9-1「余暇」
十一月八日。佑心、心、一条は観光がてら新宿に繰り出していた。街のビジョンには守霊教事件が流れている。モールの前で三人が壁に寄りかかり、おのおの購入した物品を提げてココアを飲んでいた。
「あったけー……」
三人の気の抜けた声が重なった。佑心は一条の袋をちらみして声をかけた。
「一条、 それ貸せよ。ほいっと。」
佑心は訳の分からないという一条の手から袋を抜き取り、代わりに持った。
「佑心って、女子の扱い慣れてるよね?」
佑心はココアを飲みながら目線だけ一条に向けた。
「そか?部活にマネがいたからじゃないか?」
「ああ、女子マネと付き合ってそうな顔してるわ。」
「なんだそれ……」
淡々となされる会話の隣で、心は偶然ある二人を見つけて、「あ……」と声を漏らした。
カフェのテラス席で佑心と西村、心の男子組が座し、そのすぐ脇のパラソルがある席で西村はひじをついて、一条と日根野の女子組を面白くなさそうに見つめていた。
「デートなのに俺らが来ちゃってすみません……」
佑心が目を細めて苦笑いすると、西村は突然あわあわと手をばたつかせた。
「てっ、あっ、ちゃ、い……デートやない、やないんやけど……」
二人の間で両肘をついて話を聞いていた心が佑心の椅子の背もたれにかけてある袋をちらりとみた。袋の中に「守霊教」と書かれた背表紙の本があるのを見つけた。
「あ、その本……」
心の呟きを聞いて、佑心は袋から一冊出して見せた。
「?あ、ああ……本部もきな臭いし、守霊教の事情は知っとかないとなーって。」
「結局休暇じゃなくて仕事じゃん。」
心は苦笑いした。西村は頭の後ろで手を組んで背もたれに寄りかかり、退屈そうに言う。
「まあ、佑心たちが心配せんでも大丈夫やろ。テロに関わってたのは一部の教皇派パージャーだけみたいやし。」
「え?」
佑心と心はシンクロして西村を見た。
「なんでそんなこと分かるんですか?」
「まあ、何となくな……」
西村は視線を外して小さな声で言った。佑心は西村の様子に疑問を持ったが、その時、隣を通って行った男から異様な感じがして立ち上がった。
ガタッ!
「!?」
「ど、どうしたの急に!」
西村と心はあまりの突然さに目を白黒させた。通り過ぎようとした男は佑心に驚いて立ち止まり、二人はしばし見つめ合った。賢そうで人の良さそうな男は余裕の笑みを浮かべた。
「何かご用ですか?」
心がぽかんとする一方、西村も佑心同様男のことを厳しく見つめ始めた。一条と日根野も様子がおかしいことに気づき、「どうしたのー?」と駆けてきた。
「いや、何でも……」
するとにこりとまた笑って男は去っていったが、佑心はずっとその男の背中から目を離さなかったし、額には汗も滲んでいた。佑心が現実に引き戻されたのは、トンと肩に一条の手が置かれてからだった。
「っ……」
「ちょっと、何かあったの?」
「……いや、気のせいだ……」
一条はすぐに上の空の佑心を睨んだ。
「うそ。」
「え?」
「何かあるなら、話して。透明男の時も、佑心の勘はあたってたでしょ?」
一条が佑心の顎を掴んで顔を近づけた。佑心は呆気にとられて一条の瞳を見つめるだけだった。
「佑心がどう感じたかは分からんけど、まあ、あの男になんかやましいことがあるんは確かやな……」
「え?どうして?」
西村が答えようとしたとき、それを佑心が遮った。佑心は机に両手をついて、西村の方に乗り出したのだ。
「やっぱり、そうですか!?」
「え、お、おう……」
西村は目をぱちくりさせた。
「根拠はないんですけど、何かあの人、気配が……」
「よし!二人がそういうなら、捜査官としてじっとしてられないでしょ?」
一条はニッと笑って、親指をピンと立てた。
移動した先のカフェのカウンターで、一条は壁に双眼鏡を押し当てて向かいのレストランを監視していた。何を隠そう、そこにさっきの人の良さそうでも怪しい男がいるのだ。その隣で佑心と心は退屈そうに飲み物をすすった。
「一条、なんか仕事できて喜んでないか?」
「ああ、留年さんも手を焼くわけだね……」
「いや、文句言わずに隠蔽してでも残業するとか、会社からすれば最高だろ……」
さらに西村と日根野はその後ろのテーブル席についていた。
(けーっきょく、デートは潰れてもたわ……)
ジト目でカウンターの三人を見つめる西村だが、日根野はジュースをすすりながらじっと向かいの西村をじーっと見つめていた。
「あっ、動いた!」
一条がカウンター席から勢いよく立ち上がった。
「さ、早くあいつを追――」
ドンッ!
静かなカフェに突如響いた大きな銃声に客はみな慌て叫び声をあげた。驚いて耳を塞ぐ日根野のことを、西村は抱くように庇った。皆が爆音のした方を見ると、拳銃を持った目出し帽の男がいたのだ。その隣にはナイフを持った男がさらに二人いた。
「全員そこを動くな!」
(何だよ、こいつら……)
佑心がはかりかねていると、一人の男が気づかないうちに袋を抱えて近くに来ていた。
「携帯を出せ。」
佑心は大人しくスマホを出すが、その行動はいたって落ち着いていた。一条、心もそれに続いた。
「俺たちの要求は、警察にいる仲間の釈放だ!警察が俺らの言うことを聞けば、お前たちは解放してやるから、それまで大人しくしてろよ!」
「おい、店員!店の電話を警察にかけろ!」
言われた通り、客が全員地面に座った。犯人三人の視線が逸れている時、佑心と心はパージ能力を使って解決しようとして、手に力を入れた。しかし、なんと一条が手を出して二人を制したのだ。
「だめよ、二人とも。」
「あ?」
「私たちが動くのはもしもの時だけ…」
「でも!」
すぐ前にいる西村も呟いた。
「そうやな、俺たちで制圧したら事件解決。でも、警察にどう説明する?」
「っ!」
佑心は虚を突かれて目を泳がせた。
「PGO及びゴーストの存在の秘匿のためにも、無闇にパージ能力を行使してはならない。それがPGOの方針で…」
「そんなの守霊教と同じじゃないか……保守的、権利の独占…」
悔しそうに呟いた佑心に、一条は言い返せず苦い顔をした。すると、拳銃男が騒ぎ出した。
「おいそこ!何くっちゃべってんだ!大人しくしろ!打たれてーのか!?」
佑心と一条が無言で男を睨み返した。
占領されているカフェの外では、人々がそわそわと店内の様子を気にしつつも、店と一定距離を取っていた。店内はまだ拳銃男が占領している。
「おい!警察がこっちに向かっている!人質に一人誰か取らせてもらおうか!」
佑心が唇を噛んで睨みを利かせていると、すぐ隣で一条が派手な音を立てて転んだ。
「⁉」
「ちょうど良い。お前、こっちに来い!」
それは犯人の注意を引き、拳銃男が一条の後ろ襟を掴んで立ち上がらせた。
(ニシッ……)
立ち上がった一条の表情がちらと見えた。佑心はその笑みを見逃さなかった。
(こいつ……まさか……)
だんだんとパトカーの音が大きくなり、一条は襟を掴まれたまま店の外まで連れ出された。
そのうち到着した警察は店前に出てきた一人の人質と犯人に焦りを見せた。一条は適当に緊迫した空気を演出した。
「さっさと要求通り仲間を釈放しろ!もたもたしてると、こいつから一人ずつ殺していく!」
「っ……(後はなんとか頼みますよ、西村さん……)」
一条は人知れず口角を上げて店内を見やった。
PGO本部では赤の派閥のオフィスの捜索が開始されていた。本部内もその話題で持ち切り。特殊執行部の動向に注目が集まっていた。
そんな注目とは全く関係のない場所で、独自に動く影があった。懐中電灯で狭い路地の先を照らして暗闇を歩く。そこには足音だけが響く。ライトが照らし出す棚には年月のラベルが貼られたファイルが多く並んでいる。佑心が来ていた場所と同じ、六階の情報局保管庫である。怪し気に照らされるラベルの年月はどんどん遡っていく。二〇一〇年、二〇〇九年、二〇〇八年と遡り、その足がそこで止まった。口に懐中電灯を咥えて、二〇〇八年一〇月のファイルを手に取るとぶわっと埃が舞い、その人物は思わず咳き込んで、咥えていた懐中電灯が地面にガタンと落ちてしまった。それを拾おうとしゃがんだ若い男の顔がライトに明るく照らされた。 黒マスクで顔は半分しか見えない。マッシュで所々紫に染められた頭髪。
彼は棚に二〇〇八年一〇月のファイルを戻し、二つ右横にあるファイル、二〇〇八年八月のファイルのラベルが他のものより鮮明に見えることに気づいた。
「!」
彼は片手でそのファイルを取り出すと、ふっと口角を上げた。
赤のオフィスには特殊執行部が大勢出入りしていて、その中には佑心たちの寮を捜索に来た橘もいた。黒マスクの若い男は帽子を目深に被り、特殊執行部のパーカーを着て、しれっとオフィスに入っていった。真っ先に佑心のデスクの引き出しを漁り、報告書や筆記具を一つ一つ横に避けながら詳細に見ていく。
「おい、そこ!」
特殊執行部の中年男性が男に言い放った。男は少々焦りを見せ、肩を震わせた。
「ちゃんと証拠写真撮っとけよ!」
中年男性はそれだけ言うと、また別の場所へと移動した。男は帽子をかぶり直して会釈した。そして再び佑心のデスクを探し始めた。クリアファイルをいくつかどかすと、小さな茶色いノートが見つかり、それを手に取った。しばらくぱらぱらとページをめくると、そのノートを胸ポケットに入れた。
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