量を上げ、歯を食いしばった。
(耐えろ!上手くやれば、これはチャンスっ!時間を稼ぐ!)
二人のぶつかり合いが真っ白に辺りを照らし、ついに能力の衝突が切れた。橘とモモ両者の掌からパチッと弱弱しく火花が散った。互いの光束量は限界に達していた。自信の掌を見つめるモモ、その背後に静かに佑心が迫る。
(チャンスッ!橘さんが作ってくれた隙を逃すな!)
パージ能力が切れたかのようなモモに佑心がとどめを刺そうと忍び寄った。しかしモモの口角は上げった。そしてその手からは再びゆっくり刃物が出現していた。佑心の目が見開かれた。
(なにっ⁉)
(まずいっ!)
佑心と橘の鼓動が早まる。モモが猟奇的な目で佑心を見上げつつ振り返った。ズシャッとモモの刃物が肉を貫く音がした。佑心の頬に血が垂れた。しかし佑心の身体は悲鳴を上げていない。ゆっくりとずらした視線の先で、橘が目を見開き吐血していた。いつも通りのニヤけ顔のモモの隣で、カランと回復薬が落ち音を立てた。
「た、橘さん……」
モモが後退すると、橘は力なく倒れこんだ。佑心は急いで抱き留める。
「俺が組織に助けられるとはな……」
モモは自嘲するようにそう言い、耳に手を当てた。
「ふっ、そろそろいいみたいだ……撤退しろ」
背を向けてフードを被り直すと、軽やかにその場を後にした。
「待てっ!モモ!」
佑心はふらつきながらも立ち上がり、橘の棒をやみくもに投げつけた。それは地下鉄の天井にぶつかって、音だけ派手に立てた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
佑心はモモの去る後ろ姿を見ていたが、はっとしてすぐ踵を返した。佑心は駅のホームに這い登り、急いで橘の元に戻った。
「はぁ、はぁ、はぁ……橘さんっ!」
*─*─*─*─*
前野駅前をふわふわと浮くゴースト。風に従順な自由な動きに、上から蓋がかぶされた。モルは透明の容器にゴーストを確保していた。肩にかついだ袋にゴーストが入った瓶が無造作に積まれていた。モルは無表情に手中の瓶を見つめた。
*─*─*─*─*
「今すぐ死ね!ザコ!」
セトは紫のパージ能力を大きな鎌のように振り上げた。心は迫る凶器に目を瞑った。
「っ!!」
しかし突然セトは動きを止め、耳に手を当てた。
「え……」
「チッ!」
舌打ちをすると、一気に上空へ上昇を始めた。何も分からぬまま、その場に残された心は驚いて上空を見上げるが、もうセトの姿はなかった。
*─*─*─*
松本が宙からガンに殴りかかった時、ガンは何かに気づいたように顔を上げた。そして突然光の玉を地面に投げつけた。ぱっと会館のエントランスが明るくなり、辺りは薄黄色の煙に包まれた。松本の攻撃は地面に落ちた。
(何も見えない!くそ!どこに!)
松本は焦って辺りを見渡した。だんだんと霧が晴れていくと、ガンの姿はもうどこにもなかった。
「くそっ、逃げられたか……」
松本は壁に背を預ける崇の元に急いだ。
「大丈夫ですか?」
松本は崇の隣に膝をついた。
「ああ、すまん。しかし、あいつらの目的は何だったんじゃ……なぜ今になって逃げた……?」
「さあ……」
二人の小さなため息だけが、半壊の会館に響いた。
*─*─*─*─*
あらゆるところで戦闘が終わりを迎え、地下でも終わりが訪れようとしていた。佑心は躓きながら、橘の倒れるところまで這うようにたどり着いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……た、ちばなさんっ……」
「ぐっ……」
橘は苦しそうな声を漏らした。出血が多くなり、ホームには血だまりが出来ていた。佑心は荒い息のまま橘の上半身を支え、焦りつつも傷口を押さえた。しゃくりあげるような浅い呼吸が漏れた。
「はあ、はあ、はあ……橘さん……っ、俺……」
橘は意識的に静かに目を閉じた。目の奥から遠い昔の誰かの声が聞こえた。
「おい、健太郎!」
「ん……」
反射でぱっと目を開けると、懐かしい若者が目の前にいた。
「早くこっち来いよ!」
「おう!」
橘はもう何年も作れていないような笑顔でそう返し、かつての旧友中元の元に駆けていった。
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