8-2「内なる敵」

 PGO本部九階の会議室Zで幹部会議が行われていた。長官、副長官をはじめ各局長、そして各派閥リーダーが出席した。長官の報告から会議は封切られた。



 「警視庁から連絡があった。PGO本部内の教会にも公安部の捜査が入る。」


 「なっ⁉」



 波紋が広がった。生真面目な倉内情報局局長が真っ先に立ち上がった。



 「受け入れられるのですか⁉」


 「受け入れるも何も、令状が出ていますから」



 真壁副長官が落ち着き払って言った。



 「それに我々としても真偽のほどを確かめねばならんしな」



 肘をついて手を組み合わせた長官が教皇を睨んだ。



 「んん、我々は魂の原神バーに仕える者。魂の流れを乱すことはせぬ。全て世はバーの為すままに流転する……」


 「ふっ、説法ですか?」



 日浦人事局長は守霊教派の筆頭、はくすうに明らかに失礼な態度を取った。



 「PGOの規定に則れば、査問委員会を立てるべきでは?」



 執行局局長、杵淵きねふち斐孜ひさしがいつもながら冷静に放った。



 「ああ、既に補佐室に手配をさせている。よろしいですね、教皇?」



 長官も至って落ち着いており、教皇は大きく頷いて同意した。一旦静かになった会議室で、長官は言い出しにくそうに視線を迷わせた。



 「……実を言うと、ここからが本題なのだが、今回の件の発端である六月に神戸で起きた放火テロ、その事件で発生した幾多のゴーストを迅速にパージするため、執行局では特殊執行部が編成されていた。これは皆も知っての通りだろう……守霊教の組織全体の関与が疑われる以上、PGO内部の人間も調査したい、それが特殊執行部の主張だ」



 再びざわめきが広がった。今度は杵淵ですら驚く様子を見せた。



 「あり得ない!」


 「少々呑みがたい要求かと……」



 日浦情報局局長、倉内事務局局長が各々声を上げるが、副長官が手を挙げた。



 「静粛に……」


 「皆の思いも分かるが、私はこの調査にゴーを出すつもりだ……近頃のゴーストの奇妙な動向も気になるしな……」



 それまで黙っていた松本が無言で手を挙げると長官が目をやった。



 「松本?」


 「はい。それは、去年から急に増加した行方不明のゴーストの件ですか?」


 「ああ、いかにも。諜報部と杵淵と諜報部からも報告が上がっている。これほどゴーストの行方が追えなくなったのはPGO発足史上初だ。その上、それらのゴーストが憑依体になったという観測もない」



 しばしの沈黙が流れる。



 「早々に捜査、あたしらの中に紛れた愚者をつまみ出してくれるわ……」



 癒波望はしわがれた声で静寂を破った。



 「あなたまでそんなことを……」



 倉内事務局局長は狼狽えたが杵淵執行局局長はすぐに手を挙げた。



 「私も癒波パージャーに賛成です……」


 「ふん、もうパージャーじゃないわ……」



 癒波望の呟きの後にまた沈黙が訪れ、長官は皆を見渡した。



 「他のものもいいな?……幹部会議は以上だ!」



*─*─*─*─*



 十一月七日、まだ午前九時だが地下深くの寮では朝らしさなどない。佑心は自室のデスクでパソコンに向かっていた。画面には守霊教の記事が多く表示されている。手元には守霊教に関する本も積み上げられ、指先には「保守的」の文字が綴られていた。静かな部屋にノックの音がした。佑心は舜か思い、ジャージのまま扉を開けた。



 「今日休みなのに、早いじゃない、か……?」



 戸を開けながら話しかけると、そこにいたのは舜ではなく怖い顔をして立っている背の高い無骨な男性だった。



 「あの、どちら様?」


 「PGO執行局特殊執行部、橘だ。捜査に協力願いたい」


 「い、いいですけど……」


 「では、失礼する」



 橘は言葉も少なく佑心の部屋にズカズカ入っていった。



 「おい、ちょっ!え……」



 佑心は度肝を抜かれ手を半端に伸ばして止めるようとしたが、たじたじでそれ以上動けなかった。橘は勝手に机を漁ったり、ベッドの上を引っ掻き回したりした後、しばらく佑心の開きっぱなしのパソコンを眺めていた。佑心が茫然としていると、肩に手が置かれた。



 「え?」


 「仕方ないわ。例の件の捜査で、私たち職員にも容疑がかかってるらしいから」


 「えー⁉」



 一条はシンプルな私服で眼鏡をかけていて雰囲気が違ったが、ポニーテールは健在である。



 「昨日の幹部会議で決まったそうよ。特殊執行部がPGO内の捜査を行うって。あと、十二階の守霊教教会にも公安の捜査が入るらしいわ」


 「うそだろ……」



 橘は佑心の部屋からようやく出てきた。



 「協力感謝する」



 橘はそのまま向かいの心の部屋をノックした。



 「特殊執行部のものだが……」



 しかし心の部屋からは何の音沙汰もなく、橘は不思議そうな顔をしていた。



 「あ、す、すみません。こいつ、朝弱くて……」


 「あ、ああ……」



 佑心は苦笑いして心の部屋の扉を合鍵のカードキーを使って問答無用で開けた。



 「おーい、舜。さっさと起きろよー」


 「……ふぁ……?」


 「やっぱり寝てたし……ほら!」



 佑心がばっと布団を捲ると、心は寒そうに身をよじった。



 「ふぁあ……今日任務ないんじゃ……?」


 「お客さんだぞ。……橘さん、もう入って調べちゃってください。すみません……」


 「は、はあ……失敬」



 佑心はまた苦笑いして、半分寝ている心の首根っこを引きずって部屋の外に出した。



 「……で、何なの?」


 「全く……」



 寝ぼけながらそう聞く心に、佑心と一条は呆れかえった。スッタタタと、一条の携帯が特徴的な音を鳴らした。



 「ん?」



 一条は携帯を見るなり叫びだした。



 「どうした?」



 心と佑心がスマホを覗き込んだ。画面には「松本:特殊執行部の捜査が入るから、明日は全員オフィス立ち入り禁止!今任務中の人以外は休みだ!」と通知があった。



 「えーーー⁉」


 「任務中断したらまずくないか?パージ出来てないゴーストもまだまだいるだろうし、憑依体化したら出動しなきゃだろ?」


 「大丈夫みたいよ」


 「え?」



 既に制服に身を包んだ日根野が廊下の奥から現れた。



 「立ち入り捜査は派閥ごとに日程をずらしてて、明日は私たち赤、明後日は青、次は緑と紫で、最後はいわゆる無所属、灰らしいから。せっかくの休みなんだし、どこかに行って来いって松本さん言ってたよ?」



 日根野は笑って一条に抱きついた。



 「晴瑠さんは明日予定あるんですか?」



 日根野はポッと赤くなってもじもじしはじめた。



 「私、颯太君にお出かけ誘われてるから……」



 佑心は半笑いで、「西村先輩、頑張ってんだな……ま、この感じだとゴール間近ってか?」と勝手に考えを巡らせた



 「へー、楽しんできてくださいね」



 一条は優しく笑った。



 「僕たちもどっか行く?」



 心が楽しそうに言った。



 「いいんじゃないか、気分転換に」


 「やった!で、どこ行きたい!」


 「その前に、あんたは着替えてこい!」


 「あいた!」



 一条は心の背中を思い切り叩いた。一条に抱き着いていた日根野はすんと真面目な顔になって佑心を呼んだ。



 「ねえ、佑心。諜報部から追加の資料が届いて、デスクに置いといたって伝言!明日までに取りに行ってね」


 「あ、了解!」


*─*─*─*─*



 エレベーターが開き佑心が本部一階に入ると、その異様さに気づいた。



 「なんだこれ……」



 教皇派のパージャーと長官派のパージャーが明らかに距離を取ったり、いがみ合ったりしている。なんとなく全員のテンションが低く、本部全体もこころなしかどんよりとしていた。仕方がないと割り切って目を伏せつつ先に進もうとしたが、誰かが入れ替わりにエレベーターに入って来た。



 「君……」


 「え?」



 佑心が声のする方を見上げると、背の高い威厳のある男が目の前にいた。青の派閥のリーダー、船津隆だ。



 「君、新田君か?赤の派閥の期待の新人君?」


 「あ、はい。新田佑心です……」


 「所属後すぐの任務で功績をあげたと、幹部内でも噂になっていたよ。うちの川副たちもお世話になったようだ。」


 (川副?……なるほど、あいつらの上司、か?)


 「入局した年にこんな大事件が起きてしまって大変だろう。何かあれば相談しなさい。私はA級パージャーだし、役に立てることもあるだろう」


 「あ、ありがとうございます」



 佑心はA級が一番上の階級だったな、と研修を思い出した。船津は人当たりのいい笑顔を浮かべて、佑心の隣を去ったがその時に小さく呟いた。



 「君には期待しているんだよ……」


 「え?」



 佑心は驚いて振り返ったが、船津は何事もなかったかのように立ち去った。佑心はしばらくその背中を目で追っていた。

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