11-1「分岐」

 佑心、一条、心の三人は廊下の角から一斉に顔だけのぞかせた。



 「じろ……」



 三人とも薄黄色の守霊教のローブを着用している。一条はローブを両手でつまんで嫌そうにそれを見た。



 「ってか、ここまでする?仕事だって嘘ついて入ることもできたんじゃ……」



 佑心はローブのフードを被りながら返す。



 「それじゃ入口までしか行けないって、西村さんが言ってた。調べるには内部までいかないと」


 「見つかったら、僕たち、多分除名だ……」



 心が肩を落とした。



 「だから俺だけで行くって言ったのに……」



 すると、一条がすごい剣幕でずかずかと佑心に迫って来た。



 「あのねー、だからこそでしょ?止めてもどうせ一人で行くんだから……」



 一条はジト目でフードを被った。向かいから守霊教の人間が歩いてくると、心も慌ててフードを被り三人揃って下を向いて、PGO本部十二階のメインのホールに向かった。全体が地下にある本部の最上階である十二階、つまり一番地上に近いフロアはフロア一帯が守霊教の施設になっている。


*─*─*─*


 三人がメインホールに入ると、ドーム状のクリーム色の天井が広がった。上にいくほど、照明に明るく照らされている。守霊教のローブを着た人が大勢行き交っていた。メインホール内のエントランスのような場所には教会の人間が立っており、ちらりと三人を見た。佑心が突き合わせた拳を目の高さまで上げると、後ろの二人も続いた。守霊教流の挨拶である。教会の人間も同じように返し、すんなりと中に入ることに成功した。エントランスを抜けてすぐに目に入る重そうな扉を佑心が押し開けると、広いフロアが現れた。地上にあるものとは少し違うが、礼拝堂である。奥には講壇のようなものが見える。幻想的な内装をしており、アーチ状の天井は高く、ほんのり青い光に包まれている。床も水色に光り、透けているように見えた。



 「うわぁ……きれいだ……」



 心は思わずそう呟いた。



 「ああ……礼拝堂だ……」


 「見るものはないわ。早く行きましょ。こんなとこにいたら、私まで腐りそうだわ」



 一条は天井を見上げながら、すぐに踵を返した。


*─*─*─*─*


 三人が相変わらず顔を隠して、また円状のエントランスに沿って進むと、すれ違った教皇派の人間の話し声が聞こえてきた。



 「憲氏の話、聞かれましたか?」


 「ああ、拘置所で自殺未遂したそうじゃな」



 三人は偶然にも聞こえた会話に足を止めた。



 「しかし、本当に上は絡んでいないのでしょうか?我々としても無実の罪で肩身が狭いのは、何とかしていただきたい」


 「全くだ。知り合いの教徒は皆無関係を訴えてるよ、もちろんわしもだがな」



 佑心は真剣に聞き入っていたが、「佑心、いこ。」という一条の声に引き戻された。


*─*─*─*─*


 メインホールから奥に伸びた廊下を進み、ある場所で心が立ち止まった。



 「ここって……」



 佑心と一条も足を止め、その部屋のルームナンバープレートの下の名前を見た。



 「はくすう氏……?」


 「ちっ……教皇派パージャーのリーダー格よ」



 一条は嫌な顔をして舌打ちした。



 「癪だけど、ここなら何か見つかるかもよ?」



 一条は打って変わってウィンクしながら、ドアノブに手をかけた。



 「ちょっと君たち!」



 その呼びかけに三人は大きく肩を揺らした。額には冷や汗が流れるのが分かる。



 「そこは勝手に入ったら……って舜君⁉」



 フードから覗く顔を見るなり、声をかけてきた若めの男性の守霊教徒が声を大きくした。



 「あ、や、ちょっ‼」



 心は急いでその職員の口を塞ぎ、心はしーっと人差し指を口に当てた。守霊教徒は訳が分からず、目をぱちぱちさせた。


*─*─*─*─*


 人気のない廊下の奥、男性職員は壁に背を預け腕を組み、フードを取った三人はそれを取り囲むように見ていた。一条だけは心底嫌そうに腕を組んでいる。



 「それでこんなことを……はぁー……」


 「は、はい……本当にすみません授氏。何とか見逃してもらえませんか?」



 心は頭をかいて困ったように笑った。守霊教徒のパージャー、はくじゅ氏は口を日の字に曲げて心を見下ろした。



 「まぁ、舜君には命を助けられた恩もあるから、黙っておくよ。僕としても、守霊教の無実を晴らして欲しいし」


 「ほ、本当ですか⁉」


 「ありがとうございます‼」



 佑心と心が深く頭を下げたが、一条だけはまだ仏頂面で腕を組んでいた。



 「崇氏の部屋に行くなら気をつけた方がいい。これを持っていけ。」



 授氏が心にネックレスを手渡した。魂のように模られた銀色の板。心の手の中にじゃらじゃらと乗った。



 「ネックレス、ですか?」


 「それを持ってないと、部屋に侵入のログが残るんだ。だからそれを持って部屋に入れるのは一人、十分だけ。いいな?」



 心は脅しのような言葉に、唾をのんだ。


*─*─*─*─*


 佑心は静かにはくすう氏の部屋の扉を閉めるなり、鋭く部屋を見渡した。普通の書斎のようで、中央に一つ大きめの机がある。壁にはいっぱいの本棚が並んでいる。佑心の首にはさっきじゅ氏からもらったネックレスが光っている。



 (あの二人が怪しまれる前に、早く調べないとな……)



 部屋のそとでは、一条と心が話すふりをして部屋の前の見張りをしていた。

 佑心はまた部屋を一回ぐるりと見渡すと、書見台に立てかけてある分厚い本に注目した。



 (守霊教の経典だな……)



 佑心はいくつかページを捲り、黙読した。



 (……守霊教は魂の原神バーに仕える。魂はバーの意思のままに巡り、魂の流れを乱すことは許されない。……つまり殺人……守霊教は、魂を重視するあまり実在の人そのものを軽視しがち、ってのが問題だってネットには書いてたな……)



 佑心はそこから離れ、デスクの引き出しを漁った。



 (お?はくすう氏のメモか……)



 引き出しには手書きの紙が数枚束になったものがあった。その紙には、「神戸放火テロ 内部調査メモ」と書かれており、下には守霊教関係者の顔写真が何枚か貼られていた。



 (こ、これは……)



 佑心はそれを拾い上げた。どうやらはくすう氏が独自に内通者がいないかを調べたものであり、びっしりとメモがされていた。



 (はくえん氏 憲氏の血縁。しかし、けん氏とは犬猿の仲で協力したとは考えられない)



 はくけん氏、神戸のテロ事件の主犯として捕まった元パージャーだ。一枚めくるとまた同じように顔写真とメモがあった。



 (はくたい氏 けん氏の恩師。立入調査では、テロ関与の証拠はなし。しかし引き続き要監視。

……全部崇すう氏が調べたのか?もしそうなら、やっぱり守霊教はあのテロに関係ないのか……?)



コッコココン、と扉がリズミカルにノックされて、佑心はぱっとそちらを見た。



 (時間切れか……)



 佑心は急いで引き出しを閉めて出口に向かった。しかし、積み上げられた本にぶつかった拍子に上に乗っていたチラシがはらりと落ちた。佑心は急いで拾い上げてもとに戻したが、そのチラシには「守霊教被害者家族の会主催 守霊教の不当な勧誘に反対するデモ 二月二日前野駅前」と大々的に宣伝されていた。

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