15ー1「手段は選べない」

 橘と佑心はモモの後を追って地下鉄の沿線をひた走った。橘は思う所があり、隣を走る佑心をちらりと見たが、何も言わなかった。

 地下鉄の廃駅で足を止めた。モモは駅のベンチで優雅に足を組んで待っていた。



 「待ってたよ」



 モモは微笑した。



 「目的はなんだ?」


 「聞いても面白くないから、止めておこう」


 「面白いかはこちらで決める。ただの反守霊教勢力に対するテロじゃないだろう」



 橘の問いかけに、モモは考えて首をひねった。



 「まあ、そうだな。金払いのいい仕事、強いて言うならそういう理由だ」



 佑心はモモのバックに誰かいるのかという可能性に眉をひそめた。



 「話はもういいだろう?」



 モモが右掌にパージ能力を宿した。



 「ちゃんと楽しまないと!」



 モモはニヤッと笑って短剣を飛ばし始めた。橘と佑心はお互いに攻撃を避けながらモモに迫った。佑心がモモの足元にパージ能力を放つと、モモは跳び上がり、突然にベンチが佑心に飛んできた。橘がモモに斬りかかったが、モモは振り向きざまに防いだ。ベンチを凌いで佑心はモモの頭上に狙いを定めた。パージ能力が飛ばされ、モモの上の天井はガラガラと崩れ出した。対するモモも自身のパージ能力を発散させて瓦礫を粉砕した。狭い駅は瞬く間に砂塵に包まれた。



 「ヒッヒ!」



 楽しそうに笑うモモに橘はすぐに斬りかかった。モモの猛攻に橘はバランスを崩した。橘の手から棒が離れ、宙を舞った。



 「新田!」



 橘の愛機を目指して走りだした佑心は、能力を込めてそれを思いっきり蹴り飛ばした。棒は迅速に回転しながらモモの腕と肩に命中し敵を怯ませた。一瞬。その間に佑心は敵の懐に迫った。素早く落ちた棒を再び拾い、モモの眼前に向かった。しかしその手は直前で止められた。



 「ふっ……」



 モモは目の前で動きを止めた佑心を鼻で笑って、汗の流れる面にパージ能力を浴びせた。



 「ぐあっ!」



 普通パージ能力は魂の分量を減らし、身体的苦痛を与える。佑心は痛みに悶え、顔を押さえた。モモは笑いながら佑心に拳を向けたが、素早く立ち上がった橘が愛機でモモの腕を下に叩き落とした。



 (やっぱり、新田君……)



 橘は地に伏す佑心を見て悲し気に目を細めたが、かける言葉は冷静だった。



 「新田!相手は当然殺す気で来る。殺す気でやれ。迷うな。」



 新田は顔を覆いながらも、目を見開いた。橘の言葉は強く突き刺さった。



 (彼ならきっと必要な線引きができる、納得できる理由を見つけられる……きっと……)



 橘は絶句する佑心を横目にそう願うしかなかった。だが、佑心の思考は橘の期待を裏切らない。痛みに耐えながらも、頭は冴えわたった。



 (俺にはまだ覚悟なんてできてなかった。無意識の内に殺人までは踏み込めないって線を引いてた。憑依体の抹殺とは何もかも違う。

 必要なことをやれ。橘さんの足を引っ張るな!俺はPGOで古川みたいな理不尽をなくす。そして、母さんと優稀の最期を知るんだろうが!そのためなら俺に……選ぶ猶予はない!)



 佑心は軽度だがやはりただれた顔から手を放し、俯きがちに立ち上がった。駅の沿線ではモモと橘が未だに戦闘状態にあった。選択肢を捨てた佑心は一直線にモモを狙った。するりと躱したモモは駅のホームの看板の上に静かに降り立った。佑心の視線は彼から離れなかった。



 「おい……ちゃんと聞け、俺は……新田佑心だ……」



 驚きを見せたモモだが、すぐに笑みを浮かべた。



 「そうか、佑心……俺はモモだ。覚悟はできたみたいだな?」


*─*─*─*─*


 ガンは崇を掴んだまま、ホールエントランスのガラスを何枚も突き破った。崇はその勢いで放られたが、着地と共に体制を立て直した。年老いた風貌に釣り合わない機敏さがある。崇はガンが先刻やったように光の球を作り出すと、それを一気に発散させた。エントランスには霧が充満した。視界が遮られる。ガンは円盤状の刃物を生成すると、山勘で崇を攻撃した。崇はバリアを張ったが、数個は貫いて崇の肌を切りつけた。



 「くっ!」



 ガンは階段の手すりにドスンと降り立ち、崇を見下ろした。



 「寂しくなったな……」


 「髪のことじゃなかろうな?」



 崇は顔の血を拭いながら、茶化すように返した。



 「これほど手応えがなかったという覚えはない」


 「貴様は守霊教に伝わる神聖なパージ能力を汚しておる。我々のパージ能力は傷付けるためにあるものではない。先刻のような凶器を作り出すのに使うことは許されない」


 「我々だと!俺をお前たちと一緒にするな!」



 最後の言葉にガンは激昂し、手すりから飛び降りた。床が地響きをたて、割れた。ガンの手からはパージ能力で作られた円錐が突き出てきた。崇は軽やかに後退しながら円錐状の攻撃を避け、ガンにひとつ問いかけた。



 「ではなぜ、まだそれを持っている⁉」



 ガンは空中に逃げながら、胸のネックレスを強く掴んだ。ネックレスはきらりと光りを反射した。炎のような型どりの銀ネックレス、川副沙蘭のものと同じである。ガンは終始顔を覆っていたマスクを外し、素手で握りつぶしてしまった。そうして見えた顔は悔し気に唇を噛んでいた。



 「これはっ!お前らとっ!無駄に過ごしたっ!過去を忘れないためだっ!」



 悲痛な叫びのような声で、ガンは狂ったようにパージ能力を乱射した。崇はそれらを横に一生懸命に払った。

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