11-2「分岐」

メインホールから奥に伸びた廊下を進み、ある場所で心が立ち止まった。



 「ここって……」



 佑心と一条も足を止め、その部屋のルームナンバープレートの下の名前を見た。



 「魄崇氏……?」


 「ちっ……教皇派パージャーのリーダー格よ」



 一条は自分の口に出したことが癪に触り舌打ちした。



 「癪だけど、ここなら何か見つかるかもよ?」



 一条は打って変わってウィンクしながら、ドアノブに手をかけた。



 「ちょっと君たち!」



 その呼びかけに三人は大きく肩を揺らした。額には冷や汗が流れるのが分かった。



 「そこは勝手に入ったら……って舜君⁉」



 フードから覗く顔を見るなり、声をかけてきた若めの守霊教徒が声を大きくした。



 「あ、や、ちょっ‼」



 心は急いでその職員の口を塞ぎ、しーっと人差し指を口に当てた。守霊教徒は訳が分からず、目をぱちぱちさせた。

 人気のない廊下に彼を引き込むと、守霊教徒は壁に背を預け腕を組み、三人はそれを取り囲むように見ていた。一条だけは心底嫌そうに睨んでいたが。



 「それでこんなことを……はぁー……」


 「は、はい……本当にすみません授氏。何とか見逃してもらえませんか?」



 心は頭をかいて困ったように笑った。守霊教徒のパージャー、魄授氏は口をへの字に曲げて心を見下ろした。



 「まぁ、舜君には命を助けられた恩もあるから、黙っておくよ。僕としても、守霊教の無実を晴らして欲しいし」


 「ほ、本当ですか⁉」


 「ありがとうございます‼」



 佑心と心が深く頭を下げたが、一条だけはまだ仏頂面で腕を組んでいた。



 「崇氏の部屋に行くなら気をつけた方がいい。これを持っていけ」

授氏が心にネックレスを手渡した。魂のように模られた銀色の板。心の手の中にじゃらじゃらと乗った。


 「ネックレス、ですか?」


 「それを持ってないと、部屋に侵入のログが残るんだ。だからそれを持って部屋に入れるのは一人、十分だけ。いいな?」



 心は脅しのような言葉に、唾をのんだ。

 佑心は静かに魄崇氏の部屋の扉を閉めるなり、鋭く部屋を見渡した。ネックレスのおかげでおそらくログは残らない。内部は普通の書斎のようで、中央に一つ大きめの机が佇んでいた。



 (あの二人が怪しまれる前に、早く調べないとな……)



 部屋の外では、一条と心が話すふりをして部屋の前の見張りをしていた。

佑心はまた部屋を一回ぐるりと見渡すと、書見台に立てかけてある分厚い本に注目した。



 (守霊教の経典だな……)



 佑心はいくつかページを捲り黙読した。



 (……守霊教は魂の原神バーに仕える。魂はバーの意思のままに巡り、魂の流れを乱すことは許されない。……つまり殺人……守霊教は、魂を重視するあまり実在の人そのものを軽視しがち、ってのが問題だってネットには書いてたな……)



 佑心はそこから離れ、デスクの引き出しを漁った。



 (お?魄崇氏のメモか……)



 引き出しには手書きの紙が数枚束になったものがあった。その紙には、「神戸放火テロ 内部調査メモ」と書かれており、下には守霊教関係者の顔写真が何枚か貼られていた。



 (こ、これは……)



 佑心はそれを拾い上げた。どうやら魄崇氏が独自に内通者がいないかを調べたものであり、びっしりとメモがされていた。



 (魄園氏 憲氏の血縁。しかし、憲氏とは犬猿の仲で協力したとは考えられない)



 魄憲氏、神戸のテロ事件の主犯として捕まった元パージャーだ。一枚めくるとまた同じように顔写真とメモがあった。



 (魄戴氏 憲氏の恩師。立入調査では、テロ関与の証拠はなし。しかし引き続き要監視。

……全部崇氏が調べたのか?もしそうなら、やっぱり守霊教はあのテロに関係ないのか……?)



コッコココン、と扉がリズミカルにノックされて、佑心はぱっとそちらを見た。



 (時間切れか……)



 急いで引き出しを閉めて出口に向かった。しかし、積み上げられた本にぶつかった拍子に上に乗っていたチラシがはらりと落ちた。急いで拾い上げたそのチラシには「守霊教被害者家族の会主催 守霊教の不当な勧誘に反対するデモ 二月二日前野駅前」と大々的に宣伝されていた。

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