7-2「忘れ形見」

 佑心は一階の隅の休憩所で項垂れていた。誰もおらず、人通りの一切ない場所。電灯もパチパチと切れかかっていた。その電灯が切れてぱっきり闇が深くなると、闇は保管庫の暗さと重なった。佑心が保管庫で読んだファイルの資料にはこう書かれていたのだ。



 (成人女性、新田ゆう:憑依体化した後、長女新田優稀を殺害。生存者は長男新田佑心のみ。  記録:C級パージャー斎藤明)



 佑心は片目を覆うように髪をかき上げ、頭を抱えた。



 (あの時、俺は優稀に抱えられていた。優稀は俺を庇って死んだんだ……俺はそんなことも忘れて、いもしない優稀の仇を憎んで……お門違いもいいところ、傲慢だ……憎むべき仇がいるとすれば、それは、俺自身の弱さだ……)


 「何を知ったの?」


 「っ!」



 一条の声に佑心ははっと顔を上げた。一条の苦しげな表情が目に入った。



 「……憑依体化したのは、母さんだけだった」



 一条は別のテーブルの一番遠い席に座った。



 「優稀は、姉は、その母さんに殺された、俺を庇って。憑依体になったんじゃなかった……俺のせいだった……」


 「佑心のお姉さんは佑心にそんなこと思って欲しくて庇ったんじゃない。これは妄想じゃない。佑心だけは、お姉さんの死を冒涜しないで……」


 「っ……でも……」


 「それにね!あなたの母親だって、ゴーストの憑依に抵抗してたはず。そうじゃなきゃ、佑心はここにいない。二人が繋いだ命を、佑心自身が受け入れないでどうするの?」


 「……だからってどうやって受け入れたらいいんだよっ!俺はっ……」



 佑心が机を叩いて立ち上がった。



 「俺はただ、何も知らないことの方が不幸だって思ってたのに……最近はずっと、知れば知るほど絶望を重ねるだけだ……」



 泣きそうな佑心の声に、一条も立ち上がって歩み寄った。



 「……私だったら、訳わかんないまま死にたくない……自分の死をなかったことにされたくない」



 一条は佑心の胸ぐらを掴んだ。



 「この世で二人の死のベールを取り去れるのは、もう佑心だけなんだよっ!だから、二人のために、突き止めてよ……」


 「……母さんと優稀のため?」


 「……知るのは怖いよ。それなのに、知っても何も変わらないかもしれない……でも、知らなければ何も変わらないでしょ?」



 一条が佑心と額を突き合わせて静かに問った。佑心の目からはまた雫が流れた。


*―*―*―*


 その夜、一条は眠れなかった。ふらふらと訓練室に赴くと、意味もなくひたすら身体を動かした。息が切れる。ぽつりと床にしたたる汗はあの日の雨のようだった。一条にとって一生忘れられないあの日。


 その日、一軒家の窓から少女時代の一条は外を覗いていた。後ろで一条の母親が電話を受けていた。



 「……えっ⁉主人が……⁉」



 一条は不思議そうに母親を見た。母親は受話器を握ったまま、その場に崩れ落ちた。



 「ママ……?……どうしたの?」



 しかしその時母親は何も答えなかった。

 一条がパージャーであった父親の殉職を知ったすぐ後、PGOから人が寄こされた。母親の後ろに一条は隠れていた。



 「理由は言えないってどういうことですか⁉遺体もないなんて⁉」


 「これ以上は機密情報ですので」



 幼い一条は不安そうに母親を見た。あの時の一条の目は涙をため、見える景色は霞んでいた。

 

 訓練室の一条の見る景色も今は同じく霞んでいた。

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